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ボクサーパンツと禁煙で「精子の質」を保てるか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 男性不妊症の原因として最も多いのが精子の質の低下、精子の形成障害だ。精子の質は加齢によってどうしても低下するが、生活習慣や生活環境などを改めれば、その進行を遅らせることができる。その一つが、はくパンツのタイプという論文が出た。

精子の質が低下する原因

 不妊症の原因のほぼ半分は男性側にある。男性の精子は35歳頃から質の低下が起き始め、精子の数が減ったり活発さがなくなったりする。

 EDなどの性的な機能障害も不妊症の大きな原因だが、そのほかに精子の通り道を静脈瘤がふさぐ障害や後天的な無精子症といった病気が原因で精子の質の低下が起きる場合もある。

 予防可能な要因の場合、喫煙や飲酒,肥満などの生活習慣、睾丸を温めるような環境なども重要な影響を与える(※1)。

 タバコが精子の質にどう影響するのかは長く議論が続いてきたが、2007年(総参加数2542人)と2016年(同5865人)に出た複数の論文を比較評価するシステマティック・レビューなどにより、やはり喫煙者の精子のほうがタバコを吸わない男性よりも質が低いということになっている(※2)。

 タバコに含まれるニコチンとその代謝物であるコチニン、一酸化炭素、カドミウムなどの重金属類、タールに含まれるベンゾピレン、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、ベンゼンなどの発がん性や有毒な物質により、卵子や精子などの生殖細胞の遺伝子が損傷を受けることは以前から知られていた(※3)。

 遺伝子損傷の修復が追いつかず、また精子の場合は修復能力が低下するなどし、染色体異常を引き起こす。いうまでもないが、ニコチンは加熱式タバコにもたっぷり入っている。

 タバコと同様、精子の質を悪くするものとして長く議論が続いているのが携帯電話の電磁波だ。2014年(層参加者数3947人とラット186匹)と2016年(27論文)に出た複数の論文を比較評価するシステマティック・レビュー(※4)によれば、長く電磁波を浴び続けることで活性酸素の影響により精子の質が悪くなる傾向があるのだという。

 ただ、携帯端末や精子の質に限らず、電磁波の健康影響に対する評価については依然として議論が続いている。

パンツはボクサー型がいい

 最近、男性のパンツのタイプによって精子の質に違いが出るという論文が出されて話題だ。これは米国のハーバード・T・H・チャン公衆衛生大学院などの研究グループによるもので、英国のオックスフォード大学出版局の医学雑誌『Human Reproduction』に出された(※5)。

 男性のパンツには大きく分けて、ボクサー型(トランクス型、ゆったり)、ジョッキー型(乗馬用下着、ブリーフよりややゆったりか同じもの)、ブリーフ型(太ももにフィット)、ビキニ型(ブリーフより布地が少なくピッタリ)がある。形でいえば、ボクサーは四角く、ジョッキー・ブリーフ・ビキニは三角形だ。

 前述したように、男性の睾丸を温めると精子の質が低下することはわかっていた。こうした下着の種類によって通気性や保温性などが異なり、影響に違いが出るのではないかという疑問が出るのは当然で、これまでにも多くの研究がなされている(※6)。

 この論文の研究者は、さらに精子機能の生殖ホルモンの評価を下着のタイプから関連づけようと試みたという。そのため、不妊治療センターの男性患者に協力を仰ぎ、精子を提供してもらって普段着のパンツのタイプを調査し、精子の遺伝子損傷の度合いをパラメーターとして比較した。

 参加者は656人(32〜36歳)で、過去3ヶ月にどんなパンツ(ボクサー型、ジョッキー型、ブリーフ型、ビキニ型の4タイプ)をはいたか質問された。精子の提供サンプルの分析、パンツ・アンケートの回答を年齢やBMI、喫煙の有無、性交渉やオナニーの頻度といった変数で調整した。

 その結果、53%が普段はボクサー型をはいていると回答し、この群はほかのタイプのパンツ群に比べ、精子の濃度が25%高く、精子の数も17%多く、精子の運動能力も高く、ボクサー型と最も大きく違う結果が出たのはブリーフ型の群ということがわかったという。

 参加者の304人から血液サンプルを採取して調べたところ、卵胞刺激ホルモン(Follicle stimulating hormone、FSH)のレベルがボクサー型の群はそうでない群より14%低かったこともわかった。

 FSHは精子を作ることに関係したホルモンで、精子の受精能力に影響を与えるといわれている。これについて研究者は、ピッタリしたパンツをはいたことで精子の数が少なくなっていることを脳が感知し、FSHのレベルを上げてバランスをとろうとしているのではないかという。

 とはいえ、生殖能力は加齢とともに減退する。子どもが欲しい若い男性の場合、もし喫煙者なら禁煙し、ピッタリ締め付けタイプのパンツを避けたほうがいいだろう。だが、男性の生涯未婚率が23%(女性14%、※7)という現状をみる限り、もっとほかに解決すべき問題がありそうな気もする。

※1-1:Gulfam Ahmad, et al., "Mild induced testicular and epididymal hyperthermia alters sperm chromatin integrity in men." Fertility and Sterility, Vol.97, Issue3, 546-553, 2012

※1-2:Joanna Jurewicz, et al., "Lifestyle and semen quality: role of modifiable risk factors." Systems Biology in Reproductive Medicine, Vol.60, Issue1, 2014

※2-1:C H. Ramlau-Hansen, et al., "Is smoking a risk factor for decreased semen quality? A cross-sectional analysis." Human Reproduction, Vol.22, Issue1, 188-196, 2007

※2-2:Reecha Sharma, et al., "Cigarette Smoking and Semen Quality: A New Meta-analysis Examining the Effect of the 2010 World Health Organization Laboratory Methods for the Examination of Human Semen." European Urology, Vol.70, 635-645, 2016

※3:Maria Teresa Zenzes, "Smoking and reproduction: gene damage to human gametes and embryos." Human Reproduction Update, Vol.6, Issue2, 122-131, 2000

※4-1:K Liu, et al., "Association between mobile phone use and semen quality: a systemic review and meta‐analysis." Andrology, Vol.2, Issue4, 491-501, 2014

※4-2:Brendan Houston, et al., "The effects of radiofrequency electromagnetic radiation on sperm function." Reproduction, doi: 10.1530/REP-16-0126, 2016

※5:Lidia Minguez-Alarcon, et al., "Type of underwear worn and markers of testicular function among men attending a fertility center." Human Reproduction, doi.org/10.1093/humrep/dey259, 2018

※6:Parazzini et al., 1995、Munkelwitz and Gilbert, 1998、Jung et al., 2001、Povey et al., 2012、Jurewicz et al., 2014、Pacey et al., 2014、Sapra et al., 2016

※7:2015年の国勢調査

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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