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新型コロナ感染症:一刻も早い強力な「接触規制」を〜データサイエンスの専門家が警鐘

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:長田洋平/アフロ)

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)の流行が終息をみせない中、世界各国では都市封鎖、いわゆるロックダウンが行われている。感染拡大の現状から、一刻も早く東京や大阪をはじめとする日本の主要都市の都市封鎖が必要と警告するのが、データサイエンスを専門とする佐藤彰洋(横浜市立大学教授)氏だ。

状況はすでにギリギリ遅い

 日本でも緊急事態宣言や都市封鎖(※1)が取り沙汰され、日本医師会も緊急事態宣言の必要性を提言したが、政府はネット上に流布する噂を否定し、小池百合子東京都知事もその可能性を示唆しつつ、3月30日夜の記者会見では緊急事態宣言は国の判断であるとし、東京の都市封鎖についても言及はしなかった。

 東京都の記者会見には厚生労働省クラスター対策班の西浦博(北海道大学大学院教授)氏が同席し、現状では感染者は指数関数的な増加の兆候があるものの、爆発的な増加が本格的に始まっておらず、まだ制御できる可能性があるという立場を示した。

 緊急事態宣言や都市封鎖が間近に迫っているというのは多くの人に共通の認識と思うが、データ駆動型シミュレーションと、海外からの帰国者発症のデータ分析による現状理解を踏まえると、都市封鎖レベルの直接接触頻度の減少を伴う社会的距離戦略以外に爆発的感染を制御する方法はないと警告を発するのが「ウイルス伝搬の数理モデル化とデータ駆動型シミュレーション」などの研究があるデータサイエンスの専門家、佐藤彰洋氏だ。

 佐藤氏の研究テーマは「集団行動に対するマネージメント」で、エボラ出血熱などの感染シミュレーションと社会活動への影響も研究対象に含んでいる。その佐藤氏にインターネット会議で取材し、お話をうかがった。

──新型コロナ感染症は、時々刻々と状況が変化していますが、感染数の推移をどうご覧になっていますか。

佐藤「すでに感染制御ができるギリギリの状態です。実はもう制御不可能に入りつつあるのかもしれません。よく言われる爆発的感染拡大というのは文学的表現で、いったい何が起きるのか、よくわかっていない方も多いと思います。しかし、このまま感染拡大して感染者数が増え、3000人から5000人の感染者が出ると医療と隔離の容量を超過します。これを超過すると、これまでのように感染された方を特定して隔離環境で治療することが困難となり、感染率が急上昇するのです。そして、その後始まるのが『爆発的感染拡大』と呼ばれている現象ですが、これは、感染者数の増加が、日本の総人口にむかって指数関数的な伸びを示す弾道軌道に入ることを意味します。一旦この、指数関数的増加が始まれば、制御はほぼ不可能で、1週間で10倍の増加速度で感染者数が増え続けることになります。特に、1万人を超えたところで、その1週間後に10万人、2週間後に100万人、3週間後に1000万人と制御出来ないままに感染者が増えていくのを、手をこまねいて眺めていなければならなくなるでしょう」

──そうなると社会はどんな状況になってしまうと考えられますか。

佐藤「感染者が100万人を超えるくらいから、社会のあらゆる場面で感染者が発生することになり、社会経済産業の活動は再起動不可能な形で止まっていきます。1000万人を超えるところで、労働人口当たり、6人に1人の割合で感染者が発生し、重症化していくことで再起不能な形で産業活動が停止していく。特に、1000万人程度では、ある瞬間にその分野に携わる人間が瞬く間にいなくなるような過酷事象が起きますから、電力インフラにそれが起こりますと、発送電設備の運転が不能に陥る危険性があるのです。原発はもちろん、水道、ガス、通信、公共交通など、現在社会のほぼ全ての産業セクターおよび日常生活は電気に依存しているため、電力インフラが停止することで、ほぼ全ての社会活動が完全に停止する状態となる。最終的に、病院での治療も不可能となりますし、日常生活のさまざまなところで停止が生じる。特に、家庭内の調理器具、物流や小売りが長期間にわたり停止するため、飢え死などの関連死する人も大量に発生するかもしれません」

──しかし、政府は新型コロナ感染症の抑え込みにギリギリで成功しているとアナウンスしています。

佐藤「弾道軌道に入ってしまえば、そんなことを言っていられません。5月になれば終息するというような生やさしい話ではないのです。私の計算では、このままでは4月9日~13日前後で、感染者数は、正しく感染率を抑え込むことができる医療容量を突破し、指数関数的増加状態が始まります。すなわち、爆発的感染拡大が起き、その後処置もできないままに感染者が増え続ける。そのような状況となってから都市封鎖を行おうとしても、既に医療機関は疲弊し、隔離的医療環境もないまま、感染率を大幅に低下させられる手段がない。そして、感染者数が1000万人を超えると予想される、5月末には多くの人が死に直面してしまう事態になります。まして英国で用いられた集団免疫などという概念は絶対にやってはいけません。集団免疫の議論では社会経済活動に死亡率や重症化率が与えるシナリオ評価や影響評価が全くなされていない。新型コロナ感染症には、ウイルスを完全に消滅させて制圧するか、全員が新型コロナ感染症になってしまうかの2択しかありません。そして後者を選んだ場合、社会が完全に止まってしまい、この疫病だけでなく、その関連死により更に多くの人が亡くなることになるでしょう。経済の立て直しは生き延びた後であれば、なんとでもできるのです。今はとにかく生き延びることを第一に考えなければならない。我々はそのような緊急事態の真っただ中にいるのです」

──弾道軌道に入る危険性はどれくらいあるのでしょうか。

佐藤「エボラ出血熱の世界的流行危機の当時、開発し発表したシミュレーションモデルを改良して使っています。私が開発したモデルは、一般的なSIRモデル(※2)を改良した確率的遅れ付きSIRモデルと呼んでいるものです。これによれば、東京は4月上旬に下のグラフのような状況になります。2020年3月10日からそれ以前の2020年3月9日までと比較し、10倍の感染率で感染連鎖が発生していると仮定すると、ここ数日の東京における感染者確認数の急上昇を説明することができます。モデル計算によると、3月10日以後の感染率の10倍の上昇により、3月25日以降の感染者数の急増が理解できます。なぜ、このような感染数の急上昇が現れているのかといえば、海外帰国者が帰国後に発症し、持ち込んだと思われる、これまで日本国内で主として確認されていた新型コロナウイルスのウイルス型とは異なるウイルス型による2次感染、3次感染が発生し始めていることが状況証拠的に考えられます。この型のウイルスは、欧米で大規模な流行を拡大させている感染力の強いタイプと見ています」

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確率的遅れ付きSIRモデルによる対策をしない場合の東京都の数値シミュレーション。緑の●は日次感染者確認数の実測値。佐藤氏提供

──そういえば、新型コロナウイルスには2種類の亜種がいるという論文が3月上旬に出ていました。

佐藤「それは北京大学や上海大学などの研究グループが出した論文(※3)で、新型コロナウイルスは大きくL亜型とS亜型に進化し、L亜型は攻撃性が強く強毒性という内容です。おそらく欧米で猛威を振るっている、このL亜型が、帰国者を通じて日本国内にもたらされ、そのことで感染数の急上昇が起きているのではないかと考えています」

ソーシャル・ディスタシングを1.8%まで落とす

──すでにかなりの数の感染者がいるかもしれないということでしょうか。

佐藤「その通りです。2020年3月10日から現時点まで、この感染率で今後の感者数の予測計算を行い、14日後までに確認されると推計される感染者数を計算すれば、すでに約1000名が東京都内で罹患または発症している概算になります。この概算値は、今後14日間で発症し、PCR検査の機会を得て感染者として確認できる人数の概算値です。つまり、無症状感染者や発症しても軽症のため、PCR検査の機会を得られない感染者はこれに含まれていません。80%程度が無症状または軽症の感染者という報告もあり、無症状または軽症の感染者まで加味すれば、すでに1万人程度が感染している可能性もあります」

──では、現時点で何ができるのでしょう。

佐藤「感染力の強いL亜型が流行していると仮定した最悪のシミュレーションでは、今からでも生命維持に必要と考えられる基本的セクターに携わる人以外の全ての人が他者と接触する活動、つまりソーシャル・ディスタンシング(社会的距離戦略)を通常の1.8%まで低下させ実行する必要があるということになります。人間同士の接触をこのレベルまで落とし、これを14日間以上継続すれば、下のグラフのように14日後から感染者数の減少を確認することができるというシミュレーションになります。実際には、これほど急に減少に転じず、累積感染者数は緩やかな上昇カーブを描きながら徐々に一定値、すなわち感染者がほぼ確認されない終息状態になるでしょう」

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対策を講じた場合の東京都のグラフ。すでにもう過ぎてしまったが3月27日からソーシャル・ディスタンシングを1.8%まで落とせば、14日後の4月11日前後から感染者数の減少を確認できるシミュレーション。今からでも遅くないという。佐藤氏提供

──1.8%までソーシャル・ディスタンシングを落とすというのは、具体的にどういう意味なのでしょうか?

佐藤「感染連鎖を断ち斬るには、下の図(右)のように人間同士の社会的な直接触接を14日間程度、全くしないことで、有限サイズのクラスターを形成することが必要です。例えば、不要不急だけでなく、日常生活で必要なあらゆる外出を1/50以下にしたり、一度に他者と接触する人数を通常の1/50以下にするというようなことです。人間には睡眠や食事などの一次活動、仕事や学校、買い物などの二次活動、移動や余暇に使う三次活動がありますが、これまで1日にそれぞれ8時間ずつ使っていたとすれば、1日16時間を人との直接接触を伴う可能性のある活動に使っていたということになります。すなわち2週間では224時間を人との直接接触を伴う活動として使っています。一次活動は自宅で行い、三次活動も自宅でしか行わないようにすることは可能です。二次活動だけは生命維持のために買い物などで出かける必要がありますので、14日の間に二次活動を224時間×0.018=4.03時間まで頻度低下させます。更に、1回で会う人数についても1.8%つまり、1/50以下にします。つまり、仕事や学校、買い物に費やす時間を、1週間当たり2時間以下にして、一度に集まらないようにずらすということです。そして、この2週間で症状が出た人は、電話で個別に相談を行い、担当者が防護服や消毒薬を使い、正しく感染制御を行った上で、一人ひとり検査を行って医療機関での治療に専念していただくのです」

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左の図、青い丸はまだ感染していない人、赤い丸は感染者。日常的社会経済的な活動を通じ、直接の接触がウイルス感染を広めていく。右の図、ソーシャル・ディスタンシングを極力抑えた場合、感染は有限なクラスターで止まり、社会全体には広がらない。佐藤氏提供

──これまでソーシャル・ディスタンシングを落とすには、都市封鎖をしなければなりませんか。

佐藤「その通りですが、ニューヨークで行われているレベルの都市封鎖では足りないと思います。もちろん、これほどまで人間の活動を抑えるというのは、かなり過酷な要求だと思います。しかし、14日間、これを続ければその後に起きる破局を回避できる可能性が高くなります。制御不能な指数関数的感染爆発が起きれば、多くの尊い人命が失われていくでしょう。なるべく早く決断し、厳しい都市封鎖をすれば、辛抱する時間も短くてすみますし影響も少なくてすむのです」

 ショッキングな内容だが、日本は単に運が良かっただけだということになる。清潔好きだからとか、体質やBCGのおかげだからとかでは理由が付かない感染者の増加が見られるようになってきた。

 非常事態宣言を出し、都市を封鎖するのには政治的決断が必要であるとともに、それぞれ個々人が自らの行動をどこまで大きく変化できるかという個人的な意思決定の問題でもある。欧米の現状はSF映画の世界のものではない。明日の日本で起きないという保証などどこにもないのだ。

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写真:佐藤氏提供

佐藤彰洋 (さとう・あきひろ)

横浜市立大学データサイエンス学部教授、総務省統計研究研修所客員教授。2001年、東北大学大学院情報科学研究科修了。博士(情報科学)。 2000年〜2001年、日本学術振興会特別研究員(DC)。2001年4月〜2007年3月、京都大学大学院情報学研究科助手。2007年4月〜2017年9月、京都大学大学院情報学研究科助教、特定准教授。2019年5月より総務省統計研究研修所客員教授。2020年4月1日より現職。2015年2月〜2017年12月、キヤノングローバル戦略研究所研究員。2015年10月~2020年3月31日まで、科学技術振興機構さきがけ研究員。エージェントモデル、応用としてのデータ中心科学(経済情報学、経済物理学)の研究に従事。多くの要素(エージェント)の相互作用の結果生じる共同現象に興味を持ち、共同現象のメカニズムの理解、設計を研究テーマとする。

※1:都市封鎖、ロックダウン:ある都市エリアを厳重に封鎖するという意味、緊急事態宣言の法的根拠:2020(令和2)年3月13日に改訂された新型インフルエンザ等対策特別措置法

※2:SIRモデル:感受性保持者(Susceptible)、感染者(Infected)、免疫保持者(Recovered、隔離者=Removed)を変数とした感染症の短期的な流行過程を記述するモデル方程式

※3:Xiaolu Tang, et al., "On the origin and continuing evolution of SARS-CoV-2." Microbiology, doi.org/10.1093/nsr/nwaa036, March, 3, 2020

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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