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タバコ規制で取り残される「ハードコア喫煙者」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 受動喫煙防止対策が進み、タバコを吸える場所はどんどん狭められている。すでに喫煙者はタバコを止めざるを得ない状況にあるが、タバコ規制が進めば、どうしてもタバコを止められない喫煙者がさらに重篤なニコチン依存症に陥るという研究もある。タバコを止めたがっている喫煙者に対して早急な手当が必要だ。

ハードコアな喫煙者とは

 喫煙は、一部の医療機関で禁煙治療が行われ、保険診療が可能になっているように、ニコチン依存症という積極的な治療が必要な疾患だ。加熱式を含むタバコに含まれるニコチンは依存性の強い薬物とされ、喫煙はタバコ関連疾患を発症する全身疾患の原因にもなる。

 一方、喫煙は生活習慣病でもある。ニコチン依存には社会的な要素も含まれ、喫煙者は心理的にタバコを嗜好品と美化したり喫煙を文化として正当化したりする状態になっているからだ。

 ただ、喫煙者の全てがニコチン依存症の患者ではない。禁煙治療の際に依存症かどうかを診断する検査が行われて初めて保険適用の治療が受けられるように、タバコを止めようと思っても止められないニコチン依存症の喫煙者は6〜7割と考えられている。

 ニコチン依存症ではない軽度の喫煙者は、タバコ規制が厳しくなってタバコを吸える場所や環境が少なくなれば、禁煙治療を受けたり自身で止める努力をするなりするだろう。だが、どうしてもタバコを止められないニコチン依存症が重症の喫煙者も半分以上いるというわけだ。

 喫煙自体が規制されるわけではないから、身の回りにタバコへの誘惑は数限りなく存在する。身体的なニコチン依存症ではなく、社会的なニコチン依存症である場合でも、周囲に喫煙者がいたり、コンビニエンスストアで日常的にタバコ・パッケージを目にしたり、喫煙を想起するイメージに囲まれるなどすると禁煙は難しいだろう(※1)。

 つまり、タバコ規制がいくら厳しくなろうともタバコを止めない喫煙者は少なからず残ってしまうことになる。研究者は彼らを「ハードコア(Hard-Core)」な喫煙者と呼ぶが、ある研究によれば喫煙者の約5%、人口の1%程度と推定する(※2)。

 受動喫煙防止対策を強化することにより、受動喫煙の被害者は減るはずだ。だが、こうしたハードコア喫煙者にとって、タバコ規制はあまり効果がないようにみえる。

取り残される100万人

 タバコ規制がタバコを止めやすい喫煙者にのみ効果を発揮し、ハードコア喫煙者のニコチン依存症がむしろ悪化することを喫煙の「強化仮説(Hardening Hypothesis)」という(※3)。この仮説については研究者の間で議論があるが(※4)、喫煙の自己責任論、経済や教育の格差などと相まって複雑な問題になりつつあるのは確かだ。

 例えば、タバコの健康への害はすでに周知のことであり、喫煙者はそれを承知で吸っているのだから仮にタバコ関連疾患になってもそれは自己責任という意見も根強い。ネット上には喫煙者に対する罵声も飛び交い、喫煙者への偏見があらわにされるような状況で隔世の感があるが、前述したようにタバコに含まれるニコチンは強い依存性薬物で、タバコを止めたくても止められない状態になってしまう。

 日本はタバコ規制の後進国だが、ようやく世界の趨勢の末尾に追いついた状態だ。タバコ規制を早くから始めているカナダでは、タバコを止められず取り残されたハードコア喫煙者に対する調査研究も始まっている(※5)。

 喫煙習慣は未成年の間に始まることはよく知られ、日本の男性の場合、25歳を過ぎてから初めてタバコに手を出す喫煙者は少ない(※6)。早い時期にニコチン依存症になると禁煙がしにくくなり、長期間の喫煙によりタバコ関連疾患にかかるリスクも高くなる(※7)。

 こうした喫煙者に対し、自己責任だからと見捨てておくことができるだろうか。ハードコア喫煙者が人口の1%いるとすれば、日本では100万人ほどになる。けっして少ない数ではない。彼らの多くはやがてタバコ関連疾患にかかり、死亡率や医療費を押し上げることになる。

 ハードコア喫煙者に対する罵声や偏見は、彼らを追い詰め、喫煙習慣に対して頑な態度にさせるかもしれない(※8)。

 日本には、たばこ事業法というタバコ産業育成のための法律があり、厚生労働省の見解も喫煙者の自己責任論に終始する。だが、タバコ規制の先進国には電話やネットで無料の禁煙相談ができる窓口(クイットライン)が整備されていたり、禁煙治療についても手厚いのだ。

 受動喫煙防止対策が進んだとはいえ、日本のタバコ規制はまだまだ手ぬるい。タバコ会社も加熱式などの新型タバコを市場へ投入し、喫煙者減少に歯止めをかけようとし、ニコチン依存症の患者を増やそうと画策し、若年層を含む新たな喫煙者の獲得に余念がない。そうしたタバコ会社はすでに汚名にまみれ、その卑劣な行為は許されるものではない。

 だが、一方でタバコを止められず内心で苦しむ喫煙者がいるのも確かだ。タバコ会社とタバコに対する追及と規制の手を緩めず、タバコを止められない喫煙者に対するサポートがいよいよ重要になってきている。

※1:Albert J. Burgess, et al., "The social networks of smokers attempting to quit: An empirically derived and validated classification." Psychology of Addictive Behaviors, Vol.32(1), 64-75, 2018

※2:Sherry Emery, et al., "Characterizing and Identifying “Hard-Core” Smokers: Implications for Further Reducing Smoking Prevalence." American Journal of Public Health, Vol.90, 387-394, 2000

※3:John R. Hughes, "The case for hardening of the target. In: Those Who continue to smoke: is achieving abstinence harder and do we need to change our interventions?" Bethesda, U.S. Department of Human Services, National Institutes of Health, National Cancer Institute, 2001

※4:Jeroen Bommele, et al., "Prevalence of hardcore smoking in the Netherlands between 2001 and 2012: a test of the hardening hypothesis." BMC Public Health, Vol.16, 2016

※5:Kirsten Bell, et al., "‘Every space is claimed’: smokers’ experiences of tobacco denormalisation." Sociology of Health & Illness, Vol.32, Issue6, 914-929, 2010

※6:箕輪真澄、尾崎米厚、「若年における喫煙開始がもたらす悪影響」、Journal of the National Institute of Public Health、Vol.54(4), 2005

※7:旧厚生省、「平成10年度 喫煙と健康問題に関する実態調査」

※8:Rebecca J. Evans-Polce, et al., "The downside of tobacco control? Smoking and self-stigma: A systematic review." Social Science & Medicine, Vol.145, 26-34, 2015

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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