Yahoo!ニュース

「泥」は「薬剤耐性菌」に有効か

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 子どもは泥遊びが大好きだが、雑菌の多い自然環境は衛生面で危険が多い。だが、東洋医学には一種の温熱効果を得るために泥を塗る方法もあり、最近では泥にむしろ耐性菌への抵抗効果があるのではないかという論文も出されている。

泥による治療とは

 沼や池、湿地帯などの泥には有害な雑菌が多く生息している。だが、野生動物は寄生虫除去のために泥浴びをし、人類も長くこうした環境で暮らしてきたことも確かで、最近では鉱物や地学などの環境や公衆衛生的な影響を対象にした医療地質学(Medical Geology)なる研究分野もあるようだ(※1)。

 温泉の泥を湿布に使ったり患部に塗ったりする治療法は古く、古代ギリシャやローマ帝国時代からあるといわれ、それは現在でもタラソセラピー(Thalassotherapy)や東洋医学の泥湿布、イタリアのファンゴ(Fango)セラピーのような方法として続いている(※2)。もちろん、こうした方法に使われる鉱泥や粘土は、十分に殺菌されて無害化されたものだ。

 だが、ある種の泥粘土にむしろ薬剤耐性菌を死滅させる効果があることがわかったという研究報告がオランダの薬学雑誌『International Journal of Antimicrobial Agents』オンライン版に出た(※3)。これは米国のメイヨークリニックとアリゾナ州立大学の研究グループによるもので、オレゴン州のクレーター湖(Crater Lake)周辺で発見された鉄含有粘土(Iron-bearing Clay)に強い抗菌作用があることがわかったという。

 もともと地質中の酸化鉄などのミネラル成分が微生物に影響を与え、逆に微生物も粘土鉱物の組成に影響を与えるという相互作用が知られてきた(※4)。抗菌性の泥の存在もまた知られ、フランスの泥は患部を広く壊死させるブルーリ潰瘍を引き起こすバクテリア(Mycobacterium ulceransなど)に強い抗菌性を持つことがわかっている(※5)。

薬剤耐性菌へ有効か

 今回の研究グループは、世界各地の鉱山会社などからフランスの泥に類似した性質を持つ泥を集め、鉄分や鉱物粒子のサイズなどを分析したという。その後、オレゴン州のオレゴン・ミネラル・テクノロジー(OMT)という会社の鉱床の粘土、OMTブルー・クレイ(Blue Clay)に可能性を見出し、他の泥と比較した。

 その結果、薬剤耐性を獲得した黄色ブドウ球菌(IDRL-6169)と院内感染型ではない市中獲得型として知られる黄色ブドウ球菌(USA300)以外のメチシリン耐性ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、大腸菌(Escherichia coli)、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(Carbapenem-resistant enterobacteriaceae、CRE)、薬剤耐性を持ったグラム陽性菌やグラム陰性菌などの増殖を抑えた。

 自然界における細胞の増殖の方法であるバイオフィルム、実験室レベルで増殖させる一般的なプランクトン接種による方法で比較したが、同研究グループは薬剤耐性を強めるバイオフィルムを作った細菌の試験でも増殖を抑えたことも証明したという。

 一方、今回の実験は限定的なものであり、こうした作用を持つことがわかっている泥粘土は少なく、多くの場合は逆に細菌増殖を助けると強調した。OMTブルー・クレイには、フランスの泥と同じように細菌に対する毒性があることが示唆されたが、今後のさらなる研究が必要なようだ。

※1:Olle Selinus, et al., ""Essentials of Medical Geology." Springer, Dordrecht, doi.org/10.1007/978-94-007-4375-5, 2013

※2:Celso Gomes, et al., "Peloids and pelotherapy: Historical evolution, classification and glossary." Applied Clay Science, Vol.75-76, 28-38, 2013

※3:Katherine M. Caflisch, et al., "Antibacterial Activity of Reduced Iron Clay Against Pathogenic Bacteria Associated With Wound Infections." International Journal of Antimicrobial Agents, doi.org/10.1016/j.ijantimicag.2018.07.018, 2018

※4-1:L Pentrakova, et al., "A review of microbial redox interactions with structural Fe in clay minerals." Clay Minerals, Vol.48, Issue3, 2013

※4-2:Guanfgei Liu, et al., "Microbial reduction of Fe(III)-bearing clay minerals in the presence of humic acids." Scinentific Reports, Doi: 10.1038/srep45354, 2017

※5:Lynda B. Williams, et al., "Chemical and Mineralogical Characteristics of French Green Clays Used for Healing." Clays and Clay Minerals, Vol.56(4), 437-452, 2008

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事