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温泉「入浴」効果〜別府と道後から出た2論文

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 温かい湯に身体を浸したり温泉へ入ったりすることの効果は、古今東西、人間だけでなく野生動物にも広く知られてきた。化学治療の一つとしての温熱療法も期待されつつあるが、最近、日本の研究で入浴や温泉の効果を調べた研究が出されている。

温泉地から出た二つの論文

 温泉に含まれる成分や温熱作用、環境が変わることでの気分転換、健康の回復や増進、病気の症状や苦痛の軽減など、その効果は多い。温かい湯に身体を浸すこと自体の影響もよく知られ、全身温熱療法はうつ病(抑うつ状態だけが起こるタイプの大うつ病性障害、Major Depressive Disorder)の改善に効果がある(※1)。

 さらに最近では、化学療法の一種として温熱療法が加えられ、がんなどの腫瘍治療に併用されることも増えてきた(※2)。ドラッグデリバリーの手法で金属粒子を腫瘍部へ入れ、磁界をかけることで金属粒子を加熱するような治療法もあり(※3)、温熱療法はまさにホットな研究領域になっている。

 身体を冷やさず温めることは、温血動物の生存にとって重要なファクターだ。火山国の日本は自然の温浴である温泉に恵まれ、全国いたるところで湯がわき出ている。あちこちに銭湯があるように、日本人の日常的な入浴習慣は長く温泉に触れてきた影響といってもいいだろう。

 今年(2018年)に入って、温泉や入浴の効果に関する日本発の研究論文が出た。

 その一つは、世界有数の温泉地として有名な大分県別府市にある九州大学病院別府病院などの研究グループによるもので、日本の高齢者への温泉効果について英国の科学雑誌『nature』の「Scientific Reports」オンライン版に発表された(※4)。

 これは65歳以上の別府市民、1万1146人(女性6352人)から回答を得たアンケート調査で、温泉入浴の頻度、入浴時間、入っている温泉の泉質と、がん(部位別)、虚血性心疾患、不整脈、高血圧、脳卒中、痛風、喘息、糖尿病、高脂血症、腎臓病、うつ病、慢性肝炎、膠原病、アレルギーといった病気との関係を調べた。

 その結果、高齢者にとって日常的に温泉に入ることは、女性では高血圧や膠原病の予防や改善に、男性では心血管疾患の予防や大腸がんの予後にそれぞれ好影響があることがわかったという。

 ただ、温泉の効果を得るためには、健康状態や病気によって泉質の選び方や入り方を考える必要があるようだ。温泉の所管は環境省だが、同省は日本の温泉の泉質を11種にリスト分けしている(※5)。別府には11種のうち9種類があるというが、この研究グループは健康状態や病気の種類によって適切な温泉入浴法を考える必要があると指摘している。

 また、中高年の日本人の入浴習慣と動脈硬化や心血管疾患の関係を調べた研究も最近「Scientific Reports」オンライン版に発表された(※6)。愛媛大学などの研究グループによるもので、愛媛県には日本最古と称される道後温泉があり、二つの日本発の研究がどちらも日本有数の温泉地から出ているのは興味深い。

 この研究グループは、温泉入浴を心血管疾患の予防や死亡率の低減に効果があるとされるサウナ入浴に代わる方法と位置づけ、愛媛大学が中心となって1999年から愛媛県今治市(旧・関前村)で進めている地域住民や職域集団を対象にしたコホート研究(J-SHIPP研究、The Shimanami Health Promoting Program、しまなみ健康推進プログラム)の参加者で、まず入浴の頻度、入浴時間、湯温についてのアンケートへの回答者873人を対象にした。

 この873人に対しては、頸動脈の内膜中膜厚(Intima Media Thickness、IMT)と上腕─足首間脈波伝播速度(baPWV)を計測し、心臓付近の大動脈血圧である中心脈圧を手首にある橈骨の圧波形から推定したという。IMTとbaPWV、中心脈圧は動脈硬化の指標となる。また、心機能はBNP(B型ナトリウム利尿ペプチド)検査の測定値により推定した。

入浴と温浴の効果

 さらに、この873人の中から経時的にデータ(平均4.8年間)を得られた166人を調べたところ、入浴頻度は平均5.8回/週(0〜24回)、平均入浴時間は12.4分(0〜120分)だった。このデータをもとに2群(週4回以下A群、5回以上B群、A群42人、B群124人、女性A群25人、B群65人、平均年齢A群67.9歳、B群66.4歳)について、変数を調整した後に入浴の回数で3群(4回以下、5〜6回、7回以上)に分け、温泉入浴と心血管疾患の関係を調べた。

 その結果、入浴頻度が週に4回以下の群と比べ、5回以上の群でbaPWVと中心脈圧、BNP値が有意に低く、入浴頻度が多いほど中心脈圧とBNP値は低くなり、加齢によるBNP値の上昇が抑えられることがわかった。また、熱めの湯温はbaPWV低値と関連し、加齢によるIMTとbaPWVの増加が抑制される傾向があったという。

 中高年の入浴は頻度と心血管疾患や動脈硬化のリスクに関係があるというわけだが、温泉や温浴では、病弱なときや発熱時に入ることで体力を消耗することがある。水圧による負担が影響する心血管疾患や呼吸器系の病気がある場合も医師の指導のもとで温泉に入ったり入浴すべきだ。

 温泉の場合、泉質によっては皮膚に炎症を引き起こしたり、皮膚炎を悪化させることもある。飲酒後や過度な運動直後の入浴は危険で、入浴の前後で水分を十分に摂るほうがいい。また、温泉や鉱泉などを飲むこともあるが、水質によって身体に影響が出ることがあるので注意したい。

※1:Clemens W. Janssen, et al., "Whole-Body Hyperthermia for the Treatment of Major Depressive Disorder─A Randomized Clinical Trial." JAMA, Vol.73(8), 789-795, 2016

※2:Rolf D. Issels, "Hyperthermia adds to chemotherapy." European Journal of Cancer, Vol.44, Issue17, 2546-2554, 2008

※3-1:Aziliz Hervault, et al., "Magnetic nanoparticle-based therapeutic agents for thermo-chemotherapy treatment of cancer." Nanoscale, Vol.6, 11553-11573, 2014

※3-2:Christopher A. Quinto, et al., "Multifunctional superparamagnetic iron oxide nanoparticles for combined chemotherapy and hyperthermia cancer treatment." Nanoscale, Vol.7, 12728-12736, 2015

※4:Toyoki Maeda, et al., "Preventive and promotive effects of habitual hot spa-bathing on the elderly in Japan." Scientific Reports, 8, Article number133, 2018

※5:環境省「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」2014年(PDF、2018/07/31アクセス)

※6:Katsuhiko Kohara, et al., "Habitual hot water bathing protects cardiovascular function in middle-aged to elderly Japanese subjects." Scientific Reports, 8, Article number8687, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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