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新型コロナ感染症:WHOはなぜ「地名で呼ばないで」というのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 WHO(世界保健機関)が発表した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)アウトブレイクに関するメンタルヘルスの指針には、日本でも注意したいいくつかのポイントがある。この指針では特に、一般市民以外に医療従事者、子ども、高齢者、孤立した人々に対する心のケアが必要としている。

錯綜する玉石混淆の情報

 大規模な災害が起きると、特に社会的弱者に強い精神的ストレスがかかる。大量の情報が錯綜し、混乱状態に陥ることも原因の一つだが、信頼できる情報を得るにはどうすればいいのか不安になることも大きい。

 今回の新型コロナ感染症では、マスメディアやネット上で玉石混淆の多種多様な情報が飛び交い、その中には、いわれなき誹謗中傷や差別的な発言も散見される。それが具体的な差別行動を引き起こすことも少なくない。

 例えば、感染者を傷つけるような言動、人種差別につなげる便乗、不安を増長させるための意図的な情報発信などだ。これらは、重篤な症状が出ても治療を受けようとしない患者が出たり、根拠なく肌の色の違いだけで危険視されたり、社会的弱者の孤独や疎外を生んだりする。

 2020年3月6日、WHOは新型コロナ感染症のアウトブレイク期間中に考慮されるメンタルヘルスに関する指針(Mental Health Considerations during COVID-19 Outbreak)を発表した。

 この指針では、一般市民、医療従事者、子ども、高齢者、孤立した人々に対し、それぞれの立場から、あるいは彼らに対する留意点を述べている。この記事では、その中からいくつかを選んで紹介したい。

地名で呼ばない

 一般市民に対しては、まず最初に新型コロナ感染症と特定の地域・地名・そこの出身者などを関連づけないで欲しいと呼びかけている。WHOは、病名と地名が結びついてしまい、その地域の住民に対して不必要な重荷がかかった不幸な事例を繰り返さないため、病名に地名を用いないよう、2015年から呼びかけてきた。

 今回の新型コロナ感染症では、最初に発症が確認された都市の名前を不用意につけ、その国や地域を貶めようとするかのような言動が出てきている。こうした名称が固定化されてしまえば、本来なら被害者である発症地域の人々にいわれなき汚名をあびせ、こうした状況が広まり、長く続いてしまうことになりかねない。

 また、WHOは感染した人や患者に対しても、嫌悪感を抱くことなく対応し、接するように呼びかけている。こうした人々を、病気そのものと同一視しないようにしたい。快復した患者も社会全体で受け入れ、快復後も感染前と変わらぬ態度で接するべきだ。

 WHOはすでに新型コロナ感染症を、アウトブレイクからパンデミックにした。感染が続く間は気が滅入るような情報が飛び交うが、感染を抑え込むことができた地域もあり、快復した患者も増えてきている。この指針では、ポジティブな情報、前向きで明るい情報を積極的に入手するようにするべきとしている。

 一般市民に対しては、新型コロナ感染症の拡大防止に立ち向かっている医療従事者や行政の関係者を支援し、リスペクトするよう勧めている。逆に、医療従事者に対しては、過度に責任を感じることはないとし、一人でストレスを背負うことなく、身体的な健康に留意し、精神的に追い込まれないよう気をつけるべきとしている。

 感染拡大防止の最前線にいるため、家族と離れて会えない状況が続いている医療従事者も多い。WHOは、デジタル・デバイスを活用するなどし、家族との関係を続けて欲しいと呼びかけている。

 また、様々な障碍があり、コミュニケーションに難のあるような人々に対し、医療従事者はメッセージを怠らず、メンタルヘルスも含めた対応を心掛けるように注意している。感染が継続している間は、こうした人々に対する情報発信がなおざりにされがちだからだ。

社会的弱者へのケア

 医療現場ではボランティアを含め、チームで活動するケースが多いが、リーダーやバディがチームのメンバーの心の状態に常に気を配り、無理のないアレンジを組むべきだとも述べている。もちろん、リーダー自身も自分のメンタルヘルスを客観的に眺め、過度に責任を負わず、無理をしないように心掛けなければならないだろう。

 子どもの精神は、こうした状況に影響されやすい。WHOは、彼らが恐怖や不安を感じているサインを見逃さず、保護者は適切な態度で接するべきとしている。

 子どもが外出できないような状態にある場合、日常的なリズムを崩さず、通常通りのサイクルで過ごさせることが重要だ。家の中にいても社会的な交流を途絶えさせないように注意して欲しいと述べている。

 こうした状況では、子どもだけでなく親や大人も恐怖や不安を感じるものだ。子どもはそうした親や大人を観察し、それが影響を及ぼす危険性がある。WHOは、親や大人が子どもと一緒に過ごすことで、相互に不安や恐怖をやわらげるかもしれないとしている。

 子どもと同様、高齢者も不安や恐怖を抱えている。今回の新型コロナ感染症では、特に高齢者が重篤化するケースが多く報告されているからだ。

 高齢者は孤独になりやすく、そのため情報が遮断されたり、不確実で誤った情報を受け入れたりする危険性が高い。理解力や認知力が衰えてきている場合も多く、文字や画像での情報共有が重要となる。社会的なつながりが途絶えないよう、特に高齢者のメンタルヘルスのケアが重要になってくるだろう。

 高齢者を含め、社会的に孤立した人々のメンタルヘルスに対しても、WHOは強い懸念を表明している。これらの人々にはSNSなど、インターネットを活用したコミュニケーションの継続を推奨している。日常生活のリズムを崩さず、良質な睡眠をとれるように心掛け、アクセスのいい医療機関の情報を入手しておくことで不安や恐怖の感情を抑えることができるだろう。

 災害時の心のケアはとても重要だ。厚生労働省や各自治体には、今回の新型コロナ感染症に関する一般的な情報提供の窓口がある(帰国者・接触者相談センターではない)。心配で不安や恐怖を感じている人は、こうした窓口から正確な情報を得ることも考えたほうがいいだろう。

・厚生労働省:新型コロナウイルスに係る電話相談窓口(コールセンター)

電話番号:0120-565653

受付時間:9時00分~21時00分

・神奈川県:新型コロナウイルス肺炎 専用ダイヤル

電話番号:045-285-0536 

受付時間:(平日)8時30分~17時15分、(土日・休日)10時00分~16時00分

・横浜市:新型コロナウイルス感染症コールセンター(感染症の特徴、予防方法、有症時の対応などの相談窓口)

電話番号:045-550-5530

受付時間:9:00~21:00(土日祝日含む)

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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