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米国で死者続出「電子タバコ」が蔓延した5つの背景

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 米国では、電子タバコを吸ったことが原因とみられる呼吸器疾患で5人が死亡した。米国疾病予防管理センター(CDC)は「アウトブレイク(Outbreak)」(※1)という言葉で強い警告を出している。また、米国の医師会(American Medical Association、AMA)が電子タバコを使用しないよう国民に注意喚起を促した。なぜ米国で電子タバコがここまで問題になったのだろう。

米国に蔓延する電子タバコ

 ニコチンを添加したリキッドを蒸気にして吸い込むタイプの電子タバコは、2000年代の初頭に出現し、最初はゆっくりと、しかし2010年代に入ってからニコチン規制が緩い欧米各国で急速に広まっていった。米国ではそれに連動するように電子タバコ使用を含む喫煙率が上昇に転じている。

 2018年11月16日に出たCDC「罹患率と死亡率の週報(Morbidity and Mortality Weekly Report、MMWR)」によれば、米国高校生の電子タバコの喫煙率は、2011年の1.5%(約22万人)から2018年には20.8%(約305万人)に急増している。特に2017年から2018年の伸びが急激で11.7%から20.8%の78%増で、中学生でも48%の伸びだった。

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2010年代から電子タバコの喫煙率が上がり始め、2015年に落ち込むが2017年から急激に伸びている。Via:CDC「罹患率と死亡率の週報(Morbidity and Mortality Weekly Report、MMWR)」2018年11月16日

 CDCがアウトブレイクというように、電子タバコは米国内の若年層を中心に急速に蔓延しているわけだが、その背景と要因はいくつかある。

・ハームリダクションの欺瞞と行政による規制の遅れ

・若い世代を狙った電子タバコ会社のマーケット戦略

・味が付いたタバコで若い世代が手に取りやすかった

・JUULの広がりで状況悪化:強いニコチン塩の摂取

・強いニコチン依存で電子タバコが止められなくなる

 大まかに分ければ、以上のような背景と要因となりそうだ。まず、1つ目のハームリダクションの欺瞞と行政による規制の遅れだが、ハームリダクションというのは、健康への害や危険を様々な事情から直ちに防ぐことができない場合、その害や危険を可能な限り少なくするように努力する方法や仕組みのことだ。

 電子タバコが禁煙に役立つ可能性があるため、タバコ対策に利用できそうだという意見は根強い。特に英国では、ニコチン量をコントロールした電子タバコを医薬品として禁煙治療に利用し、成果を上げているためにハームリダクション説を奉じる研究者も少なくない。

 だが、これはあくまでニコチン量を依存性が低いようにコントロールできた場合に限る。日本で広まっている加熱式タバコも同じだが、すでにニコチンパッチやニコチンガム、ニコチン代替治療薬などもあるのだから、電子タバコや加熱式タバコをわざわざ禁煙治療に利用する必要はないだろう。

後手にまわったFDA

 米国の食品医薬品局(FDA)は、2016年に電子タバコ(電気的ニコチン供給システム=Electronic Nicotine Delivery Systems、ENDS)を含む禁煙治療目的以外のあらゆるタバコ製品に対して規制した。だが、電子タバコのニコチンを規制する時期については当初あいまいで、電子タバコの製造会社は新製品を出すたびに新たにFDAから販売承認を受けなければならないが、電子タバコは2022年8月8日まで申請猶予となっていた。

 FDAがニコチンの総量規制に動き始めたのは2017年7月27日だ。また、電子タバコとリキッドの製品パッケージに依存性の強いニコチンが含まれている旨の警告表示を製造会社に対してFDAが義務付けたのは2018年8月10日となる。

 FDAがはっきりと電子タバコ規制の姿勢を示したのは2019年3月13日のスコット・ゴットリーブ前長官の声明を待たなければならないが、ここでも規制時期を前倒しして1年短縮しただけだった。ゴットリーブはこの直後にFDA長官を辞任してしまうが、電子タバコ規制に関してFDAが後手にまわった感は否めない。

 電子タバコ会社のマーケティングは、従来の紙巻きタバコでタバコ会社がやってきた方法(※2)を踏襲している。電子タバコを広めるための効果的なマーケティングの成功例がすでにあったということだ(※3)。

 特に重要なことは、紙巻きタバコと同様、電子タバコでも若い世代を引きつけるために味付き(Flavor)の多種多様なラインナップをそろえ、手に取りやすく吸いやすくしたことだろう。そして添加された香料などの中には健康に害を及ぼす危険な物質も多い(※4)。米国で呼吸器障害の患者や死者が出ている原因に、これら味付け物質が関与している危険性は十分考えられる(※5)。

 4つ目と5つ目の背景と要因は密接に関係している。JUULという電子タバコは数年で急速にシェアを伸ばし、2016年から2017年にかけてJUULを製造販売している企業は2%から13%にシェアを拡大していた(※6)。

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JUULという電子タバコが米国のシェアを席巻した。電子タバコに限れば、どのタバコ会社よりもJUULの製造販売会社(JUUL Laboratories)は大きなシェアを獲得した。Via:Brian A. King, et al., "Electronic Cigarette Sales in the United States, 2013-2017." JAMA, 2018

加熱式タバコと全く同じ

 そして、JUULのリキッドはニコチンの濃度が高く、JUULの製造販売会社は前身のプルーム(Ploom)時代に、ニコチンを急速に吸収して依存性を高める技術的な特許を取得している(※7)。ちなみに、プルームという会社は日本たばこ産業インターナショナル(JTI)が出資し、その後、独立してJUUL Laboratoriesになったが2018年12月にアイコス(IQOS)を出しているフィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)と関係の深い米国のアルトリア(Altria)の実質的な傘下に入った。

 電子タバコ全般にいえるが、喫煙者により効率的かつ効果的にニコチンを摂取させる技術が開発され、JUULの喫煙者も他の電子タバコ・ユーザーより多いニコチン摂取量となっている(※8)。JUULが米国内で広く喫煙されるようになったことで、その強い依存性で電子タバコが止められなくなり、喫煙者はより多くより深く吸い込むようになって急性の呼吸器疾患にかかるリスクを高めたともいえるだろう。

 現在、CDCやFDA、各州の公衆衛生当局は、電子タバコの何が原因で死亡者まで出ているのかを調査中だ。大麻成分やビタミンE酢酸塩などの添加物が影響しているなど情報は錯綜している。

 日本でも加熱式タバコが蔓延中だ。日本の政府・行政は、加熱式タバコに対して何の対策もしていない。むしろ、タバコ会社の技術的な努力に報いようという意見すらある。

 タバコ会社は有害物質の低減、つまりハームリダクションを訴え、若い世代に売り込もうとしている。さらに、加熱式タバコで吸うタバコ部分は、その約8割がメンソールなどの味付きであり、依存性の強いニコチンが入っているのだ。

 そして、日本でJUULの役割を果たしたのは、加熱式タバコのアイコスということになる。つまり、加熱式タバコが広まった背景と要因は米国の電子タバコと全く同じであり、重篤な病気になるリスクも同じようにあると考えるのは不自然ではない。

※1:アウトブレイク(Outbreak):感染症の場合は一定期間内に特定の地域、特定の集団で予想より多く感染患者が発生することであり、公衆衛生上、重要な感染症(本来あってはならない)が発生すること

※2:Melanie Wakefield, et al., "Role of the media in influencing trajectories of youth smoking." Addiction, Vol.98, Issues1, 79-103, 2003

※3:Fennifer C. Duke, et al., "Exposure to Electronic Cigarette Television Advertisements Among Youth and Young Adults." Pediatrics, Vol.134, Issue1, 2014

※4-1:Joseph G. Allen, et al., "Flavoring Chemicals in E-Cigarettes: Diacetyl, 2,3-Pentanedione, and Acetoin in a Sample of 51 Products, Including Fruit-, Candy-, and Cocktail-Flavored E-Cigarettes." Environmental Health Perspectives, Vol.124, No.6, 2016

※4-2:Peyton A. Tierney, et al., "Flavour chemicals in electronic cigarette fluids." Tobacco Control, Vol.25, Issue e1, 2017

※4-3:Paul R. Jensen, et al., "Solvent Chemistry in the Electronic Cigarette Reaction Vessel." nature SCIENTIFIC REPORTS, Vol.7, 2017

※4-4:M B. Harrell, et al., "Flavored e-cigarette use: Characterizing youth, young adult, and adult users." Preventive Medicine Reports, Vol.5, 33-40, 2017

※5:Jessica L. Barrington-Trimis, et al., "Flavorings in Electronic Cigarettes: An Unrecognized Respiratory Health Hazard?." JAMA, Vol.312, No.23, 2014

※6:Brian A. King, et al., "Electronic Cigarette Sales in the United States, 2013-2017." JAMA, Vol.320, No.13, 1379-1380, 2018

※7:Adam Bowen, Cheyue Xing, "Nicotine salt formulations for aerosol devices and methods thereof." US Patent, US2014/0345631A1

※8:Maciej Lukasz Goniewicz, et al., "High exposure to nicotine among adolescents who use Juul and other vape pod systems (‘pods’)." Tobacco Control, dx.doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2018-054565, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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