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居酒屋やコーヒーショップと「タバコの密接な関係」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 ある調査によれば、タバコを吸いたくなる場所は居酒屋やバー、コーヒーショップやカフェという回答が多かったそうだ。喫煙習慣が場所とヒモ付けられて「パブロフのイヌ」のようになってしまっているというわけだが、アルコールとカフェインはニコチンと密接な関係がある。

規制次第でタバコを吸いたくなる

 居酒屋やバーなどの酒を飲む場所やコーヒーショップなどに行くと、必ずタバコを吸いたくなる喫煙者も多い。ニコチンやカフェイン、アルコールといった依存性物質には相乗効果がある。これらの物質は、脳内の報酬回路で作用するメカニズムが共通だからだ(※1)。

 最近、国や都で定められた受動喫煙防止の施策では、飲食店の面積規定(100平方メートル)や従業員雇用の有無などが規制対象の線引きになった。酒を飲むとタバコを吸いたくなる喫煙客が多く、飲食店の業界関係者から喫煙客が減って経営に影響が出ると異論が出たためとしている。

 なぜ酒やコーヒーを飲むとタバコを吸いたくなるのだろう。飲酒と喫煙の習慣は社会的に恵まれない貧困層や求職者や単身者など疎外感を抱く層などに特徴的だ(※2)。ニコチン依存が薬物依存であると同時に心理的・習慣的な依存症であることも大きい。

 喫煙を生態学的な側面から1万84人の喫煙者と1万1155人のタバコを吸わない人(想定)を比べた研究によれば、喫煙はコーヒーや飲食の消費量と強い関連があるという(※3)。特に、場所などでタバコを規制されると、規制場所の有無で喫煙衝動が上昇することがわかったようだ。

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喫煙の衝動評価(Urge to Smoke)と喫煙の可能性(Probability of Smoking)との関係。 非喫煙を入れているため、喫煙の確率は約半分とみなされている。喫煙衝動と喫煙確率(1%で33%の上昇)に関係があるが、喫煙規制があればこうした関係はなくなるようだ。Via:Saul Shiffman, et al., "Immediate Antecedents of Cigarette Smoking: An Analysis From Ecological Momentary Assessment." Journal of Abnormal Psychology, 2002

 ニコチン摂取の習慣とアルコール摂取量の増加には相関関係があると考えられ(※4)、喫煙習慣が飲酒や喫茶といった行動に結びつく。そして、場所や雰囲気、一緒にいる仲間などとパターン認識し、タバコを吸いたくなってしまうというわけだ。

飲食店で吸いたくなる喫煙者

 最近、民間の調査会社が、3893人(成人男女、女性1517人)を対象に喫煙と禁煙についての意識調査を行った(※5)。この調査で興味深いのは、居酒屋やバー、コーヒーショップやカフェでタバコを吸いたいと回答した喫煙者が男女ともに多かったことだ。

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「具体的に、どの飲食店でタバコを吸いたいと思いますか」という質問への回答(複数)。男女差をみると女性はコーヒーショップやカフェ、ファミレス、ファストフードなどで吸いたくなるようだ。Via:株式会社プラネット:2018/08/13「喫煙・禁煙に関する意識調査

 この調査のタバコを吸わない人(元喫煙者を含む)の割合は、男性で73.5%、女性で88.5%となっているが、やはり男性の30〜60代の喫煙率は依然として20〜30%台とまだまだ高い。特に、50代男性の喫煙率は33.4%で3人に1人が喫煙者ということになる。

 調査会社の協力を得て男性の年代別データをいただき、喫煙率の高い30〜60代男性でタバコを吸いたい場所(具体的な場所)についてグラフにしてみた。すると、50代男性では自宅、飲食店、職場、ホテル、自家用車の順に吸いたい場所となり、具体的には酒の飲める居酒屋やバーでタバコを吸いたくなるようだ。

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上は「タバコを吸いたいと思う場所(一般的に禁煙の場所を含む)はどこですか」という質問に対する30〜60代男性の回答、下は「具体的に、どの飲食店でタバコを吸いたいと思いますか」という質問に対する30〜60代男性の回答。飛行機の中でも吸いたくなるという困った喫煙者もまだ多いようだ。Via:株式会社プラネット:2018/08/13「喫煙・禁煙に関する意識調査」からのデータで筆者がグラフ作成

 この調査では、禁煙しようと思わない理由についても質問している。全体として「自分にとってのリラックスタイムだから」や「自分の生活スタイルだから」「タバコを吸うと気分転換になるから」「吸わないとストレスが溜まるから」という回答が多かった。

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女性のほうがタバコをやめない理由が男性よりはっきりしているようだ。男性のほうが惰性で吸っているのだろうか。Via:株式会社プラネット:2018/08/13「喫煙・禁煙に関する意識調査

 禁煙しようと思わない理由についても調査会社から男性データをいただき、30〜60代男性で比べてみた。30代男性で「自分の生活のスタイルだから」や「喫煙所でのコミュニケーションが大切だから」「やめると体重が増えるから」という回答が突出し、女性同様に禁煙しない理由がはっきりしている。

 逆に、30代以外の男性では、気分転換やストレス軽減といった理由がやや多い。この年代ごとの差は、社会経済的な立ち位置や環境などの違いに影響されているのかもしれない。

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男性の場合、禁煙しない理由は年代ごとに分かれるようだ。特に30代男性は理由がはっきりしている。年代が上がるほどに惰性でタバコを続けているのかもしれない。Via:株式会社プラネット:2018/08/13「喫煙・禁煙に関する意識調査」からのデータで筆者がグラフ作成

なぜ酒やコーヒーがタバコと結びつくのか

 こうした結果をみると、働き盛りの責任世代の男性喫煙率はまだまだ高いが、いろいろ理由を付けてタバコをやめられない状態になっているようだ。タバコが健康に悪いと知っているかどうかはわからないが、そうした情報は多く耳に入っていると思われる。

 どうも喫煙者は飲食店でタバコを吸いたくなるようだが、タバコと酒は病気にかかるリスクを相乗的に上げる関係にある。また、喫煙開始年齢が早いほど、飲酒量が増えるようだ(※6)。

 念のために書き添えれば、タバコを吸うことで肺がんのリスクが上がることは周知されているが、口腔・咽頭がん、食道がん、胃がん、膵がんなどその他のがんのリスクも上がる。また、心血管疾患、動脈硬化、糖尿病、歯周病などの病気にかかりやすくなり、寝たきりになる危険性が高くなり、家族や社会にも大きな影響が出る(※7)。

 喫煙や飲酒と咽頭がんの関係について1984〜1985年に米国で行われた症例対照研究(病気にかかったある集団を対象にその原因を観察調査する研究、※8)によれば、喫煙量(2箱以上/1日)と飲酒量(血中アルコール濃度0.08g/dL以上、適正量の2倍以上)が多い人はタバコを吸わない人や飲酒量が適正な人に比べ、咽頭がんのリスクが35倍以上になる可能性がある。

 この研究では、禁煙すればリスクが急激に低下することもわかっている。10年以上の禁煙でほぼタバコを吸わない人と同じ程度にまで低くなるようだ。

 コーヒーに含まれるカフェインも依存性物質だが、タバコのニコチンと同じ脳内のドーパミン報酬系に作用し、相互に影響を与える関係にあるようだ(※9)。つまり、コーヒーショップやカフェに入ってタバコを吸いたくなるのは、カフェインとニコチンの薬理的な作用といえる。

 今回紹介した調査では、タバコを吸うのが自分のライフスタイルであり、リラックスしたり気分転換できるからという回答が多かった。最近の研究によれば、喫煙者は禁煙できないことを不満に感じ、タバコを吸わない人や禁煙に成功した人との間に不公平感を抱くようだ(※10)。

 また、禁煙に失敗して再びタバコを吸い始めてしまった喫煙者を調べた研究によれば、禁煙中の喫煙者はアイデンティティを喪失しているような気分になり、それぞれの「タバコ物語」へ戻りたくなって再喫煙してしまうらしい(※11)。

 ようするに、タバコという幻想にすがりついているだけなのだが、現代人は疎外感や孤独、ストレスなどの恐怖にさいなまれている。そこから逃れるため、自らのアイデンティティを証明する手段としてタバコを求めてしまうのだろう。

 タバコ(Nicotine)は、大麻(Cannabis)やLSDより依存性や身体的な有害性が強く、依存性はコカイン(Cocaine)よりやや下程度だ。喫煙を繰り返すことで嗜癖(Addiction)という精神的心理的な行動習慣を繰り返す障害にもなる(※12)。

 酒やコーヒーと結びつくのも、こうした習慣の作用だろう。タバコは百害あって一利なしであり、ストレス軽減など幻想だ。加熱式タバコも同じだが、できるだけ早くタバコと縁を切ることをお勧めする。

※1:Roy A. Wise, "Neurobiology of addiction." Current Opinion in Neurobiology, Vol.6, Issue2, 243-251, 1996

※2:Niamh K. Shortt, et al., "A cross-sectional analysis of the relationship between tobacco and alcohol outlet density and neighbourhood deprivation." BMC Public Health, Vol.15: 1014, 2015

※3:Saul Shiffman, et al., "Immediate Antecedents of Cigarette Smoking: An Analysis From Ecological Momentary Assessment." Journal of Abnormal Psychology, Vol.111, No.4, 531-545, 2002

※4:Dor Zipori, et al., "Re-exposure to nicotine-associated context from adolescence enhances alcohol intake in adulthood." Scientific Reports, DOI:10.1038/s41598-017-02177-2, 2017

※5:意識調査『Fromプラネット』株式会社プラネット:2018/08/13「喫煙・禁煙に関する意識調査」調査機関:インターワイヤード株式会社「DIMSDRIVE」実施のアンケート:期間2018/06/20〜7/10(2018/08/16アクセス)

※6:Dor Zipori, et al., "Re-exposure to nicotine-associated context from adolescence enhances alcohol intake in adulthood." Scientific Reports, Doi:10.1038/s41598-017-02177-2, 2017

※7-1:Kiyoko Yagyu, et al., "Cigarette smoking, alcohol drinking and the risk of gallbladder cancer death:a prospective cohort study in Japan." International Journal of Cancer, Vol.122, Issue4, 924-929, 2008

※7-2:Avril Zixin Soh, et al., "Alcohol drinking and cigarette smoking in relation to risk of active tuberculosis: prospective cohort study." BMJ, doi:10.1136/bmjresp-2017-000247, 2017

※7-3:Murray Korc, et al., "Tobacco and alcohol as risk factors for pancreatic cancer." Best Practice & Research Clinical Gastroenterology, doi.org/10.1016/j.bpg.2017.09.001, 2017

※7-4:Takeshi Makiuchi, et al., "Smoking, alcohol consumption, and risks for biliary tract cancer and intrahepatic bile duct cancer." Journal of Epidemiology, doi.org/10.2188/jea.JE20180011, 2018

※8:William J. Blot, et al., "Smoking and Drinking in Relation to Oral and Pharyngeal Cancer." Cancer Research, Vol.48, Issue11, 1988

※9-1:John, A. Swanson, et al., "CAFFEINE AND NICOTINE: A REVIEW OF THEIR JOINT USE AND POSSIBLE INTERACTIVE EFFECTS IN TOBACCO WITHDRAWAL." Addictive Behaviors, Vol.19, No.3, 229-256, 1994

※9-2:Gianlugi Tanda, et al., "Alteration of the Behavioral Effects of Nicotine by Chronic Caffeine Exposure." Pharmacology Biochemistry and Behavior, Vol.66, No.1, 47-64, 2000

※9-3:Sergi Ferre, "An update on the mechanisms of the psychostimulant effects of caffeine." Journal of Neurochemistry, Vol.105, 1067-1079, 2008

※10:Terry Frank Pechacek, et al., "Reassessing the importance of ‘lost pleasure’ associated with smoking cessation: implications for social welfare and policy." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2017-053734, 2018

※11:Caitlin Notley, et al., "Redefining smoking relapse as recovered social identity- secondary qualitative analysis of relapse narratives." Journal of Substance Use, Doi: 10.1080/14659891.2018.1489009, 2018

※12:David Nutt, et al., "Development of a rational scale to assess the harm of drugs of potential misuse." The LANCET, Vol.369, No.9566, 1047-1053, 2007

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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