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人類以外の生物にも「がん」は襲いかかる

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:アフロ)

 がんとは、細胞がコントロールされずに増殖を続け、組織内や他の組織へ浸潤したり、転移したりする悪性の腫瘍のことだ。この悪性腫瘍に正常な細胞や組織が得るべき栄養を奪われ、身体が衰弱していき、死に至ることも多い。人類とがんとの戦いは依然として激しく続いているが、人類以外の生物ではどうだろう。最近、無脊椎動物もがんになるという論文が出た。

なぜゾウやクジラでがんが少ないか

 世界的に人類の寿命が伸び、老化が進んでからも長生きするようになった。日本人の場合、一生のうち、がんにかかる確率が男性で62%、女性で46%、がんで亡くなる確率が男性で25%、女性で16%といわれ、罹患率も死亡率も60歳前後から増加し、高齢になるほど高く、60歳代以降は男性のほうが女性より高くなる(※1)。

 がんは細胞増殖が暴走を始めるが、生物は生きている以上、細胞分裂を避けられない。それは人類以外の生物でも同じだ。

 多種多様な原因があるとしてもある程度、がんがランダムに起きるとすれば、身体が大きくて細胞の数が多い生物は、がんになる確率が高くなるだろう。だが、ゾウやクジラなどの大型生物は小型の生物と比べて、がんになる確率は高くない。

 これを「ペトのパラドックス(Peto’s paradox)」というが(※2)、がんと大型で長寿のゾウやクジラの関係について多くの研究がなされてきた。がんにかかりにくいゾウが持つ特性を知ることで、がん治療へ活かそうというわけだ。

 がんは遺伝子の異常によって引き起こされることが多い。DNAが傷ついた場合、普通は異常な細胞の増殖をさせないよう、細胞のアポトーシス(自死)が促進されるが、それをつかさどる遺伝子の1つがTP53(Tumour Protein 53)だ。

 最近の研究によれば、人類が1コピーしか持っていないこのTP53という遺伝子を、ゾウは少なくとも20コピー持っていることがわかっている(※3)。また、200年以上の寿命があると考えられているホッキョククジラ(Balaena Mysticetus、Bowhead Whale)は、DNAを修復したり、細胞の分裂周期や代謝調整に関する遺伝子を持っているらしいこともわかってきた(※4)。

 他の生物が、がんをどうやって制圧し、がんにならずにいる機能を持つようになったのかという研究はこのほかにもいろいろ行われているが、先日、英国のリバプール大学などの研究グループが、人類を含む4000種以上の生物のがんについてのこれまでの研究をまとめる論文を発表した(※5)。

 この論文によれば、センザンコウやアリクイ、カモノハシなど一部の生物ではまだがんの報告はないが、哺乳類のほとんどの生物種ががんにかかり、鳥類、爬虫類、両生類といった哺乳類以外の脊椎動物、さらにヒドラ(Hydra)のような無脊椎動物や植物もがんにかかることが報告されているという。

 哺乳類の中でも人類のがんは多種多様で高い発がん率が特徴的であり、特に紫外線による皮膚がん、喫煙による肺がん、多様な因子が関係した乳がん、食生活の変化による大腸(結腸・直腸)がん、男性の前立腺がんなどが目立つ。また、人類の場合は年齢ごとにかかるがんの種類が異なり、乳幼児から小児期、思春期にかけては白血病やリンパ腫などが、成人になるとそれに加えて脳腫瘍や悪性黒色腫、精巣がん、甲状腺がんなどが増加する。

飼育下の動物がかかるがん

 サルの仲間で多いのは大腸がん、次いでリンパ腫となる。乳がんや肺がん、脳腫瘍などは少ない。サルはタバコを吸わないので当然だが、捕獲飼育されたサルで、大腸がんやメスの生殖器系のがんなどが目立つようになることが示唆的と研究者は指摘している。

 このほか、ウサギ、マウスやハムスターなどのげっ歯類、クジラ、偶蹄類と奇蹄類、ネコの仲間、コウモリやモグラ、ゾウ(長鼻目)、ジュゴン、有袋類などの哺乳類の研究報告を検索した。センザンコウやアリクイ(異節上目)、ハイラックスなどのイワダヌキの仲間、カモノハシではがんの報告はなかったという。

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がんと哺乳類を中心にした樹形図との関係。薄い文字の種類は、まだがんが確認されていない。Via:Thales A. Albuquerque, et al., "From humans to hydra: patterns of cancer across the tree of life." Biological Reviews, 2018(をもとに筆者が翻訳)

 コウモリの仲間は体重の割に寿命が長い生物で、これまでの最高齢はブラントホオヒゲコウモリ(Myotis Brandtii)の41歳という。コウモリも抗がん的な機能を持つとされ、ある種のコウモリはがん抑制遺伝子とされるFBX031(※6)のコピーを50〜60以上も持っているようだ(※7)。

 哺乳類以外では、鳥類で捕獲飼育下の個体でがんが多く報告され、鳥類のがんでは皮膚がん、泌尿器系のがん、生殖器系のがんが目立つという。爬虫類では肝がんが、ヘビでは皮膚がんが多く、逆にカエルなどの両生類にがんの報告は少なかった。

 両生類と同様にリンパ節を持たない魚類のがんは、発がんの年齢は異なるが興味深いことに人類のがんと似ているという。また、タバコにも含まれる多環式芳香族炭化水素によると思われる肝がんの発症も魚類にみられた。

 がんは無脊椎動物もかかる。多細胞生物を横断的に調べた研究(※8)によれば、鞭毛虫の仲間(Choanoflagellata、襟鞭毛虫)やクラゲの仲間(Ctenophora、有櫛動物)、 海底を這い回るヒラムシ目(Polycladida)、海綿動物(Porifera)といった原始的な生物にも、がん、もしくはがん様の病気がみられたという。また、海底の泥中などに生息する半索動物(Hemichordata)も、ゾウと同じTP53遺伝子のコピーを生み出すことがわかったという。

 植物もがんにかかるが、成長自体が遅く転移しにくい生理的機構になっているため、がんによって死に至ることは少ない。樹木にコブができていたりするが、がんをそうした部位に閉じ込めているようだ。

 がんは加齢によってかかることが多く、人類が長寿になったことががん発症増加の大きな要因だが、ゾウやクジラは例外でこれについてはさらなる研究が必要だろう。また、今回報告を見つけられなかったセンザンコウやカモノハシでもがんは起きている可能性があり、多細胞生物のほぼすべてががんにかかると考えられる。

※1:国立がん研究センター:がん情報サービス「がん登録・統計」:「最新がん統計」(2018/06/30アクセス)

※2:R Peto, et al., "Cancer and ageing in mice and men." BJC, Vol.32, 411-426, 1975

※3:Lisa M. Abegglen, et al., "Potential Mechanisms for Cancer Resistance in Elephants and Comparative Cellular Response to DNA Damage in Humans." JAMA, Vol.314(17), 1850-1860, 2015

※4:Michael Keane, et al., "Insights into the Evolution of Longevity from the Bowhead Whale Genome." Cell Reports, Vol.10, Issue1, 112-122, 2015

※5:Thales A. Albuquerque, et al., "From humans to hydra: patterns of cancer across the tree of life." Biological Reviews, doi.org/10.1111/brv.12415, 2018

※6:Manas K. Santra, et al., "F-box protein FBXO31 mediates cyclin D1 degradation to induce G1 arrest after DNA damage." nature, Vol.459, 722-725, 2009

※7:Marc Tollis, et al., "Evolution of cancer suppression as revealed by mammalian comparative genomics." Genetics,& Development, Vol.42, 40-47, 2017

※8:C. Athena Aktipis, et al., "Cancer across the tree of life: cooperation and cheating in multicellularity." Philosophical Transactions of the Royal Society B, Vol.370, Issue1673, 2015

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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