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ネイティブな「北米イヌ」はどうやってベーリング海峡を渡ったか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
シベリアン・ハスキー(写真:ロイター/アフロ)

 ネイティブ・アメリカン(新大陸の先住民)もイヌ(Canis lupus familiaris)を飼っていたことがわかっているが、それらネイティブ・ドッグはすでに絶滅している。考古学者が北米イヌのDNAを調べたところ、シベリアのイヌと共通のDNAである可能性があることがわかったという。

オオカミのような北米イヌ

 北米大陸のイヌは少なくとも9000年前の飼育が確認されている。当時、ヨーロッパ人が見た北米のイヌは、ほとんどオオカミと同じ外見でイヌのように吠えず、うなり声を上げるだけだったという。

 ネイティブ・アメリカンは飼っていたイヌを埋葬した。そうした遺跡は北米各地にあるが、発掘されたイヌの骨を放射線炭素分析したところ、最も古い記録は約1万年前にさかのぼることができたようだ(※1)。

 イヌの家畜化は約1万6000年前と考えられているから、北米のネイティブ・アメリカンがイヌを飼い始めたのは世界的にみてもそう新しいことではない。

 この北米のイヌはいったいどこから来たのだろう。

 英国のケンブリッジ大学など国際的な研究グループが最近、米国の科学雑誌『Science』に発表した論文(※2)によれば、北米とシベリアで発掘された約1000〜1万年前のイヌの遺骸から得た骨のDNAを調べたところ、北米のイヌは現地のオオカミが飼い慣らされたのではなく、シベリアからやってきた可能性が高いことがわかった。

 研究グループは、ミトコンドリアDNAのサンプル71と細胞核のゲノムのサンプル7を分析し、北米イヌとシベリアのイヌを比較した。すると北米イヌは単系統で、シベリアのイヌとの強い関係が示唆されたという。ベーリング海峡がまだ地続きの地峡だった頃に人類と一緒に渡ったか、別々に渡ってきたのだろうと推測される。

 北米のイヌとシベリアのイヌのDNAは、ノヴォシビルスク諸島にあるジョホフ(Zhokhov)島で約9000年前に飼育が始められたと考えられているイヌ(※3)に遺伝的に近く、研究グループによれば約1万6000年前に北米イヌとシベリアイヌの共通祖先がいたのではないかという。

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今では北極海に浮かぶジョホフ島も約1万数千年前の氷河期には陸地だった。そのあたりで飼育され始めたイヌが、ベーリング地峡を渡って北米へ移住したのだろう。彼らはおそらく人間と一緒だったと考えられる。地図:筆者作成(Google Mapを使用)

 ベーリング地峡が完全に海峡になったのは約1万1000年前と考えられるが、北米イヌの歴史はもっと古いかもしれない。

 現生のイヌの種類でいえば、北米イヌはアラスカ原産と考えられるアラスカン・マラミュート(Alaskan Malamute)やシベリアン・ハスキー(Siberian Husky)に近いが、北米イヌの外見はオオカミにそっくりだった。それが理由でヨーロッパからの植民者によって殺されたか、ヨーロッパのイヌが持ち込んだ伝染病で数を減らしたかしたため、その子孫は絶えてしまったのではないかと考えられている。

 イヌの家畜化に関しては、まだ解明されていないことも多い。今回の研究やシベリアのイヌの研究などにより、人類とイヌとの関係が明らかになるかもしれない。

※1:Angela Perri, et al., "New Evidence of the Earliest Domestic Dogs in the Americas." bioRxiv preprint first posted online, doi.org/10.1101/343574, 2018

※2:Naire Ni Leathlobhair, et al., "The evolutionary history of dogs in the Americas." Science, Vol.361, Issue6397, 81-85, DOI: 10.1126/science.aao4776, 2018

※3:Vladimir V. Pitulko, et al., "Archaeological dogs from the Early Holocene Zhokhov site in the Eastern Siberian Arctic." Journal of Archaeological Science: Reports, Vol.13, 491-515, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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