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「ホホジロザメ」から身を守るウェットスーツとは

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:アフロ)

 サメによる事故は想像するよりずっと少ないが、ニュースなどでは大きく取り上げられる。我々のサメに対する恐怖心は根深いが、サメに襲われても致命的な傷を負わないウェットスーツが開発中という。

鎖帷子による防御

 サメに対する恐怖心はサーフィンやダイビングなどの海洋レジャーを楽しむための心理的な障害になるが、実際にサメに襲われるリスクは少ない。だが、ニュースや映画などで見聞きすることで、サメに対する我々の恐怖心は現実よりも過大になりがちだ(※1)。

 日本におけるサメの被害はそれほど多くないが、死亡事故を含むサメ被害はほぼ毎年1件ほど報告されている。国際的なサメ被害を調査している「国際サメ被害ファイル(International Shark Attack File、フロリダ自然史博物館)」によれば、サメによる死亡者数は全世界で年間平均6人だ。

 全世界で数件という致死性事故数を考えれば、サメに襲われるリスクは自動車事故や航空機事故に遭うよりも低い。だが、実際に海に入っていると恐怖心を抱く人は少なくないだろう。リスクは低いがもちろんゼロではない。

 これまでサメの攻撃による咬傷の影響を軽減させるため、金属製の編み込み(Chainmail、チェインメイル)でおおわれたウェットスーツが開発されてきたが、海中では重く動きづらかった。これは一種の鎖帷子(くさりかたびら)で、重りを身にまとって潜水するようなものだ。当然、サーフィンなどでは使えない。

 もし不幸にもサメに襲われた場合、致命傷になるのはやはり血管裂傷の出血による失血死だ(※2)。手足を噛みちぎられることも少なくない。

 浮力と身動きの自由を奪う鎖帷子を着て海中に入りたくないとしたらどうすればいいだろうか。最近、オーストラリア南部、アデレードにあるフリンダース大学の研究グループは、超高分子量ポリエチレン(Ultra High Molecular Weight Polyethylene、UHMPE)(※3)によるホホジロザメ対策用ウェットスーツの可能性を試したという論文を発表した(※4)。

超高分子量ポリエチレン製ウェットスーツの可能性

 UHMPEは、鋼鉄の10倍、特殊繊維ケブラー(Kevlar)の1.5倍の強度を持つ。耐衝撃性や耐断裂性に優れ、軽量なため、軍事用などの各種ヘルメットや防弾チョッキ、フェンシングスーツ、人工骨などに使われている素材だ。

 サーフィンやダイビングで使用される一般的なウェットスーツは、ネオプレンゴムと呼ばれるポリクロロプレン(Polychloroprene)製だ。同研究グループは、通常のウェットスーツ(厚さにより3種類)とネオプレンゴムにUHMPEを組み込んだ4パターン6種類(合計5パターン9種類)で対ホホジロザメ用の素材としての性能を比較した。

 また、生きたホホジロザメの実際の咬合力を評価するため、事前にアデレードの近くにあるネプチューン諸島の海洋公園でホホジロザメの咬合力を測定した。その後、各素材を生体組織に似せた基板にステープラで止め、穿刺テスト、裂傷テスト、ホホジロザメからの耐久性と生体への影響などを評価したという。

 その結果、UHMPEを組み込んだ素材のほうが通常のウェットスーツ素材よりも、耐穿刺性、耐裂傷性、ホホジロザメからの耐久性のいずれも高かった。研究グループによれば、UHMPEを組み込んだ素材に穴を開けたり引き裂いたりするためには、より強い力が必要で実際に開けられた穴や傷口は通常のウェットスーツ素材よりも小さかったという。

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生体に似せた基板に巻き付けたUHMPEを組み込んだ素材に興味を抱いて噛みつこうとしているホホジロザメ。PHOTO CREDIT:Associate Professor Charlie Huveneers

 研究グループは、新しい素材を組み込んだウェットスーツの効果について、サメに襲われた際に失血死を減らす可能性があると述べつつ、今後もテストを重ね、人体への影響についてさらなる研究が必要としている。

※1:Roxanne Crossley, et al., "Public Perception and Understanding of Shark Attack Mitigation Measures in Australia." Human Dimensions of Wildlife, Vol.19, Issue2, 2014

※2:Richard Ballas, et al., "Clinical features of 27 shark attack cases on La Reunion Island." The Journal of Trauma and Acute Care Surgery, Vol.82, Issue5, 2017

※3-1:JLJ van Dingenen, "High performance dyneema fibres in composites." Materials & Design, Vol.10, Issue2, 101-104, 1989

※3-2:E. S. Greenhalgh, et al., "Fractographic observations on Dyneema'R' composites under ballistic impact." Composites Part A: Applied Science and Manufacturing, Vol.44, 51-62, 2013

※4:Sasha K. Whitmarsh, et al., "Effectiveness of novel fabrics to resist punctures and lacerations from white shark(Carcharodon carcharias): Implications to reduce injuries from shark bites." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0224432, 2019

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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