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小さな子らに朗報──難病「川崎病」に新たな治療法

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 川崎病──この病名を耳にしたことがあるだろうか。乳幼児を中心に発症する発熱や発疹、口唇や舌が赤くはれるなどの症状を伴う病気だ。自然治癒することも多いが、血管の炎症が残ると心臓の冠動脈に悪影響を与え、重症の場合は心筋梗塞などで死ぬこともある。小さな子どもは誰でもかかる危険性があるが今回、この川崎病に新たな治療法が開発された。

重症化すると冠動脈に異常が

 川崎病(急性熱性皮膚粘膜リンパ節症候群)は地名ではない。1967年に小児科医の川崎富作によって初めて報告されたことで、川崎病(Kawasaki Disease)と呼ばれる(※1)。日本では0〜4歳児の10万人に300人、100人に0.3人、年間1万5000人ほどが発症し、増加傾向が続いている病気だ。

 日本川崎病学会の「診断の手引き」(2019/03/18アクセス)によれば主な症状として、

  • 5日以上続く発熱(ただし、治療により5日未満で解熱した場合も含む)
  • 両側眼球結膜の充血
  • 口唇、口腔所見:口唇の紅潮、いちご舌、口腔咽頭粘膜のびまん性発赤
  • 不定形発疹
  • 四肢末端の変化:(急性期)手足の硬性浮腫、掌蹠ないしは指趾先端の紅斑(回復期)指先からの膜様落屑
  • 急性期における非化膿性頸部リンパ節腫脹

 となっており、上記6つの症状のうち5つ以上を伴うものとしている。また、日本では生後6ヶ月未満児に結核予防のためのBCG(Bacille de Calmette et Guerin)を接種させることが保護者の努力義務になっているが、川崎病にかかった乳幼児ではBCG接種部位が紅く腫れあがることも多い。

 川崎病は4歳以下の乳幼児に多い病気で、成人での発症例はごく少ない(※2)。患者の多くは自然に症状が治まるが、10人に2人ほどは治療抵抗性で、重症化すると心臓の冠動脈に動脈瘤(こぶ)を生じたりする。この後遺症のため、狭心症になったり心筋梗塞で死に至ることもあるので早期診断・早期治療が最も重要だ(※3)。

 治療は、早期に免疫グロブリン(Immunoglobulin、Ig)という血液製剤の大量投与(静脈注射)を行う療法(Intravenous immunoglobulin、IVIG、ガンマ[γ]グロブリン療法)が推奨されている(※4)。これは多くのドナーの献血で集めた血液から取り出したガンマグロブリンという成分だ。川崎病ではかかって早期の急性期に冠動脈が拡大(拡張)したり、その後に冠動脈に障害が残ることがあるが、IVIG療法が行われることによりこうした症状や後遺症が大きく減った。

小さな子なら誰でもリスクが

 小さな子どもなら誰でも川崎病にかかる危険性があるが、川崎病の原因はまだよくわかっていない。日本や韓国などの東アジアに多く発症パターンに季節や年ごとの変化があることで、何らかの病原因子が中央アジアから気流に乗って運ばれてくるのではないかという仮説もある(※5)。

 こうした環境因子のほか、日本人など東アジアの人に多い、患者の両親や兄弟姉妹(同胞)の既往などと強い関係がうかがえる、などから川崎病にかかりやすい遺伝的体質があることが次第にわかってきた(※6)。

 川崎病は発熱をともなうが、人体には病気などで発熱などの炎症による症状を制御する仕組みに関与する遺伝子がある。これまで発見された川崎病の関連遺伝子の中には炎症を抑える役割を持つものがあり、遺伝的にこの遺伝子の機能が低下するタイプだと、炎症を引き起こす物質の産生が多くなり、川崎病を発症しやすくなるのではないかと考えられた。

 特定の炎症の経路に川崎病の発症との関連がつきとめられ、この経路を抑える薬が以前からあったので、それを試してみようということになる。その薬とはシクロスポリン(CsA)という免疫抑制剤だ。

 今回、千葉大学大学院医学研究院などの研究グループが、従来からあるIVIG療法にシクロスポリンを加え、治療強化することで川崎病の重篤な後遺症を半分以下(0.46倍)まで引き下げる可能性のある治療法を開発し、英国の医学雑誌『LANCET』に発表した(※7)。

 これは、2年半にわたり全国で175人の患者に協力してもらい、医師主導でシクロスポリンによる治験を続けてきた成果だ。重症化する冠動脈の異常の発生リスクを半分以下にするだけでなく、川崎病に特有の発熱も早く治まることがわかった。

 シクロスポリンを併用した治療は、少量の液状内服薬を5日間、服用するだけ。高価な薬ではなく入院延長の必要もない。川崎病の重症化を防ぐことに役立つという。安全性についても従来の標準治療との間に大きな差はなかったため、現在、保険適用の認可申請の準備をしている段階だ。

重症化する仕組みの一部を抑制

 研究グループに川崎病と今回の成果について聞いた。

──川崎病は血管に炎症を起こす病気とされているが、なぜ血管に炎症が起き、重症化すると冠動脈に異常が起きるのか?

研究グループ「全身の中小血管に炎症が起こることは、川崎病の52年の歴史の中、亡くなった方々の解剖による病理組織の観察によって明らかですが、なぜ血管に炎症が起きるかはまだわかっていません。免疫系の反応で血管の炎症が起きている可能性が高いとしても、どの細胞が主要な役割を果たしているのかは不明です。免疫に関与する細胞でサイトカイン(免疫系のタンパク質)が大量に産生され、炎症が起こって血管壁を構成する部分が破壊され、脆弱化します。血管の内側には血圧がかかっていますから、血圧を支えきれなくなり、風船のようにふくらんでいき、動脈瘤になるのです」

──免疫グロブリン療法(IVIG)で治療後、体重が増え続けると冠動脈に異常が起きやすくなり、重症化する場合も多い(IVIG不応)というが、なぜIVIG不応で重症化するのか?

研究グループ「現在の日本で川崎病の初期治療が奏功する場合、発熱3〜5日目で治療開始されれば 5〜7日目で平熱になります。入院期間は1週間くらいという急性疾患で様々な症状は一過性でほとんどが治癒します。しかし、初期治療の効果が効きにくい患者さんは15〜20%いて発熱が継続します。これがIVIG不応の患者さんです。炎症反応(反応性タンパク、C-reactive protein、CRP)も高いままという状態であり、炎症が治まらず、長期化すれば当然、冠動脈の障がいが重症化します。炎症による血管壁の破壊によって血圧に耐えられず、動脈が風船のようにふくらむ、つまり動脈瘤が発生すると考えられます。また、炎症後に細胞を修復しようとする過程で冠動脈が狭くなる場合もあります。炎症は血栓(血液の固まり)の形成を促進し、動脈瘤が形成されるとさらに瘤内の血流がよどんで血栓の形成を助長します。これらの要因で血管内に血栓ができると、それが大きくなり、血管が狭くなったり塞がってしまう場合もあり、これが川崎病の最も重篤な合併症である狭心症や心筋梗塞です。通常の場合、高齢者に多い大血管の動脈瘤などは起こりません」

──今回、IVIG療法と併用したシクロスポリンによる治療は、どんな遺伝子に作用し、どのような効果があったのか。

研究グループ「我々の以前の研究から、ITPKC、CASP3という二つの遺伝子に、個々人で少しずつ異なる多型(バリアント)があり、それが川崎病が重症化するメカニズムに関係することがわかっていました。これらの遺伝子は、病気になりやすい多型を持った場合、その多型を持たない人に比べて細胞から作り出されるサイトカイン(免疫系のタンパク質)が多めに出るほうに振れ、炎症が増強すると考えられます。つまり、この二つの遺伝子は、本来は炎症を起こす細胞が活性化しすぎないよう働きを抑えていますが、遺伝子の多型によって働きを抑える作用が弱くなるので川崎病が重症化すると考えられます。シクロスポリンは、これら遺伝子が作り出す産物をピンポイントに抑制するわけではなく、このサイトカインが作られる仕組みに関わる別の分子を抑制する薬剤なのです」

 小さい子には誰にでも川崎病のリスクがある。多くの場合、重症化せずに治るが、中には心筋梗塞の発症に脅かされ、スポーツもできずに心臓発作の不安と共に過ごさざるを得なくなる患者もいる。

 川崎病は原因が不明な病気なので予防も難しい。早期診断・早期治療が重要だが、今回の治療法により重症化する患者を減らすことが期待される。

※1:川崎富作ら、「指趾の特異的落屑を伴う小児の急性熱性皮膚粘膜淋巴腺症候群 : 自験例50例の臨床的観察」、アレルギー、第16巻、第3号、178-222、226、1967

※2:P Seve, et al., "Maladie de Kawasaki de l’adulteKawasaki disease in adult patients." La Revue de Medicine Interne, Vol.32, Issue1, 17-25, 2011

※3:狭心症は文字通り冠動脈が細く狭くなることで心臓に酸素や栄養が届かなくなる病気、心筋梗塞は狭心症などによって心臓の筋肉が機能不全を起こしたり壊死したりする状態のこと

※4-1:日本小児循環器学会「川崎病急性期治療のガイドライン(平成24年改訂版)」(2019/03/18アクセス)

※4-2:Richmal M. Oates-Whitehead, et al., "Intravenous immunoglobulin for the treatment of Kawasaki disease in children." Cochran Database of Systematic Reviews, 2003

※5-1:Xavier Roco, et al., "Association of Kawasaki disease with tropospheric wind patterns." SCIENTIFIC REPORTS, 1, Article number: 152, 2011

※5-2:Xavier Roco, et al., "Tropospheric winds from northeastern China carry the etiologic agent of Kawasaki disease from its source to Japan." PNAS, Vol.111(22), 7952-7957, 2014

※6-1:Yoshihiro Onouchi, et al., "ITPKC functional polymorphism associated with Kawasaki disease susceptibility and formation of coronary artery aneurysms." nature genetics, Vol.40, 35-42, 2008

※6-2:Yoshihiro Onouchi, et al., "Common variants in CASP3 confer susceptibility to Kawasaki disease." HUMAN MOLECULAR GENETICS, Vol.19, Issue14, 2898-2906, 2010

※6-3:Yoshihiro Onouchi, et al., "A genome-wide association study identifies three new risk loci for Kawasaki disease." nature genetics, Vol.44, 517-521, 2012

※6-4:Yoshihiro Onouchi, et al., "Variations in ORAI1 Gene Associated with Kawasaki Disease." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0145486, 2016

※7:Hiromichi Hamada, et al., "Efficacy of primary treatment with immunoglobulin plus ciclosporin for prevention of coronary artery abnormalities in patients with Kawasaki disease predicted to be at increased risk of non-response to intravenous immunoglobulin (KAICA): a randomised controlled, open-label, blinded-endpoints, phase 3 trial." THE LANCET, Vol.393, Issue10176, 1128-1137, 2019

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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