Yahoo!ニュース

新型コロナ感染症:「喫煙室」こそ「3密」の典型

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
「3密」喫煙室:写真撮影筆者

 感染の流行が続く新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)では、いわゆる「3密」の環境を避けることが重要だ。喫煙室や喫煙所はまさに「3密」空間になるが、窓を開けて換気すれば受動喫煙の危険性が増す(この記事は2020/04/11の情報に基づいて書いています)。

喫煙室は「3密」

 新型コロナ感染症の感染予防では、いわゆる「3密」、多数の人間が換気の悪い狭い区域や場所に集まり、濃厚接触し、会話や発声をするような環境を避けることが重要とされる。政府・行政は以前から、感染拡大を防ぐために「3密」空間を避けるように求めてきた。

 また、新型コロナウイルスはエアロゾルとして空気中に漂うことも多く、閉塞空間だったり帰宅後に窓を開けて外気を入れ、室内を換気することも感染予防には効果的だ。つまり、手洗いの励行と「3密」回避、そして換気が重要ということになる。

 一方、4月1日から改正健康増進法が全面施行され、受動喫煙防止の徹底が呼びかけられ始めている。

 タバコに含まれる有害物質は、気道や呼吸器の粘膜バリアや細胞組織などを破壊し、喫煙者は感染症にかかりやすくなる(※1)。また、身体の免疫系の応答にも悪影響を及ぼすことが知られ(※2)、改正健康増進法で防止対策がなされている受動喫煙でも同様の悪影響がある(※3)。

 感染予防の基本は、入念な手洗いをして手指についたウイルスを体内に入れないことだ。タバコを吸う行為は、まさに感染のリスクを高める。喫煙者は、マスクをしながらタバコを吸うことはできないし、タバコは必ず手でつまみ、タバコ煙を深く呼吸する。

 先日、札幌にある北海道庁で換気のために喫煙室の窓が開けられていたという記事(2020年4月10日、毎日新聞)が出ていたが、おそらく喫煙者は自分たちが「3密」の環境にいることを知り、窓を開けたのだろう。

 すでに福井県では、会社の屋内喫煙所で感染したのではないかと推測される事例が発生しているが、喫煙室は狭く、喫煙者が密集し、深く息を吐き出す、いわゆる「3密」の条件が形成されている。この会社の喫煙所は、倉庫の外に面する入口側に灰皿を置いただけの喫煙場所とのことだ。

室内の喫煙者密度を考える

 改正健康増進法では、職場の屋内喫煙室からタバコ煙が漏れ出ないよう、出入り口から毎秒0.2メートル以上の風速で空気を取り入れる設備が必要と規定されている。また、浮遊粉じん濃度(平均0.15ミリグラム/立法メートル以下)や一酸化炭素濃度(平均10ppm以下)という取り決めもある。

 タバコや受動喫煙の害について研究している産業医科大学の大和浩教授は、喫煙室からはタバコ煙が周囲へかなり漏れ出ているという。

「以前、ある団体の喫煙室からどれだけタバコの煙が漏れ出ているか調べたことがあります。その喫煙室は2階にありますが、喫煙室から排気されたタバコ煙が壁面に沿って風下方向へ拡散し、周辺にいわゆる『望まない受動喫煙』が発生していました」(大和教授)

 ただでさえ、喫煙室からはタバコ煙が漏れ出ていて、周辺に受動喫煙の害が生じていることになる。もちろん、喫煙室の中もかなり劣悪な環境だ。

「タバコ煙の大きさは、微小粒子状物質であるPM2.5よりも小さい1μm以下です。これだけ小さいと肺の最深部まで吸入し、異物反応により肺に炎症を引き起こし、それによって全身の血管にも炎症が広がります。その結果、動脈硬化などの症状が出ることが知られています」(大和教授)

 改正健康増進法が全面施行され、タバコを吸える場所が少なくなっている。喫煙者は喫煙室や喫煙所に集まり、すでに喫煙者密度はかなり高いはずだ。

 前述の福井県の会社では、感染が起きたかもしれない喫煙所に換気設備を設置し、一人ずつ順番に喫煙することで「3密」にならないようにしたという。

 新型コロナ感染症の感染リスクを避けるためには、喫煙室や喫煙所の使用を避けたほうがいいだろう。もちろん、換気のために喫煙室の窓を開ければ、周囲に受動喫煙の害が生じかねない。

 事業所などの施設の管理者は、喫煙室や喫煙所の使用停止し、それが難しいのなら福井県の会社のように喫煙者密度を下げるように対策を講じるべきではないだろうか。そうすれば、タバコ煙がこもることも少なくなり、窓を開けずにすむかもしれない。

 喫煙者には新型コロナ感染症対策としてタバコをやめることをお勧めするが、どうしてもやめられず、タバコを吸える場所がないのなら、屋外へ出て周囲に誰もいない場所で吸うしかないだろう。もちろん、タバコの吸い殻はポイ捨てせずに持ち帰って欲しい。

・全国禁煙外来・禁煙クリニック一覧(日本禁煙学会)

※1:J A. Dye, K B. Adler, "Effects of cigarette smoke on epithelial cells of the respiratory tract." Thorax, Vol.49(8), 825-834,1994

※2:Yan Feng, et al., "Exposure to Cigarette Smoke Inhibits the Pulmonary T-cell Response to Influenza Virus and Mycobacterium tuberculosis." Infection and Immunity, doi:10.1128/IAI.00709-10, 2011

※3-1:Marc Fischer, et al., "Tobacco smoke as a risk factor for meningococcal disease." The Pediatric Infectious Disease Journal, Vol.16, Issue10, 979-983, 1997

※3-2:Saran Sridhar, et al., "Increased Risk of Mycobacterium tuberculosis Infection in Household Child Contacts Exposed to Passive Tobacco Smoke." The Pediatric Infectious Disease Journal, Vol.33, Issue12, 1303-1306, 2014

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事