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「コウモリ」はなぜ「ウイルスの貯水池」なのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)が世界中で猛威をふるっているが、このウイルスはSARS(SARSr-CoV、重症急性呼吸器症候群)と同じ人獣共通感染症(Zoonosis)だ。こうしたウイルスの自然宿主(最初にウイルスにかかった生物)はコウモリとされているが、なぜコウモリ起源のウイルスがこんなに多いのだろうか。

コウモリが感染させるウイルス

 人獣共通感染症はヒトの感染症の60%以上を占める。世界で毎年約10億人が病気になり、数百万人が死ぬ病気だ。人獣共通感染症では、野生生物を自然宿主にしていた病原体(ウイルス)が、家畜などの脊椎動物や昆虫などの無脊椎動物を経由し、あるいは直接にヒトへ感染して広がっていく。

 ウシから天然痘や結核、ブタやアヒルからインフルエンザ、ヒツジやヤギから炭疽症、ネズミ(齧歯類)からペスト、主にイヌ(ネコやコウモリなども)から狂犬病といった人獣共通感染症があるが、サル免疫不全ウイルス(SIV)が変異してヒトに感染してヒト免疫不全ウイルス(HIV-1、HIV-2)になったようにヒトと野生生物の接触によって感染が広がることも多い(※1)。

 自然宿主にはコウモリが多く、コウモリの次は霊長類、齧歯類の順になるようだ。また、世界で新たな人獣共通感染症が発生するリスクの高い地域としては、コウモリはアジアの一部と中南米で多く、霊長類は中米、アフリカ、東南アジアに集中し、齧歯類は北米、南米、中央アフリカの一部と予測されている(※2)。

 コロナウイルスも人獣共通感染症で、最初に発見されたのが1965年という新しいウイルスだ(※3)。このウイルスが注目されたのはSARSが流行した時で、SARSの自然宿主は当初、ジャコウネコと考えられていた。

 その後、同じウイルスがコウモリ(キクガシラコウモリの一種、Rhinolophus sinicus)で発見され、現在ではコウモリのSARSウイルスが共通祖先としてヒトとジャコウネコに感染したとされている(※4)。ちなみに、いわゆる南京虫、トコジラミ(Cimex lectularius)もコウモリからヒトに寄生先を変えた生物だ(※5)。

 SARSウイルスやMARS(MARS-CoV)ウイルス(コウモリ→ヒトコブラクダ→ヒト)などのコロナウイルスの研究が進んだ結果、コウモリはコロナウイルスなどヒトに対して新たに出現するウイルスの「貯水池(Reservoir)」と考えられるようになった(※6)。

 コウモリのコロナウイルスと遺伝子が96%同じ新型コロナのウイルスも同じようにコウモリが自然宿主と考えられているが(※7)、なぜコウモリはウイルスを貯め、主要な感染源になっているのだろうか。

コウモリはウイルスの貯水池

 コウモリという生物の特徴は、その種類の多さだ。哺乳類の種類の約20%がコウモリとされ、その種類は900種を超えるが、環境破壊のせいで絶滅危惧種も多い。分布域も広く、哺乳類ではヒトとネズミなどの齧歯類、クジラ類と同様、地球上の広い範囲に棲息している。

 また、哺乳類の進化の中では比較的プリミティブな生物で、多くの哺乳類が持つ遺伝的特質の原型を持っている。つまり、コウモリの古い形質の遺伝子で保存されてきたウイルスは、変異すると他の哺乳類へ感染する能力を持ちやすいことになる。

 種類によってはかなりの長距離を飛翔するのもコウモリの特徴だ。つまり、ウイルスを広い範囲に感染させる能力を持っている。広範囲に多種多様なコウモリが分布し、広大な空間を移動するわけだ。

 また、多くの種類のコウモリは冬眠することが知られている。ウイルスもコウモリとともに越冬し、長い期間、生きながらえることができる。また、コウモリ自体の寿命も長く、30年以上も生きる種もいる。こうした意味でもコウモリはウイルスの貯水池になるのだろう。

 ヒトのトコジラミがコウモリ由来だったように、コウモリは哺乳類の血液を吸うダニやシラミなどを媒介しやすい。こうした寄生虫からウイルスが感染することも多い。

 さらにコウモリは、あまり清潔ではない湿った洞窟や木の洞などに集団で棲息する種が多い。そもそもコウモリの個体数は多く、こうした集団が密集することでウイルス感染のパンデミックを起こしやすい。また、容易に捕まえることができるので食用にする地域もある。

 コウモリの認知やセンシング、コミュニケーション手段はエコーロケーション(反響定位)だ。口から発する超音波が跳ね返ってくることで、飛行したり位置を認知したりする。その際に飛び散る唾液などを介してウイルスが感染しやすくなる。

 以上をまとめると、コウモリはウイルスが好みやすい環境に棲息して大集団を形成し、広く分布して長距離を移動し、哺乳類の多くに共通する遺伝的な特徴を持ち、ウイルス感染によるパンデミックや他の哺乳類にウイルスを感染させやすい特徴を持っているということになる。

 こうした生物は他にもいる。我々ヒトだ。集団が密集して暮らし、長距離を移動し、口から唾を飛ばしながらコミュニケーションする。コウモリからヒトへ、ヒトから他の生物へ、ウイルスの連鎖が広がっているのかもしれない。

 一方、コウモリの生息域は自然破壊で狭められ、劣悪な環境で暮らさざるを得なくなっている。また、地球温暖化で分布も変化し、これまでヒトとあまり接触しなかった種類のコウモリが身近に現れるようになってきた。

 コウモリという貯水池のウイルスが変異しやすく、ヒトに感染しやすい状況になっているというわけだ。新型コロナウイルスもコウモリからヒトに感染するようになったが、これからも新たなウイルスが出現し、人類の脅威になるかもしれない。

※1:Preston A. Marx, et al. "Isolation of a simian immunodeficiency virus related to human immunodeficiency virus type 2 from a west African pet sooty mangabey." Journal of Virology, Vol.65(8), 4480-4485, 1991

※2:Kevin J. Olival, et al., "Host and viral traits predict zoonotic spillover from mammals." nature, Vol.546, 2017

※3:Jeffery S. Kahn, Kenneth Mcintosh, "History and Recent Advances in Coronavirus Discovery." The Pediatric Infections Disease Journal, Vol.24, Issue11, 2005

※4:Susannna K. P. Lau, et al., "Severe acute respiratory syndrome coronavirus-like virus in Chinese horseshoe bats." PNAS, Vol.102(39), 14040-14045, 2005

※5:Sandor Hornok, et al., "Phylogenetic analyses of bat-associated bugs (Hemiptera: Cimicidae: Cimicidae and Cacodminae) indicate two new species close to Cimex lectularius." BMC, Parasites & Vectors, doi.org/10.1186/s13071-017-2376-1, 2017

※6-1:Charles H. Calisher, et al., "Bats: Important Reservoir Hosts of Emerging Viruses." Clinical Microbiology Review, DOI: 10.1128/CMR.00017-06, 2006

※6-2:Zhengli Shi, "Bat and virus." Protein Cell, Vol.1(2), 109-114, 2010

※6-3:Jie Cui, et al., "Origin and evolution of pathogenic coronaviruses." nature reviews microbiology, Vol.17, 181-192, 2019

※7:Peng Zhou, et al., "A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin." nature, doi.org/10.1038/s41586-020-2012-7, 2020

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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