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ネイマールは本当に「痛い」のか

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 ブラジルのサッカー代表選手、ネイマール(Neymar)が話題だが、本来の彼のプレーについてではない。ファウルを受けた際、大げさに痛がって転がる様子を揶揄されてのことだ。彼は本当に痛いのだろうか。

痛みには個人差がある

 ネイマールが痛そうにピッチ上を転がる行為は、ネット上などで取り上げられ、大分にある水族館のセイウチの転がり方まで同様に話題になるほどだ。皮肉っぽく「ネイマール・チャレンジ」などと称され、ネイマール自身もファンの子どもと一緒に転げ回る様子をインスタグラムに投稿している。

 自虐的にネイマール・チャレンジをSNSへ投稿しても依然として終わりをみせない批判や揶揄に、ネイマールはファウルを受けると本当に痛いと反論した。もちろん、その痛みは主観的なもので、彼しか理解できないかもしれない。

 痛みと熱さ、辛さは同じシステムで感受している。激辛料理を食べたとき、熱くないのに熱く感じたり、痛みに似た感じを受けることがよくある。我々人類を含む生物は、外敵に襲われたりアクシデントに遭遇したりして身体と生命に危機を感じる際、自己防衛のために痛みや熱さを感じ、外敵や危険を避けるようになっているからだ。

 痛みや熱さ、辛さの感覚の実態は身体が受け取った刺激による電気信号であり、そのシグナルが脳へ伝えられて痛みや熱さ、辛さを感じる。刺激を感じるのは脳ということになり、痛みや熱さ、辛さの感覚には脳の差、個人差があることが知られている(※1)。

 生理や出産のある女性のほうが男性より痛みに強いなどとよくいわれる。痛み感受性の性差についての研究は多いが、実験でサンプル数をそう多くできない事情もあってか、痛みの性差についての結論は出ていないようだ(※2)。

 痛みについては、人種的な違いを研究した論文も多い。痛みや熱さ、辛さを脳で感じているのなら、遺伝的な違いや自然環境、社会的文化的な背景がこうした感覚に影響していないとは言い切れない。

ヒスパニック系のほうが痛みに弱い

 472論文を比較検討したシステマティック・レビュー(※3)によれば、各民族や人種によって痛みや熱さに関する感受性に違いがあることがわかったという。痛みの尺度(閾値)が論文によってまちまちなので一概にいえないが、オキシトシンというホルモンの違いや遺伝的な差異などによるようだ。

 このシステマティック・レビューでも比較された日本人と白人を比べた研究(※4)によれば、日本人のほうが痛みの感じ方が低く、痛みへの抑制も強かったという。日本人のほうが痛みに強いといえるが、逆にいえば日本人のほうが鈍感ということになる。

 ネイマールを含むブラジル人は混血が進み、完全にヒスパニック系とはいえないが、非ヒスパニック系白人とヒスパニック系の人、アフリカ系アメリカ人の痛みの感覚を比べた研究(※5)によれば、ヒスパニック系の人とアフリカ系アメリカ人は痛みに関して非ヒスパニック系より強い感受性がある、つまり痛みに弱いようだ。

 脳波を使った実験でも痛みには個人的な違いがあることがわかっているが(※6)、痛みや熱さ、辛さに対する感覚は、その個人が育ってきた環境や教育、経験、人種、年齢、遺伝などにより複雑だ(※7)。

 だが、リウマチ治療などでは、患者の痛みを知ることが医療側の重要な情報となる。ネイマールの痛みは彼以外、誰にもわからないが、痛みに関する研究が進めば客観的に評価できるようになるかもしれない。

 ファウルを受け、ペナルティを得ることができれば、得点につながる可能性は高い。そうした心理的な期待が、彼が感じる痛みにどう影響を与えているかは彼しかわからないだろう。

※1-1:W P. Chapman, et al., "Variations in Cutaneous and Visceral Pain Sensitivity in Normal Subjects." The Journal of Clinical Investigation, Vol.23(1), 81-91, 1944

※1-2:R C. Coghill, et al., "Neural correlates of interindividual differences in the subjective experience of pain." PNAS, Vol.100(14), 8538-8542, 2003

※2-1:Melanie Racine, et al., "A systematic literature review of 10 years of research on sex/gender and experimental pain perception- Part 1: Are there really differences between women and men?." PAIN, Vol.153, 602-618, 2012

※2-2:Jeffery S. Mogil, "Sex-based divergence of mechanisms underlying pain and pain inhibition." Current Opinion in Behavioral Scinences, Vol.23, 113-117, 2018

※3:Bridgett Rahim-Williams, et al., "A Quantitative Review of Ethnic Group Differences in Experimental Pain Response: Do Biology, Psychology, and Culture Matter?" Pain Medicine, Vol.13, 522-540, 2012

※4:Osamu Komiyama, et al., "Ethnic differences regarding sensory, pain, and reflex responses in the trigeminal region." Clinical Neurophysiology, Vol.120, Issue2, 384-389, 2009

※5:Bridgett Rahim-Williams, et al., "Ethnic Identity Predicts Experimental Pain Sensitivity In African Americans and Hispanics." PAIN, Vol.129(1-2_, 177-184, 2007

※6:Enrico Schulz, et al., "Decoding an Individual’s Sensitivity to Pain from the Multivariate Analysis of EEG Data." Cerebral Cortex, Vol.22, Issue5, 1118-1123, 2012

※7:Roger B. Fillingim, "Individual differences in pain: understanding the mosaic that makes pain personal." PAIN, VOl.158(1), S11-S18, 2017

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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