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中国海軍の「レールガン」は軍事バランスを変えるか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
Photo:U.S. Department of defence:Navy

 軍用兵器の研究開発は日進月歩だが、中国がレールガン(Railgun)の実用化に成功したというニュースが出た。それは果たして張り子の虎か、それとも東アジアの軍事バランスを劇的に変える新兵器か。

中国揚陸艦に搭載された野太い砲身

 2018年1月末、Twitter上に不思議な形をした砲塔の写真が載った。写真をみると、中国海軍の玉亭型(ユティン型、Yuting class landing ships)大型揚陸艦の艦首上に大口径砲身を持つ砲塔が搭載されている様子がわかる。

 ほかの写真をみると、砲塔の後部に四角い構造物がある。これが発電ユニットとすれば、もしかすると大口径砲身はレールガンの射出装置ではないかと推測されたが、その後、この揚陸艦の艦首部分はシートにおおわれてしまう。

 各社報道によれば、中国海軍は空母の電磁カタパルトや電磁飛行体の研究と同時にレールガンの開発にも着手し、独自技術でその実用化に着々と向かっているようだ。

 2017年10月には中国海軍工程大学が開発を公式に認めたが、実際、2018年1月のIEEE(米国電気電子学会)の『Transactions on Plasma Science』などに中国研究者による電磁機構やレールガンそのものについての論文が複数掲載されている。

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Twitter上に出たレールガンとおぼしき砲塔を艦首部分に載せた中国海軍の揚陸艦の写真。本来この部分には37ミリ連装砲が搭載されている。Via:@xinfengcao

レールガンとは何か

 レールガンというのは、電流と磁界の力で弾体を発射する兵器だ。まるでSFのような話だが、リニアモーターカーの原理に近い。

 米国もレールガンの開発を進めてきた。資料によればローレンツ力を利用し、強烈な電流を一気に流して膨大な磁界を発生させ、レール上の弾体に推進力を与えつつ加速させ、超高速で発射する。人類史上、銃や火砲は火薬を利用し、弾体を飛ばしてきたが、これは電気の力を使うというわけだ。

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米国のレールガンの仕組み。レールガンはローレンツ力を利用して弾丸を発射するが、中学の理科の時間に習ったフレミングの左手の法則で、このローレンツ力を説明できる。フレミングの左手の法則によれば、中指は電流の方向、人差し指は磁界の方向、親指が電流の流れている導体に作用する力の方向となる。Via:Roger Ellis, "Electromagnetic Railgun." Office of Naval Research, Science & Technology, Naval Future Force Science and Technology EXPO, 2015

 高初速を実現できるため、レールガンでは弾体の射程を飛躍的に伸ばすことができる。高初速ということは、弾体に与えられた運動エネルギーが大きく、破壊力も増す。そのため弾体を小型化させることができ、搭載弾数を増やせる。電流の加減で初速や射程を調整でき、複数の距離やターゲットに対応可能。発射に火薬が必要でないため被弾した際の誘爆の危険性を低めることができるなどのメリットがある。

レールガンの弾体は金属を気化させる

 米国や日本の海上自衛隊が使用する搭載砲の場合、長距離ターゲットには一種のミサイルのような弾体(LRLAP)を発射する。この種の砲弾は、かさばるために搭載数が限られ、トマホーク並の高コストで実戦運用には疑問が持たれている。

 LRLAPの射程は長距離といっても200Km弱といったところだが、レールガンの場合、理論的には500Km以上という中長距離ミサイルと同じくらいの射程が可能のようだ。アウトレンジから弾幕を張ることができる低コストのレールガンが艦載されれば、大きな抑止効果が期待できる。

 米国のレールガンでは、毎分10発の速射能力と初速4500マイル/時(マッハ6)を目指し、当初は2019年までの実用化を目的に計画が進められていた。理論上、5600マイル/時(マッハ7.3、秒速2500メートル)を超えれば、ほとんどの金属構造物を気化させることができる。米国の計画では、最終的にそのあたりを目指しているようだ。

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米国のレールガンの運用図。超高速で発射された弾丸は、火器管制システム(FCS)やトラッキングセンサーによって追尾され、GPSや軍事衛星通信のUplinkなどによって制御されてターゲットに到達する。電流の大きさで射程を決められ、炸薬量の調整がいらないため、短時間で複数の距離のターゲットに照準を合わせることができる。Via:Jason Fox, USN, Assistant Program Manager, "Electromagnetic Railgun." NDIA Joint Armaments Forum, Exhibition & Technology Demonstration, 2014

 レールガンに使用されるのは、HVP(Hyper Velocity Projectile)と呼ばれる次世代型の弾丸だ。HVPは海軍5インチ砲や陸軍の155ミリ砲などにも援用可能な低抵抗の誘導弾で、操縦性が高く正確かつ高速のためターゲットに到達する時間を短縮できる。

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米国海軍の実験における発射直後のレールガンの弾丸。外装パーツが外れ、翼のついた弾体が露出する。HVPをレールガンで発射すれば、火薬が全く必要でなくなるため、誘爆の危険性を低めることができる。レールガンは従来の砲と違い、砲弾への爆発力を閉塞機や駐退機、砲身などで封じ込める機構が必要でないので、HVPとの組み合わせで砲塔を大幅にコンパクトにすることが可能だ。Via:U.S Navy YouTube:"Navy to Deploy Electromagnetic Railgun Aboard JHSV."(2018/07/08アクセス)

レールガンで崩れる軍事バランス

 一方、レールガンのデメリットは、巨大な発電システムが必要、レールの熱処理と摩擦による耐久性といったものだ。特に艦船に搭載する場合、原子力船かズムウォルト級のような強力な発電装備を持つ船でなければ必要な電流を発生させられないだろう。

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米国の軍用艦船に搭載されたレールガンの予想図。地海空いずれのターゲットにも対応可能でミサイル迎撃の切り札になるという観測もある。Via:U.S Navy YouTube:"Navy to Deploy Electromagnetic Railgun Aboard JHSV."(2018/07/08アクセス)

 レールガンから射出される超高速の弾体は、大陸間弾道ミサイルや中長距離ミサイルといった飛行体に対しても有効とされ、低コストの弾体で弾幕を張ることができれば、陸上基地からの対艦飽和攻撃も可能だ。これが実用化されれば軍事バランスに大きな影響を及ぼすだろう。

 米国海軍は2017年7月に発射実験の動画(2018/07/08アクセス)を発表しているが、まだ艦載にはいたっていない。中国の技術開発が先んじている可能性がある以上、レールガンの計画は前倒しせざるを得ないだろう(※1)。

 一方、日本でも防衛予算にレールガンの研究開発が盛り込まれている(※2)。この「弾丸の高速化を実現する電磁加速システムの研究」に計上されているのは21億円だが、目的として特にミサイル防衛については言及していない。

 また、JAXA(宇宙航空研究開発機構)も40年以上をかけて宇宙開発におけるレールガンの実用化を目指し、電磁飛翔体加速装置を開発してきた。防衛省とJAXAが共同研究しているかどうかは不明だ。

 いずれにせよ近い将来、自衛隊がレールガンでミサイルを迎撃し、太平洋の制海権をめぐって米中軍がレールガンを打ち合うような戦闘が起きる危険性も捨てきれないのだ。

※1:Paul Mcleary, "PACOM Harris: U.S. Needs to Develop Hypersonic Weapons, Criticizes ‘Self-Limiting’ Missile Treaties." USNI News, Feb 14, 2018(2018/07/08アクセス)

※2:防衛省「平成29年度概算要求の概要」(PDF:2018/07/08アクセス)

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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