「飲酒」が少量でも「リスクあり」は本当か

(写真:アフロ)

 先日、影響力の大きい医学雑誌『LANCET』に飲酒リスクについての論文(※1)が出て話題になった。これまで少量の飲酒はむしろ健康にいいという説があったが、この論文ではアルコール飲酒は少量でもリスクがあると結論づけている。酒飲みには気になる話だが、これは本当だろうか。

健康にいい「J」カーブとは

 国民に対してアナウンスするアルコール摂取量、つまり飲酒の適切な量は、各国の公衆衛生当局の考え方でまちまちだ。

 厚生労働省は「健康日本21」の中で「節度ある適度な飲酒」とし、「通常のアルコール代謝能を有する日本人」で「1日平均、純アルコールで20g程度」としている。20gとはおよそ「ビール中瓶1本・日本酒1合・酎ハイ(アルコール分7%)350mL缶1本・ウィスキーダブル1杯」などに相当する(※1)。

 基準飲酒量は、英国8g、オーストラリア、ニュージーランド、オーストリアが10g、デンマーク12g、カナダ13.5g、米国14gとなっていて、それらに比べると日本の飲酒量はやや多い。

 こうした各国の基準量をみると飲酒は喫煙と違ってある程度なら許容されているようだが、背景にあるのは健康な人に限れば適度な飲酒は心不全の発症を防ぐのではないかという研究だ。虚血性心疾患や不整脈、高血圧などの心疾患が原因で心臓の機能低下が起きる心不全の患者は、日本でおよそ120万人と推定されている。

 1週間に数十g程度までの飲酒が心血管疾患のリスクを下げ、グラフ化すると「J」カーブを描くという研究は多い(※2)。これは適量のアルコールにアテローム性動脈硬化症や末梢動脈疾患などの予防効果があるからではないかと考えられている(※3)。

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米国の1万5000人以上の男女(45~64歳、女性55%)を対象に1週間の飲酒量と将来の心不全の発症リスクを評価した研究では、1週間に数単位(1単位は純アルコール14g)でリスクが下がる、いわゆる「J」カーブがみられる(男性は青線、女性は赤線)。飲酒量ゼロの人の心血管疾患のリスクは1。Via:Goncalves, et al., "Alcohol consumption and risk of heart failure: the Atherosclerosis Risk in Communities Study." European Heart Journal, 2015

 また、有名なフレンチ・パラドックスという説は、適度な飲酒が健康に好影響を与えるという根拠になっている。これは生活習慣や食生活があまり健康によくないフランス人に冠状動脈性心臓病(CHD)の患者が他のヨーロッパ各国と比べて少ないのは、ワイン消費量の多さが理由ではないかという内容の研究だ(※4)。

 前述した適度な飲酒量と心血管疾患のリスク低減の関係ではワイン限定ではないが、フレンチ・パラドックスを提唱した研究者はフランスのケースが中程度のアルコール消費量であるクレタ島や日本と相関していることを示唆している。ただ、フランスで消費量の多いバターやチーズなどに含まれる飽和脂肪酸は冠状動脈性心臓病のリスク要因ではないと考えられ(※5)、ワインが特にこのリスクを押し下げているわけではなさそうだ。

死亡率を上げる飲酒

 飲酒は、怪我をしたり暴力沙汰を起こすなどのリスクがあり、病気以外の死亡率を高める。

 ウォッカ好きのためか旧ソ連(ロシア)の飲酒量は多く、労働生産性を下げる要因になっていたが、1985年のゴルバチョフ政権時に政府がアルコール類の販売規制を行って節酒を呼びかけた。1984年に比べ1987年には1人当たりの年間アルコール消費量が約3.5L減ったが、旧ソ連崩壊で節酒キャンペーンがなくなるとほぼ元に戻ったという(※6)。

 アルコール類販売規制が行われている期間中、酒の値段が上がり、酒好きのロシア人は密造したりオーデコロンや接着剤まで飲んで事故を起こすなどした。その後に行われた調査によれば、節酒キャンペーン中にロシア人男性の死亡率が下がっていたというが(※7)、死亡率は経済状況とも関係しているようだ。

 そもそも酒はアルコールであり、エタノール(Ethanol)=エチルアルコール(Ethyl Alcohol)でもある。IARC(国際がん研究機関)によれば、アルコール飲料はベンゾ[a]ピレンやベンゼンなどと並び、明らかにヒトに対する発がん性を有するグループ1(Carcinogenic to Humans)で、肝臓がん、口腔咽喉がん、喉頭がん、食道がん、結腸がん、直腸がん、乳がんと関係している(※8)。

 酒類に含まれるアルコールを飲むと、主に肝臓で酸化されて分解され、無害化されて体外へ排出される。まず、これも毒性が強く発がん性が疑われているアセトアルデヒドに変えられ、その後、ほぼ無害な酢酸に酸化され、血液から筋肉や心臓へ送られ、最終的に炭酸ガスと水に分解されて体外へ出ていく。

 アルコールが遺伝子を傷つけることがわかってきたが、これはアルコールとアセトアルデヒドのせいだ。遺伝子を損傷するとともに修復機能を阻害し、悪性腫瘍ができるリスクを高めると考えられている(※9)。

 その一方、遺伝的にアルコール代謝の機能に違いがあり、日本人にはアルコール代謝は速いがアセトアルデヒドを酢酸に変える代謝の遅いタイプの遺伝子を持つ人がいることが知られている。

 アルコールを摂取することで、いわゆる善玉と呼ばれるHDLコレステロールが増え、悪玉とされるLDLコレステロールが減ることもあるが、こうした遺伝子のタイプでコレステロールの増減に影響があるようだ。これが適量の飲酒と心血管疾患のリスクの軽減の関係を示唆しているのかもしれない(※10)。

適量ですませられる人たち

 ということで、飲酒は少量でもリスクがあると結論づけた先日の『LANCET』の論文だが、これは世界各国の健康格差を明らかにすることを目的で研究されたもので1990~2016年に出た592研究(195カ国)対象に心筋梗塞や乳がんなど23種類の健康有害事象の発症するリスクを評価統合したメタ解析研究となっている。

 研究資金を提供したのはマイクロソフト社の創設者ビル・ゲイツとメリンダ夫人の財団(Bill & Melinda Gates Foundation)で、この財団は貧困問題や疾病対策、公衆衛生などの研究を支援していることで有名だ。世界各国の論文を評価比較することで、飲酒関連疾患と各国の経済状態、国際的な健康格差を明らかにしようとしたということになる。

 論文では、虚血性心疾患のみ1日8g(0.8杯)でリスク最小となるが、こうした予防効果は発がんなどの他のリスクで相殺され、最も信頼される飲酒量は1日ゼロg(0~8g:95%不確定性区間UI)で適度な飲酒でも有害とした。

 確かに男女別で病気ごとの飲酒量とリスクの関係グラフをみると、虚血性心疾患と糖尿病に前述した「J」カーブがみえる。一方、がん、結核にはそうした変化はなく直線的にリスクが上昇する。

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男女共に虚血性心疾患(Ischaemic Heart Disease)と糖尿病(Diabetes)に「J」カーブがみえるが、女性の乳がん(Breast Cancer)、男性の口唇・口腔がん(Lip and Oral Cavity Cancer)、男女の結核(Tuberculosis)は飲酒量が増えるとリスクが右肩上がりになっていることがわかる。また、飲酒量により男性のほうが女性より3倍リスクが高く、高所得国と低所得国で各飲酒関連疾患の割合が大きくことなっていた。Via:GBD 2016 Alcohol Collaborators, “Alcohol use and burden for 195 countries and territories, 1990-2016: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2016.” THE LANCET, 2018:引用して筆者が日本語に翻訳

 つまり、適度な飲酒では心疾患や糖尿病に「J」カーブという閾値のようなものがあり、少ない飲酒量でリスクは高くならないが、がんや結核などでは容量依存的にリスクが上昇するということになる。

 ただ、多くの論文を評価比較したことで、それぞれの論文の参加者にバラツキがある可能性も考えられる。性別や年齢はもちろん、参加者の変数を同じように厳密に評価した研究を並べられたのかどうかということだが、例えば飲酒しない人の定義には、これまで全く酒を飲まなかった人もいれば、病気などで身体を壊して酒を飲まなくなった過去飲酒者もいるだろう。また、飲酒と関連疾患、アルコール分解能などは年齢によってもことなる。

 筆者などは飲み始めるとトコトンまで飲まないと気がすまないが、全く飲まなければ何日も飲まずにすますことができる。適量で飲むことをストップできるような酒飲みは、意志が強く健康志向も高いのだろう。適量の飲酒がむしろ健康にいいという「J」カーブには、こうした適量ですますことのできる健康的な層が隠れているのかもしれない。

※1:GBD 2016 Alcohol Collaborators, “Alcohol use and burden for 195 countries and territories, 1990-2016: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2016.” THE LANCET, Vol.392, Issue10152, 1015-1035, 2018

※2:厚生労働省:生活習慣病予防のための健康情報サイト「e-ヘルスネット:飲酒のガイドライン」(2018/10/06アクセス):男性よりアルコールの分解速度が遅い女性の飲酒量は男性の1/2~1/3程度が適当:ビールコップ1杯程度の飲酒で顔が赤くなったり吐き気、動悸、頭痛、眠気などのフラッシング反応が起きるタイプの人は飲酒を控えるべき:65歳以上の高齢者は飲酒量を少なくするべき:アルコール依存症の患者や非飲酒者に飲酒を勧めるべきではない

※3-1:James H. O'Keefe, et al., "Alcohol and Cardiovascular Health: The Razor-Sharp Double-Edged Sword." Journal of the American College of Cardiology, Vol.50, Issue11, 1009-1014, 2007

※3-2:Goncalves, et al., "Alcohol consumption and risk of heart failure: the Atherosclerosis Risk in Communities Study." European Heart Journal, Vol.36(15), 939-45, 2015

※4-1:Ulf Schminke, et al., "Association Between Alcohol Consumption and Subclinical Carotid Atherosclerosis. The Study of Health in Pomerania." Stroke, Vol.36, 1746-1752, 2005

※4-2:Romana Femia, et al., "Coronary Atherosclerosis and Alcohol Consumption: Angiographic and Mortality Data." Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology, Vol.26, 1607-1612, 2006

※5:Serge Renaud, et al., "Wine, alcohol, platelets, and the French paradox for coronary heart disease." THE LANCET, Vol.339, Issue8808, 1523-1526, 1992

※6-1:F B. Hu., et al., "Dietary fat intake and the risk of coronary heart disease in women." New England Journal of Medicine, Vol.337(21), 1491-1499, 1997

※6-2:A Ascherio., et al., "Dietary fat and risk of coronary heart disease in men: cohort follow up study in the United States." BMJ, Vol.313(7049), 84-90, 1996

※7:David A. Leon, et al., "Huge variation in Russian mortality rates 1984-94: artefact, alcohol, or what?." THE LANCET, Vol.350, 383-388, 1997

※8:David Zaridze, et al., "Alcohol and mortality in Russia: prospective observational study of 151000 adults." THE LANCET, Vol.383, Issue9927, 1465-1473, 2014

※9-1:Nina Roswall, et al., "Alcohol as a Risk Factor for Cancer: Existing Evidence in a Global Perspective." Journal of Preventive Medicine & Public Health, Vol.48(1), 1-9, 2015

※9-2:Jennie Connor, "Alcohol consumption as a cause of cancer." Addiction, Vol.112, Issue2, 222-228, 2017

※10:Juan I. Garaycoechea, et al., "Alcohol and endogenous aldehydes damage chromosomes and mutate stem cells." nature, Vol.553, 171-177, 2018

※11:T Sasakabe, et al., “Modification of the Associations of Alcohol Intake With Serum Low-Density Lipoprotein Cholesterol and Triglycerides by ALDH2 and ADH1B Polymorphisms in Japanese Men.” J Epidemiol, Vol.28(4), 185-193, 2018