「受動喫煙」の正しい知識を広めたい~タバコ問題の専門家に聞く改正健康増進法

(写真:ロイター/アフロ)

 2019年7月1日から、学校や病院、官公庁といったいわゆる第一種施設で建物内を含む敷地内禁煙が施行される。これは受動喫煙を防ぐために改正された健康増進法の一部施行に沿ったもので、2020年4月1日からの全面施行に先がけて実施される。受動喫煙の健康への害については、未だに間違った情報が広まっているが、タバコや受動喫煙について正しく知って欲しいと専門家が本を出版した。

タバコに関する誤解や間違い

 タバコほどネットやメディア、社会巷間にデマや嘘が多く流れている問題はない。例えば、タバコを吸うとストレスが解消されるとか、タバコには認知症を予防するといった内容のものだが、特に受動喫煙についてはその健康への害は科学的に立証されているのにもかかわらず、いまだに因果関係は明らかではないとかデタラメ研究だとかいう言説が散見される。

 今回の改正健康増進法の大前提には、受動喫煙による健康への害がある。そのため、受動喫煙について正しく知ることが必要だが、先頃、長くタバコ問題を研究してきた専門家が『本当のたばこの話をしよう~毒なのか薬なのか』(日本評論社)という本を出版した。著者の片野田耕太さんに話を聞いた。

──本書の内容について教えてください。

片野田「この本の構成は大きく3つに分かれています。第一部は、タバコを吸う人の話です。第二部は、タバコを吸わない人の話、第三部は、社会全体、タバコにまつわる社会の構造の話になっています」

──タバコを吸う人について、どうお考えですか。

片野田「医学的にはニコチン依存症という病気の患者ということになっていますが、おそらく喫煙者には一人ひとり理由なりこだわりなり想いがあるんだと思います。それについて頭ごなしに否定するのも違うような気がするんですね。ただ、喫煙者が早死にしたり、タバコに関係した病気にかかりやすいのは科学的な事実なので、自分だけは大丈夫だという喫煙者に対しても正しい情報を受け取って欲しいと思います」

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タバコと受動喫煙に対する正しい情報を伝えたいと語る『本当のたばこの話をしよう』著者の片野田さん:写真撮影筆者

誤解を広めるタバコ産業の活動

──タバコに関しては、なぜ誤解や間違った知識が広まるのでしょうか。

片野田「タバコを吸うことでストレス軽減につながるということ、喫煙が認知症の予防になるということなどの誤解や間違いについても、本の中で科学的な視点から詳しく説明しています。どうしてこのようなことが起きるのかといえば、第三部の社会構造の話にもつながりますが、喫煙者がタバコを止めないような情報、タバコを吸うことに後ろめたさを持たないような情報にタバコ産業が多く資金を出しているからです。例えば、ニコチンを分解するための代謝酵素の活性が高い人と低い人がいますが、この同じ酵素は発がん物質を活性化する働きもあります。日本人の場合、遺伝的にこの代謝酵素活性が低い人が多いんですが、この研究にJT(日本たばこ産業)の関連組織がかなりの研究資金を出しています」

──代謝活性が低い場合、タバコをあまり吸わなくなるのでしょうか。

片野田「この酵素の活性が高い喫煙者はニコチンを早く代謝し、ニコチンが早く足りなくなるため、より多くのタバコを吸う傾向になります。日本人には酵素活性の低い人が多いので、他の国や地域の人に比べてタバコを吸う量が相対的に少なく、ニコチン依存症になりにくいということは確かにあるでしょう。しかし、だから日本人はタバコを吸っても肺がんになりにくい、ということには簡単になりません。なぜなら、発がんのメカニズムには喫煙以外の多くの要素が関係してくるので、単一の酵素活性の高低が発がんのリスクに決定的な影響を及ぼすとは考えにくいからです。もし仮に肺がんのリスクが多少低いとしても、喫煙によって肺がん以外のがん、呼吸器系や循環器系など他の病気にもなりますからタバコを吸ってもいいということにはなりません。JTなどのタバコ産業は、こうした喫煙を擁護することにつながる研究に資金を提供してきたというわけです」

──タバコ産業が情報にバイアスをかけている事例はほかにもありますか。

片野田「タバコ産業と科学的な研究では喫煙とストレスの関係についても同じような事例があり、この本の中でも紹介しています。これは、ハンガリー系カナダ人のストレス研究の大家がいて、その研究者にタバコ産業が資金を提供し、タバコ訴訟の裁判に証人として呼んだりしています。また、同じくストレスが病気の原因だと主張するドイツの心理学者の著書をJTの関連団体が翻訳して日本国内で出版したりしているんです」

平山論文に対しての間違った批判

──第二部の内容はどのようなものでしょうか。

片野田「タバコを吸わない人に関する話ですが、主に受動喫煙の害について考えています。受動喫煙の害は、タバコ産業にとってのアキレス腱です。なぜなら、喫煙者がタバコを吸うこと自体は、医学的にはニコチン依存で中毒になっているため、タバコを止められないと解釈されますが、喫煙者は自分の意志でタバコを吸っていると思っています。そうした意味でタバコ産業は、喫煙者は害があることを承知で吸っている自己責任だからタバコ産業側に罪はないというズルい立場にいます。しかし、受動喫煙では本人の意志にかかわらず健康への害を受けてしまいます。タバコ産業としては、タバコを吸わない人にも影響がある受動喫煙の害を認めたくないんですね」

──改正健康増進法は、その受動喫煙の害を防ぐための法律ですが。

片野田「そうです。受動喫煙の害は、自分ではタバコを吸わない人が知らないうちに被ってしまう害であり、タバコを吸う側も無意識に他者へ及ぼしてしまう害でもあります。受動喫煙による害を受ける人のほうが受けない人より30%も多く肺がんを発症してしまうなどということはあってはならないことです。今回の改正健康増進法では『望まない受動喫煙』という不可思議な文言が入っていて問題を混乱させていますが、望む望まないに関係なくタバコの煙による健康への害を低くするために法律でルールを決めましょうというのが改正の主旨なんです。吸う人も吸わない人も一人ひとりが意識や努力しなくてもいいようにする、つまり吸わない人の受動喫煙による健康被害を防ぎ、喫煙者が知らないうちに加害者になってしまうことを防ぐことができるように環境を整えるのがこの法改正の主旨というわけです」

──まだ受動喫煙の害について正しい知識が広まっていないのでしょうか。

片野田「その通りです。この本で書きたかったことは、受動喫煙の健康への害についての誤解、間違った情報を正したいという点です。受動喫煙の害については、すでに科学的・医学的に結論が出ています。そもそも日本人研究者の平山雄先生が世界で初めて研究し、論文(※1)を発表したことから世界中で研究が始まり、その結果をベースにしてFCTC(WHOたばこ規制枠組条約)という国際的枠組みが作られたわけです。日本を含め、この条約に加盟している世界各国がタバコ対策を進めるようになったきっかけが平山論文なんですね」

──平山論文によって世界が変わったといえますね。

片野田「これだけ国際的に高い評価を受けて世界の社会的な構造を変えるきっかけになった論文が日本人研究者の手によるものだということはとても誇らしいと思います。しかし、未だにネット上などには平山論文を否定する言説が残り、受動喫煙の害はデタラメとする本をおおっぴらに出している研究者もいます。私も保育園のパパ友と飲んでいる際、同席した喫煙者から受動喫煙の害は証明されていないという持論を聞かされたことがありますが、その時、一般市民にも間違った情報が浸透していることを実感したんです。タバコ産業はずっと受動喫煙の害を否定してきました。健康被害について否定する情報が広まることで、問題が複雑でややこしくなっているんですね。タバコ産業のプロパガンダの結果、間違った情報が広まり、本当のことが知られなくなっている。このことを見つめ直して欲しいというのが、この本を書いた最も大きな動機なんです」

構造的に根深いタバコ問題

──第三部の、タバコと社会の構造との関係とはどのようなものでしょうか。

片野田「例えば、改正健康増進法にある『望まない』というフレーズは、タバコと社会構造との問題を考える上でとても興味深い表現だと思います。能動喫煙についても『やめたい人がやめる』という方針が掲げられたことがありました。受動喫煙については本人の意志は関係ないはずですが、タバコ産業のスタンスである『喫煙の自由』という考え方が反映された形になっています」

──社会的にタバコを容認する考え方がまだ残っているということでしょうか。

片野田「そうですね。こうした事例はあちこちにあって、あるタバコ擁護派のデモ行進にあったスローガンに『お店を守らなければ、従業員は守れません』というものがありました。禁煙にして店が潰れたら従業員も困るというわけです。店を守るために従業員に対して受動喫煙でタバコの煙を浴びることを強いるというのは、健康被害があるということを前提にすればおかしな話です。なぜ従業員の健康を害することが当然であるかのようなスローガンが公の場で堂々と掲げられているんでしょうか。タバコ問題を考える上で、本当に根深い認識のギャップがあると思います」

──マスメディアの動きについてはどうお感じですか。

片野田「2016年8月に国立がん研究センターが、受動喫煙の健康被害について発表した際、同じ日にJTがそれを否定するコメントを出し、そのコメントについて国立がん研究センター側が詳細なエビデンスで反論したことがありました。その後、JT側は沈黙してしまったんですが、そもそも論争しようとしたわけではなく、JTのスタンスとして受動喫煙の害は科学的に明らかになっていないということをポーズとして示したかっただけだと思います。JTも世界各国でタバコ裁判を抱えていますし、将来の訴訟リスクを考えた場合、スタンスを示しておかなければならないという判断だったんでしょう。Twitterでそれなりに騒ぎになったこのやり取りに関してもテレビでは全く報道されず、新聞や雑誌では『論争』というように、あたかも対等の立場でやり取りしているような書き方をしていたので、マスメディアは問題の本質を全く理解していないのか、何らかの忖度めいたものがあるのか、ある種のフィルターがかけられ、正しい情報が読者に伝えられないことになってしまいました」

──タバコは構造的かつ社会全体の問題ということでしょうか。

片野田「タバコについては、たばこ税収の恩恵を国民全体が何らかの形で受け取っている点、たばこ事業法というタバコ産業を保護育成することが目的の法律を放置している点など、社会の構造的な問題になっています。しかし、喫煙場所やいわゆるマナーの問題に矮小化され、受動喫煙の問題にしてもあくまで業者側、産業側の立場からしか考えず、利用者や客、従業員の立場から想像できない状況になってしまっている。全ての人は基本的な人権を持っています。その中にはもちろん、タバコの煙による健康被害を受けないという権利も含まれます。しかし、特に日本人はこうした権利意識が低いように感じます。その背景の一つには、受動喫煙を含むタバコの健康被害が正しく伝わっていないことがあると思います。タバコ産業が正しい情報が社会に広まらないよう、いろいろな妨害活動をしてきたのは事実ですが、タバコ産業を批判するというより、こうした社会の構造や状況、健康に暮らす権利は誰にでもあるということについて考えてもらえたらと思っています」

──改正健康増進法ができ、路上喫煙禁止の自治体も増え、タバコの問題がすでに解決したというように考える人も多いようです。

片野田「しかし、受動喫煙の害に限らず、タバコについての正確で正しい情報はまだ少なく、誤解や間違った情報をもとに判断することは危険だと思います。そのためにも、タバコを吸う人も吸わない人もこの本を読んでいただき、タバコについて知っていただければうれしいです」

 ニュートラルな立場、科学の視点で冷静にものごとを見るという姿勢で書かかれた本書。片野田さんは、それが本質的な議論の出発点であり、受動喫煙によって健康被害があるというところからスタートすれば、これほどクリアな問題はないという。そして、それは喫煙者の権利を制限するための根拠にもなっているが、喫煙者が知らないうちに受動喫煙の加害者になることを防ぐ法律でもあると強調した。

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片野田耕太(かたのだこうた):1970年、大阪生まれ。東京大学法学部を卒業後、同大学大学院医学系研究科に進学。脳科学の研究を行う。2002年、博士課程修了後、国立健康・栄養研究所研究員として、健康・栄養調査の分析など、社会医学系の研究に従事。2005年より国立がん研究センター(旧国立がんセンター)研究員となり、タバコの健康影響とがんの統計の分野の研究に携わる。2017年より、がん統計・総合解析研究部長として、タバコ対策、がんの統計、がん教育など幅広い分野での研究活動を行っている。2016年には厚生労働省「喫煙の健康影響に関する検討会報告書」(いわゆる「たばこ白書」)を編集責任者としてとりまとめた。主な著書に『がん・統計白書2012─データに基づくがん対策のために』(祖父江友孝、片野田耕太ほか編、篠原出版新社)がある。写真撮影筆者

※1:T Hirayama, "Non-smoking wives of heavy smokers have a higher risk of lung cancer: a study from Japan." BMJ, Vol.282, 1981

※:本文中「たばこ」は「たばこ事業法」「たばこ税」「たばこ規制枠組条約」「たばこ白書」で使い、ほかは「タバコ」とカタカナ表記した。