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新型コロナ感染症:感染するのは「自己責任」か

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)は少しずつだが収束しつつある。外出や営業の自粛、テレワークやソーシャル・ディスタンシングの推奨といった「新しい生活様式」で人々の感情や心理に大きな影響が出ていると思われる。それは今後の社会にどのような変化を及ぼすのだろうか(この記事は2020/05/19の情報に基づいて書いています)。

パンデミック下の心理とは

 政府は5月4日に新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」を公表した。この日本語はおかしいが、感染防止のために一人ひとりがとるべき対策や日常生活での心得のような内容となっている。

 自粛要請によって多くの人が孤立・隔離された生活を強いられ、単調な毎日を送ってきた。大人も子どもも自粛し、自宅に閉じこもらざるを得なくなる人が増え、心理的な圧迫を感じることも多い。

 自宅に閉じこもっていたことで、家族と接する時間が増えたが、逆に家族以外の社会的交友関係が減った。刺激の少ない毎日にイライラが募り、外出できない不満が少しずつ蓄積したという経験を持つ人は多いはずだ。

 こうした閉塞状態に長くいると、健康などへの悪影響など様々な弊害が起きてくる(※1)。自粛などによる社会的な結びつき(ソーシャル・キャピタル)の変化が健康に与える影響のメカニズムはまだよくわかっていない。ストレスや情動反応、愛情、友情、交友などによって脳内のホルモンとそれによる代謝系、免疫系になんらかの影響が出るためではないかと考えられている(※2)。

 今回のような感染症のパンデミックが起きると、人類は古くから感染者や別の社会集団に対して差別し、犯人捜しを始めてきた。米国のトランプ大統領のような行動だが、特に外国人に対する反感や恐怖心、差別意識が醸成される(※3)。

 中世ヨーロッパでペストが流行した時にはユダヤ人の排撃があり、コレラの流行では英国の植民地だったインドで軍による反英反乱が起き、18世紀の米国フィラデルフィアで黄熱病が流行った時には役者やアーティストが追放され、19世紀の米国ニューヨークでコレラが蔓延した時には移民や売春婦らが忌み嫌われた(※4)。

 感染症のパンデミックは、社会の不安をあおって対立を生みだし、社会やコミュニティの結合力を弱めることがある。いわゆる「自粛警察」のように相互に監視し合い、抜け駆けに敏感で相互の信頼感が失われてしまう。

 中世のペストで醸成されたユダヤ人に対する差別意識は、世代を超えて20世紀まで引き継がれ、ナチス・ドイツによるホロコーストの悲劇を生んだのではないかという研究もある(※5)。新型コロナ感染症の流行とよく比較されるスペイン風邪(1918〜1920)は世界中に感染拡大したが、人々の他者に対して心理的な信頼感が低下した記憶は長く残ったという(※6)。

他者への罰と正義

 今回の新型コロナ感染症のパンデミックは、今後の社会へどう影響するのだろうか。

 スペイン風邪の失敗は、多くの人が感染リスクをよく理解していなかったことが感染拡大につながり、感染しないさせないためのソーシャル・ディスタンシングに対して抵抗感があったこととされている。そして、気付かぬうちに自分自身の感染リスクを高めたり、他人を感染させたりする行動をとってしまった(※7)。

 3月27日から4月15日に世界12カ国の18歳以上の人を対象にしたオンライン調査(※8)によれば、政府が真剣に対応していないと回答した日本人は76%、政府が新型コロナ感染症に対していい仕事をしていると回答した日本人は10%しかいなかった。自国政府の対応に自信を持っていたり他国よりましという回答も日本人はダントツで低い。一方で、パンデミックを心配している人は日本人が最も多く(60%)、ソーシャル・ディスタンシングを実行している割合は日本人がダントツで少なかった。

 この調査の結果は、各国政府によるCOVID-19感染防御政策や対策の違い、そして政府行政からの国民へのアナウンスやアプローチの方法が回答に影響しているのかもしれない。あるいは、各国の国民のリテラシーの差があらわれている可能性もある。

 例えば、今回の新型コロナ感染症対策のためにロックダウンが行われた米国で、2020年2月1日から3月31日までの間、4000万台のモバイルデバイスの位置情報を調査した研究(※9)によれば、科学へ信頼を持ち、高学歴で収入の高いことがわかっている地域でソーシャル・ディスタンシングが大きく増加したという。

 また、日本での新型コロナ感染症の感染拡大による外国人に対する態度や意識の変化を調べた研究(※10、プレプリント)によれば、外国人と接する機会が多い人ほど、感染を外国人のせいと考える割合が少なかったという。

 これは日本在住の18歳以上の日本人1004人を対象にし、1月下旬、2月中旬、3月上旬というWHOによるパンデミック宣言の前40日間に実施された調査で、新型コロナ感染症の感染拡大が広がるに従って予防行動をとる傾向が増え、同時に外国人に対して排他的な態度が強くなった。そして、外国人では特に中国人に対し、強く排除する態度がみえたという。

 この調査によれば、日常的に外国人と接する頻度が高い人ほど排他的な態度が弱くなっている。これを患者さんや感染者、その家族、医療関係者などへの中傷や暴言行動に当てはめて考えてみれば、日常的にこうした患者さんや医療関係者に接する機会がない人が差別したり風評を流すのかもしれない。

 ある調査(※11)によれば、日本人には「感染するのは自己責任」と考える人が多いようだが、完全に社会と隔絶した生活を送らない限り、感染リスクはゼロではない。不謹慎叩き、自粛警察、他者罰の快感、正義中毒、いろいろ心理的な背景があるのかもしれないが、感染症のパンデミックという異常事態では、寛大、寛容、包容力、相互理解こそが大切と思いたい。

※1-1:Lawrence A. Palinkas, et al., "Incidence of psychiatric disorders after extended residence in Antarctica." International Journal of Circumpolar Health, Vol.63, Issue2, 2004

※1-2:Sheldon Cohen, "Social Relationships and Health." American Psychologist, 59(8), 676-684, 2004

※1-3:N Kanas, et al., "Psychology and culture during long-duration space missions." Acta Astronautics, Vol.64, Issue7-8, 659-677, 2009

※1-4:A G. Vinokhodova, et al., "Psychological selection and optimization of interpersonal relationships in an experiment with 105-days isolation." Human Physiology, Vol.38, 677-682, 2012

※1-5:Carole Tafforin, "Time Effects, Cultural Influences, and Individual Differences in Crew Behavior During the Mars-500 Experiment." Aviation, Space, and Environmental Medicine, Vol.84, No.10, 2013

※1-6:草野つぎ、藤田京子、「東日本大震災の広域・複合災害による福島県民の健康問題に関する文献検討─2011年4月~2015年3月までに発表された論文に焦点を当てて─」、日本地域看護学会誌、第20巻、第3号、2017

※1-7:Candice A. Alfano, et al., "Long-duration space exploration and emotional health: Recommendations for conceptualizing and evaluation risk." Acta Astronautica, Vol.142, 589-299, 2018

※1-8:Jun Aida, et al., "Social and Behavioural Determinants of the Difference in Survival among Older Adults in Japan and England." Gerontology, DOI: 10.1159/000485797, 2018

※1-9:Lucrezia Zuccarelli, et al., "Human Physiology During Exposure to the Cave Environment: A Systematic Review With Implications for Aerospace Medicine." Environmental, Aviation and Space Physiology, doi.org/10.3389/fphys.2019.00442, 2019

※1-10:Lisa F. Berkman et al., "From social integration to health: Durkheim in the new millennium." Social Science & Medicine, Vol.51, 843-857, 2000

※1-11:Julianne Holt-Lunstad, et al., "Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pmed.1000316, 2010

※2-1:Caroline F. Zink, et al., "Human Neuroimaging of Oxytocin and Vasopressin in Social Cognition." Hormones and Behavior, Vol.61(3), 400-409, 2012

※2-2:Camelia E. Hostinar, et al., "Psychobiological Mechanisms Underlying the Social Buffering of the HPA Axis: A Review of Animal Models and Human Studies across Development." Psychological Bulletin, Vol.140(1), 2014

※3:Hayagreeva Rao, Henrich R. Greve, "Disasters and Community Resilience: Spanish Flu and the Formation of Retail Cooperatives in Norway." Academy of Management Journal, Vol.61, No.1, 5-25, 2018

※4:Sunasir Dutta, Hayagreeva Rao, "Infectious diseases, contamination rumors, and ethnic violence: Regimental mutinies in the Bengal Native Army in 1857 India." Organizational Behavior and Human Decision Processes, Vol.127, 36-47, 2015

※5:Nico Voigtlander, Hans-Joachim Voth, "Persecution Perpetuated: The Medieval Origines of Anti-Semitic Violence in Nazi Germany." The Quarterly Journal of Economics, Vol.127, Issue3, 1339-1392, 2012

※6:Arnstein Aassve, et al., "Epidemics and Trust: The Case of the Spanish Flu." Working Papers 661, IGIER (Innocenzo Gasparini Institute for Economic Research), Bocconi University, March, 2020

※7:Jay J. Van Bavel, et al., "Using social and behavioural science to support COVID-19 pandemic response." nature human behaviour, doi.org/10.1038/s41562-020-0884-z, May, 2020

※8:Sugata Research, "IRIS COVID-19 Public Sentiment Survey." 2020

※9:Adam Brzezinski, et al., "The COVID-19 Pandemic: Government vs. Community Action Across the United States." Institute for New Economic Thinking, April, 21, 2020

※10:Mei Yamagata, et al., "The Relationship between Infection-Avoidance Tendencies and Exclusionary Attitudes toward Foreigners: A Panel Study of the COVID-19 Outbreak in Japan: COVID-19 and Exclusionary Attitudes." PsyArXiv Preprints, DOI

10.31234/osf.io/x5emj, May, 5, 2020

※11:神戸新聞、「中傷につながる?「感染は自業自得」と思う割合、欧米に比べ日本突出」、2020年5月17日

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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