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新型コロナ感染症:「陰謀論」を信じる人は「感染防止の社会規範」を守らない

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(提供:NASA/ロイター/アフロ)

 いわゆる「陰謀論」というものがある。新型コロナ感染症(COVID-19)が流行を広げ始めてから、実に多くの陰謀論が現れては消えていった。社会が混乱すると流言飛語が出現し、大衆を扇動するが、最新の研究によれば陰謀論を信じる人は感染防止のために社会が求めている規範を守らない傾向にあるという。

陰謀論とは何か

 いわゆる陰謀論は、実際に何らかの意図で画策された陰謀とは異なる。ウォーターゲート事件は陰謀論ではなくニクソン大統領の陰謀だ。

 新型コロナウイルスは中国の生物化学兵器研究所で作られた、WHO(世界保健機関)は中国の手先だ、ビル・ゲイツはワクチンで一儲けしようと企んでいる、5Gの電波はウイルスに感染しやすくさせる……。

 これらの陰謀論の多くは、常識ある人なら一笑に付すようなものだ。しかし依然として広く流布し、影響力の大きな有名人や政治的な動機から一国の元首が広めようとさえしているものも少なくない。

 新柄コロナウイルスに関しては、少しずつ本質が解明されつつあるが、わからないこともまだ多い。正体が見えないウイルスに怯え、誰が感染者かわからないような状況に置かれれば誰しも不安になる。

 陰謀論は、そうした不安な心に忍び込んでくる。陰謀論はちょっと耳にすると誰もがわかりやすく腑に落ちる内容で、日ごろから何となく反感や不信感を覚えている人や組織、国家などが背後にいたり糸を引いているというものが多いからだ(※1)。

 単なる笑い話、与太話ですめばいいが、こうした陰謀論が実際にウイルスを感染拡大させたり、我々の生命や財産を脅かすこともある。

 例えば、仮に有効なワクチンができたとしても、ある種の陰謀論に与する人はワクチン接種を拒むだろう。陰謀論によってワクチンに抵抗感を抱く人は少なくないが、そうした人がかなり多くなればウイルスは彼らの中で残存し続け、もしかしたら変異して別のより危険なコロナウイルスになるかもしれない。

 あるいは、欧米では経済活動の自粛要請や外出禁止などの措置への抗議活動が起きたが、その動機の一つには政府に対する不信感を背景にした陰謀論がある場合も多い。その結果、抗議活動が暴動に発展したケースもあった。

約10%が陰謀論を固く信じる

 最近、陰謀論はもっと直接的に新型コロナウイルスを我々の近くへ送り込んでくる危険性があるという研究結果が出た。

 英国のオックスフォード大学の研究グループが、地域や性別、人種、収入などが偏らないようサンプリングした成人の英国人2501人を対象に、新型コロナ感染症とその対策について陰謀論に関係したアンケート調査を実施したところ、陰謀論を信じる人は政府や行政が要請したガイドライン、社会規範を守らない傾向にあることがわかったという(※2)。

 この調査での質問項目は、大きく「懐疑論」「ウイルス起源の陰謀論」「感染拡大は仕組まれていたという陰謀論」「都市封鎖(ロックダウン)陰謀論」「信じている特定の陰謀論」に分けられた。そして「政府や行政の感染拡大防止の要請」「ガイドライン遵守」「ウイルス検査や医学的な防疫の遵守」との関係を調べた。

 その結果、約半数の人は陰謀論を信じていなかったが、残りのうち1/4の人はある程度、信じている傾向がみえた。さらに残りの25%のうち、約15%の人は陰謀論に一貫して支持を示し、約10%の人は確固として陰謀論を信じていたという。

 これらの陰謀論を信じる人は、新型コロナ感染症に関するものだけでなく、ワクチン接種や気候変動などの陰謀論にも支持を示し、制度や社会に対する強い不信感を持つ傾向があった。そして、陰謀論を信じる傾向が強くなるほど、政府や行政が要請する感染防止対策を行わず、検査も受けず、ワクチンができても摂取しない傾向がみえたという。

分析的思考をする人

 同じような調査は、プレプリントだがこの論文より少し前にも出ている(※3)。これも英国でアングリア・ラスキン大学などの研究グループが英国人520人を対象に、陰謀論を拒否する反応とソーシャル・ディスタンシング(社会的距離)をとるかどうかの社会規範の遵守の関係を調べた。

 その結果、陰謀論への懐疑とソーシャル・ディスタンシングの遵守には、有意な正の相関関係があった。また、分析的思考をする人ほど、陰謀論を拒否する傾向があったという。

 陰謀論を信じる人は多いし、陰謀論を様々な意図で流布させる人や組織、勢力もいる。だが、陰謀論の中にも真偽不明なものもあれば、後になって真実だったことが判明することもなくはない。陰謀論と陰謀の境界があいまいなのは事実だ。

 当然だが、陰謀論をなくせば社会規範を遵守する人ばかりになるわけではない。大衆に対してどんなに啓蒙やリテラシーを高めても、陰謀論を容易に信じ込んでしまうような人は一定数いる。

 上記の研究によれば、こうした人は感染対策に真面目に取り組まない傾向があり、感染を広めてしまう存在ということになる。彼らの存在が社会的コストということを前提にして対策を考えていかなければならないが、可能な限り分析的に考える人を増やし、陰謀論に与する人を少なくしていくことも重要だろう。

※1:Karen M. Douglas, et al., "Understanding Conspiracy Theories." Political Psychology, Vol.40, doi: 10.1111/pops.12568, 2019

※2:Daniel Freeman, et al., "Coronavirus conspiracy beliefs, mistrust, and compliance with government guidelines in England." Psychological Medicine, doi.org/10.1017/S0033291720001890, May, 19, 2020

※3:Viren Swami, David Barron, "Analytic Thinking, Rejection of Coronavirus (COVID-19) Conspiracy Theories, and Compliance with Mandated Social-Distancing: Direct and Indirect Relationships in a Nationally Representative Sample of Adults in the United Kingdom." OSFPREPRINTS, DOI: 10.31219/osf.io/nmx9w, April, 16, 2020

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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