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外来「巨大ナメクジ」の出現を予測せよ

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
マダラコウラナメクジ Drawing by J W. Taylor(1902)

 外来種の「マダラコウラナメクジ(Limax maximus)」という不気味なヒョウ柄が特徴の巨大ナメクジが、少しずつ分布範囲を広げている。野菜などへの農業被害も懸念されるが今回、オープンサイエンスという試みによりマダラコウラナメクジの出現を予測する研究が発表された。

マダラコウラナメクジはけっこうキモイ

 地球規模の交通往来が加速度的に距離を伸ばして複雑化する中、自然環境の在来固有種を脅かす外来種が脅威になっている。マダラコウラナメクジもその一種で、もともとはヨーロッパのナメクジだったが、現在ではアフリカ、南北アメリカ、中国、インド、オーストラリア、そして日本にも上陸し、じわじわと分布範囲を広げている。

 このマダラコウラナメクジ、ヨーロッパの固有種だったので、古くから生態や生理学、解剖学の研究も多く図鑑にも普通に掲載されている(※1)。また現在でも、神経伝達やサーカディアン・リズム、摂食行動、条件付け学習行動の研究などで使われている実験動物の一種だ。

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マダラコウラナメクジの生体。こうした明るい場所に出てくることはあまりない。Photo by Michal Manas(Olomouc, the Czech Republic)

 ナメクジはカタツムリと共通の祖先を持ち、体内に貝殻を残しているものもいる。マダラコウラナメクジは最大体長18センチ程度(まれに20センチ)まで成長し、体内に貝殻があり身体が育つにつれて貝殻も年輪を刻んで大きくなる。

 寿命は2.5〜3年であり、性成熟するまでにも2年ほどかかる。雌雄同体のマダラコウラナメクジの繁殖行動はほかのナメクジと違い、白い半透明の粘ついた性器を出し合って絡み合い、お互いの精子を交換する。

 警戒心が強く夜行性で、同じ場所に戻るなどの帰巣本能が強い。森林や藪などの落ち葉や石の下などの暗く湿った場所を好む。基本的に雑食性で、腐葉土や菌類の死骸を食べ、ほかのナメクジの補食もする。ナメクジにしては移動速度が速く(1分間15センチ)、捕食するためにほかのナメクジを追いかけたりするようだ。

 カタツムリやナメクジは植物の葉や芽を食べるため、害虫として駆除の対象になる。食べたところに穴が開けば、野菜などの商品価値を下げる。外来種としてマダラコウラナメクジが侵入した米国のフロリダでは実際に被害が出ており、特にハワイでは稀少植物に大きなダメージを与えているようだ(※2)。また、ほかのナメクジを補食するため、在来固有種のナメクジを駆逐する。

オープンサイエンスという手法による成果

 マダラコウラナメクジは日本でも2006年頃から茨城県で観察され始めたが、最近になるまでどこまで分布を広げているのか、その実態はわからなかった。夜行性で臆病な性質のせいもあるが、外来で入ってきてからまだそれほど時間が経っていないこともある。

 だが、外来種はいったん勢力を広げると、固有の自然環境を脅かす厄介な存在になりかねない。そのため、2016年に京都大学や北海道大学の無脊椎動物の研究者が、オープンサイエンスという手法で民間にマダラコウラナメクジの情報提供を呼びかけて話題になった(※3)。オープンサイエンスとは、一般市民がインターネットなどを介して専門的な科学研究に参加することだ。

 SNSなどでマダラコウラナメクジの目撃情報を集めたところ、関東や東北、北海道などに分布を広げつつあることがわかったという。そして今回、北海道大学大学院農学研究院森林生態系管理学研究室と札幌市の市民が協力し、マダラコウラナメクジの出現を気象条件から予測するという研究結果をオランダの環境科学雑誌『Science of the Environment』に発表した(※4)。

 北海道では2012年に札幌の公園でマダラコウラナメクジが確認されていたが、北海道大学の研究者と民間人が情報を共有し、2014年から実態調査を始めたという。北海道大学のリリースによれば、札幌の一市民(円山動物園の森ボランティア)が716日間にわたってマダラコウラナメクジの野外観察を記録し、それと札幌管区気象台が公開している気象データを合わせ、機械学習(※5)によって分析した。

 生物の行動と気象条件の組み合わせでは、複雑で膨大な量のデータとなるが、機械学習によって有用な情報を抽出することができたという。すると、これまでの手法では推定しきれなかったマダラコウラナメクジの活動性と気象条件との関係を高精度に予測することが可能になった。

 マダラコウラナメクジは、平年より湿度が高く、風速が弱く、降雨量が少ない時に出現する傾向が見られ、さらに平年より気温が高く、風速が弱く、降雨量が多く、大気圧が低かった日の「翌日」にも多く見られることも示唆された。つまり、マダラコウラナメクジの翌日の活動の予測モデルができたということだ。

 研究者は、世界的に被害を及ぼし始めているマダラコウラナメクジという外来種への対策に役立てられる研究ではないかというが、同時にオープンサイエンスという市民が専門的な研究に参加する手法による成果ともいえる。

※1:John G. Jeffreys, "British Conchology: or an Account of The Mollusca which Now Inhabit the British Isles and the Surrounding Seas." J. Van Voost, London, 1862

※2-1:M S. Joe, et al., "Invasive slugs as under-appreciated obstacles to rare plant restoration: evidence from the Hawaiian Islands." Biological Invasions, Vol.10, Issue2, 245-255, 2008

※2-2:W M. Meyer III, et al., "Influence of terrestrial molluscs on litter decomposition and nutrient release in a Hawaiian rain forest." Biotropica, Vol.45, Issue6, 719-727, 2013

※3:Eiri Ono, et al., "Increasing crowd science projects in Japan: Case study of online citizen participation." International Journal of Institutional Research and Management, Vol.2, No.1, 19-34, 2018

※4:Yuta Morii, Sanae Watanabe, et al., "Activity of invasive slug Limax maximus in relation to climate conditions based on citizen's observations and novel regularization based statistical approaches." Science of the Environment, Vol.637-638, 1061-1068, 2018

※5:機械学習:この研究ではLp正則化法(Lp-Regularization)を使った:いわゆる「オッカムの剃刀」で、たくさんの意見(情報)はむしろ機械学習を阻害する(過学習)ことから正則化(モデルが複雑になり過ぎないよう防止する)する方法を使ったということ

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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