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「サメ」連中はいったい「何を喰ってる」んだろう

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 生態系の頂点に位置する生物は、人類以外、ほとんどが絶滅に瀕している。サメも同じで特に保護されていない公海上のサメのほぼ半数が絶滅の危機にさらされているようだ。サメ漁業に経済的に依存している国や地域、漁業者も多く、サメ資源の正確な把握、保護、資源活用が課題になっている中、サメの食べ物を分析することで資源管理に役立てようという論文が出た。

サメの保護と資源活用を考える

 サメやエイの仲間は、約4億2000万年前と生物学的に出現が古く、生物進化の上で貴重な存在だ。世界中の海や河川に1250種以上が確認され、ほとんどの種が生態系の上位に位置する。

 人類にとってサメは漁業の対象としても重要で、特に中国で消費されるフカヒレの原料として乱獲されつつあるが、サメ漁業とその取引に経済的に依存している発展途上国や貧困国も多い。また、最近ではシャーク・ウォッチングやダイビングなどの観光資源としても活用されるようになってきた。

 サメやエイの生態は、観察が難しいことやその種類の多さもあってなかなか研究が進まない。資源量についても正確に把握できている種は少なく、保護と経済の利益の狭間で議論が堂々巡りになっているケースもある。

 性成熟までに成長に時間がかかり、卵生胎生と繁殖行動も多様なサメの仲間は、いったん資源量が少なくなれば回復させることが難しいとされる。保護に乗り出す国も出てきたが、公海上のサメ資源について各国の権限が及ばず、乱獲に拍車がかかる要因にもなっているようだ。

 サメの生態を把握し、資源量を正確に見積もり、保護と漁獲などのバランスをとるようにする研究も盛んに行われてきた(※1)。サメやエイの仲間はその生息域により、大陸棚、遠洋表層、深海、淡水と大きく分けられる。IUCNのレッドリストでは、大陸棚18種、深海2種、淡水3種が絶滅寸前(CE、Critically Endangered)、大陸棚25種、遠洋表層3種、深海6種、淡水7種が絶滅危惧種(Endangered、EN)となっている。

 ちょっと前に英国の科学雑誌『nature』の「ecology & evolution」に、これら生息域ごとにサメがいったい何を食べているのかを調べた研究が出た(※2)。英国のサザンプトン大学などの研究グループによるもので、サメ114種、5394サンプルの筋肉組織の炭素を使って安定同位体分析をしたという。

 水素や炭素、窒素といった元素には、陽子や中性子の数によって種類がある。例えば、水素の場合、陽子が1つだけの普通の水素は酸素と結合してH2Oの水になり、陽子1つと中性子1つは重水素、福島第一原発の汚水処理で問題になっているトリチウムは陽子1つと中性子2つで構成される三重水素となる。

安定同位体による分析技術とは

 水素でも普通の水素、重水素、トリチウムが同位体というわけで、こうした同位体元素の中で安定しているものを安定同位体、中性子が飛び出て原子番号が変化するような同位体を放射性同位体という。安定した同位体元素は、食物連鎖などの影響や時間の経過によって変化しにくい物質なので、生物の代謝や生態系、地球環境などの研究におけるトレーサビリティの指標として利用されてきた(※3)。

 主に生物の生態や自然環境の研究で使われている安定同位体は、水素、炭素、窒素、酸素だが、生物の身体の組成や生態、食品分析などで主に使用されているのはサンプル量の多い炭素だ。炭素の同位体には、陽子6つと中性子6つで構成される12Cと陽子6つと中性子7つで構成される13Cがある。

 標準的な評価サンプル(※4)における炭素同位体の割合は、12Cが98.894%、13Cが1.106%となっていて、IAEA(国際原子力機関)が12C、13Cの前に「δ(デルタ)」を付けて表記することに定めている。この2つの炭素同位体を生体内に取り込んでいる量(割合)は生物種によって異なり、例えば食品添加物の分析でδ12Cとδ13Cの割合を比べれば、どんな物質が添加されているかがわかるというわけだ。

 魚類についての生態学的な分析ではイシモチで有名な耳石(平衡感覚器官)が年輪的な成長記録もあって適している。耳石についての炭素の安定同位体分析もなされているが、耳石は種によって量も少なく、耳石を取り出すためにはサンプルを殺さなければならないという限界がある。そのため、背びれや目の水晶体レンズを安定同位体分析のサンプルにすることも考えられているようだ(※5)。

 軟骨魚類のサメには、残念ながら耳石がない。サメの炭素安定同位体を調べたサザンプトン大学の研究グループは、サンプルの筋肉から他の魚類、植物プランクトンなどの食べ物によって3タイプ(E、S、P)に分けてδ13Cの値を調べた結果を生息域(水深200m以上の大陸棚、200m以上の遠洋表層、200m以下の深海)によって比較した。

 その結果、大陸棚に生息するサメは、沿岸と沖合の海域から炭素(餌)のほとんどを摂取し、これらの栄養素は海底の海藻や陸上の栄養分などによって育まれていたことがわかった。遠洋表層のサメは緯度30〜50度に生息する炭素(餌)に依存し、深海のサメは身体のサイズによって遠洋表層のサメに似た炭素成分を示したという。

 これは特に驚かされる結果ではないが、安定同位体による分析技術はまだ進化発展する予知がある。自然観察や捕獲サンプル分析など、ほかの研究手法と組み合わせれば、より正確な生態や資源量などがわかるだろう。

※1:Nicholas K. Dulvy, et al., "Challenges and Priorities in Shark and Ray Conservation." Current Biology, Vol.27, Issue11, R565-R572, 2017

※2:Christopher S. Bird, et al., "A global perspective on the trophic geography of sharks." nature, ecology & evolution, Vol.2, 299-305, doi.org/10.1038/s41559-017-0432-z, 2018

※3:Brian Fry, "Stable Isotope Ecology." Springer, 2006

※4:炭素の標準物質:白亜紀末に絶滅したイカに似た軟体動物ヤイシ類の化石(PeeDee Belemnite、PDB)をもとにしたベレムナイト石灰(Vienna PeeDee Belemnite、BPDB)

※5-1:Orian E. Tzadik, et al., "Chemical archives in fishes beyond otoliths: A review on the use of other body parts as chronological recorders of microchemical constituents for expanding interpretations of environmental, ecological, and life‐history changes." Limnology and Oceanography Methods, Vol.15, Issue3, 238-263, 2017

※5-2:Katie Quaech-Davies, et al., "Teleost and elasmobranch eye lenses as a target for life-history stable isotope analyses." PeerJ, 6:e4883; DOI 10.7717/peerj.4883, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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