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「アイコス」はどうやって浸透したか〜タバコ会社の広告展開

石田雅彦サイエンスライター、編集者
街頭で販促するアイコスのショップ:写真撮影筆者

 最近よくテレビCMで、タバコ会社が盛んに広告展開しているのを見かける。何を訴えたいのかよくわからない面妖なイメージ広告も多く、タバコ会社が決して安くない広告宣伝費を使っている目的も疑問だ。日本ではタバコ会社の宣伝は規制されているが、いったい効果はあるのだろうか。

タバコ会社の長期戦略とは

 以前から『報道ステーション』など夜のニュース番組で、タバコ会社が流すCMをよく見かける。こうしたニュース番組では、タバコ規制について厳しい見解を述べることは少ない。もちろん、スポンサーに配慮してのことだろう。

 テレビCMはJT(日本たばこ産業)のものが多かったが、最近ではBAT(ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)が盛んに広告を打っている。JTにせよBATにせよ、CMでのキャッチフレーズは似通っていてタバコを社会に受け入れろという内容だ。

 タバコから立ちのぼり喫煙者が吐き出す煙によって子どもを含めたタバコを吸わない人に悪影響が及ぶという受動喫煙の健康被害が広く認識され、タバコ会社のマーケティング戦略は大きく転換した。喫煙者にマナーを呼びかけ、共存を訴えかけ、タバコがいかに周囲に害を与えないか、タバコを社会に受け入れてくれ、という一点にフォーカスしてきたのだ。

 この戦略から加熱式タバコのようなタイプの製品を開発し、使用者自身への健康被害と受動喫煙の害の低減をアピールし、あるタバコ会社は既存の紙巻きタバコからの将来的な撤退さえ示唆し始めている。

 だが、こうしたタバコ会社の戦略は意図的に議論を混乱させ、タバコ産業の延命を図ろうとするものに過ぎない。先進諸国では健康志向が自然な潮流となり紙巻きタバコの消費量は激減しつつあるが、途上国を含む多くの国では依然として喫煙者は増え続けている。

 タバコ会社としては、先進諸国では加熱式タバコのような製品を売って紙巻きタバコ消費減少による損失を最小限に抑え、その他の国で紙巻きタバコを売り続け、両者を混在させていこうと目論んでいると考えられる。だから、将来的に紙巻きタバコから撤退するというタバコ会社の主張には何の根拠もない。

財務省と団体の広告規準

 日本におけるタバコ会社の広告宣伝は、一種の自主規制の範囲にとどまり、政府や行政がコントロールしているわけではない。日本では、JT、PMJ(フィリップモリスジャパン)、BATジャパンの3社が正会員になっている一般社団法人日本たばこ協会があり、この団体が2004年に出された財務省告示「製造たばこに係る広告を行う際の指針」(2018/10/19アクセス)に沿って「広告・販売促進活動に関する自主規準の設定」(2018/10/19アクセス)を取り決めている。

 日本たばこ協会の自主規準には、広告、販促イベント、スポンサーシップなどの規制内容が書かれ、例えば新聞広告については製品ブランドファミリーごとに1紙につき1広告とし、ブランケット判(日本における一般的な新聞判型で406×545mm)で1/3ページ、タブロイド判(ブランケット判の半分のサイズ)で1ページを超えないことになっている。

 日刊新聞紙への広告掲載は、会員(3社)それぞれ1紙あたり年間12回まで、かつ月に3回までとし、一面や最終面、テレビ番組面、家庭面、児童面、スポーツ面には掲載しない。また、雑誌での製品広告は、ブランドファミリーごとに1誌につき1広告とし、連続2ページの大きさ(見開き)を超えないこととしている。

 テレビCMについては、成人だけを対象にすることが技術的に可能な場合以外、製品広告を行わないとする。不特定多数が視聴するテレビでは、成人指定映画館のように成人だけを対象にできないのでタバコ会社はテレビCMを打てないというわけだ。

 では、なぜこんなにも多くのCMが流れているのだろうか。JTのCMでは、不思議な文字「tomorrow」を手に持った男女が登場したり、和装の白人女性が日本の良さを紹介したりしているが、これは製品を打ち出しての広告ではなく、企業のイメージ広告という主張だ。一方、テレビ会社や雑誌広告協会の立場は、あくまで日本たばこ協会の自主規制に沿って広告出稿を受けるだけであり、少なくとも法的にメディア側に規制があるわけではない。

 日本も2004年3月に署名批准しているWHO(世界保健機関)の総会で採択された「たばこ規制枠組条約(たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約、WHO Framework Convention on Tobacco Control、以下、FCTC、※1)では、締約各国に対して自国メディアにタバコ会社の広告宣伝を掲載しないよう求め、同時に紛らわしく曖昧で消費者に間違った認識を与える危険性のあるタバコの広告宣伝販促活動にも規制がかけられている。前述した財務省告示も、このFCTCの内容に準拠して出されたものだ。

 タバコ会社のテレビCMや雑誌広告を放送し掲載しているメディアに問い合わせたところ、個別の製品広告ではないので放送している(テレビ朝日)、社外に非公開の社内の広告掲載基準があり、各業界の定める自主規準について遵守尊重するようにしている(日経BP社)とのことだった。

店頭販促とSNSを駆使

 タバコの広告規制はFCTC締約国に広く及んでいるため、タバコ会社は街頭での拡販やSNSなどのインターネット・メディアを活用しようとしてきた。カナダはタバコ規制の厳しい国だが、PMI(フィリップモリスインターナショナル)はアイコス(IQOS)の店頭での販促を強化し、それは社会に少しずつ浸透し始めて効果を上げているようだ(※2)。

 日本においてネット上の検索キーワードを分析した研究(※3)によれば、アイコスはテレビのバラエティ番組『アメトーーク!』でお笑い芸人が紹介した途端、急激に検索件数が伸びた。その後、アイコスについての認識は、SNSなどの口コミで喫煙者の間へ広がっていったと考えられている。

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Googleのキーワード検索を調べたところ、アイコスが日本で先行販売された2014年9月から徐々に検索件数が伸びていくが、急増したのはテレビのバラエティ番組で紹介されたときだ。その後、検索件数は減らず、他の加熱式タバコとは大きく差が開いたままになっている。Via:Takahiro Tabuchi, et al., "Heat-not-burn tobacco product use in Japan: its prevalence, predictors and perceived symptoms from exposure to secondhand heat-not-burn tobacco aerosol." Tobacco Control, 2017

 欧米では加熱式タバコの代わりに、ニコチンが添加された電子タバコ(E-Cigarette)が若い世代を中心に広がっている。行政や公衆衛生当局がこれを問題にしつつあるが、SNSで情報がやり取りされ、ポジティブなイメージが醸成されているようだ(※4)。

 こうした状況変化が進めば、どういうことが起きるのだろうか。

 広告代理店の側からみれば、タバコ会社の広告についてタバコという製品の性格もありまた広告規制もあるため、二の足を踏むような傾向があった。だが、加熱式タバコや電子タバコのように、健康への害の低減をうたった製品が出てきて、それが社会に認知されていけば、広告展開も可能になる。

 また、タバコ会社のスティグマ(悪のレッテル)が払拭されてイメージが改善すれば、投資家や投資ファンドも抵抗感も薄れるはずだ。健康への害の低減がキャッチフレーズなだけに、もし仮に加熱式タバコや電子タバコが原因で病気になった場合、タバコ会社の持つ訴訟リスクは残るが、そうした事態が起きるまでにはかなり長い時間がかかるだろう。

 加熱式タバコなどのハームリダクション(害の低減、まだマシな害)効果のイメージが一般的になれば、広告宣伝や販促などの規制も緩み、ひょっとするとタバコ課税も低減されるかもしれない。タバコ産業はこうしたことを虎視眈々と目論んでいるのに違いない。

※1:外務省「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(2018/10/19アクセス)

※2:Annalise Mathers, et al., "Marketing IQOS in a dark market." Tobacco Control, doi:10.1136/tobaccocontrol-2017-054216, 2018

※3:Takahiro Tabuchi, et al., "Heat-not-burn tobacco product use in Japan: its prevalence, predictors and perceived symptoms from exposure to secondhand heat-not-burn tobacco aerosol." Tobacco Control, Vol.27, Issue e1, 2017

※4-1:Lourdes S. Martinez, et al., ""Okay, We Get It. You Vape": An Analysis of Geocoded Content, Context, and Sentiment regarding E-Cigarettes on Twitter." Journal of Health Communication, doi.org/10.1080/10810730.2018.1493057, 2018

※4-2:E Wadsworth, et al., "Reported exposure to E-cigarette advertising and promotion in different regulatory environments: Findings from the International Tobacco Control Four Country (ITC-4C) Survey." Preventive Medicine, Vol.112, 130-137, 2018

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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