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なぜ「酒を飲む」と「タバコを吸いたくなる」のか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 アルコールとタバコとの間には密接な関係があるようだ。居酒屋やバーなどの酒を飲む場所に行くと必ずタバコを吸いたくなる喫煙者も多い。両者の関係について、新たな論文では禁煙すればアルコール摂取量も減るのではないかという仮説に対して疑問が呈された。

タバコとアルコールの相乗悪影響とは

 依存性物質には相乗効果があることが知られている。なぜなら、コカインやニコチン、アルコールなどの薬物が脳内の報酬回路で作用するメカニズムは共通だからだ(※1)。

 議論になっている受動喫煙防止対策の法案では昨年2017年に厚生労働省から出された案で、アルコールを提供するバーやスナックは面積30平米以下を適用除外とするという内容になっていた。酒を飲むとタバコを吸いたくなる喫煙客も多く、彼らと彼らを顧客とする業種業態の飲食店に対して配慮したということになる。

 ところが、タバコとアルコールが一緒になって体内へ入ると凶悪な発がん性を帯びることが知られている。タバコに含まれる発がん性物質とアルコールという、これまた強い発がん性のある物質が、口から入って喉の奥へ、食道から体内へ摂取されることで、口腔・咽頭がん、食道がん、膵がんなどを発症するからだ(※2)。

 こうしたがんにかかりたくない場合、どちらかをやめるか摂取量を少なくする必要があるが、喫煙時代の筆者もそうだったが酒を飲むとどういうわけか必ずタバコを吸いたくなる。従来の研究では、ニコチン摂取の習慣とアルコール摂取量の増加には相関関係があると考えられてきた(※3)。

 もしも喫煙量が増えることで飲酒量も増えるとすれば、禁煙はアルコール依存症の治療にも効果があることになる。だが、この仮説に対し、否定的な論文(※4)が出た。つまり、喫煙量の増減は飲酒量に影響しないということだ。

 これは英国のブリストル大学などの研究グループによるコホート(集団的)調査で、エイボン(Avon)両親と子ども縦断調査研究(※5)のデータやHUNTコホート研究(※6)などヨーロッパで行われた4つの集団疫学調査のデータを利用している。例えば、エイボンの調査研究は100万都市である英国ブリストルを中心に集められたもので、両親と出生前からその子どもの長期間の個人情報が英国バイオバンクの遺伝子研究データとヒモ付けられているのが特徴だ。

喫煙量が増えても飲酒量は増えない

 4つのコホート研究全体で5万5967人を調査したが、遺伝情報との比較ではエイボンのコホート研究と英国バイオバンクのものを使い、エイボンのコホート研究から得た8030人の遺伝情報をもとに喫煙の量とアルコール消費量について調べたという。データの分析では、遺伝子の多型を使って集団をランダム化し、一種のランダム化比較試験(RCT)に似せたものにするメンデリアン・ランダム化試験(Mendelian Randomization、MR)を使っている。

 この分析手法は最近になってよく使われ始めたもので、無作為抽出でランダム化できず遺伝子情報がある場合に適しているとされ、一種のバイアスである交絡(Confounding)を排除するために使われる。交絡が遺伝的な変異と関連しないと考えられ、なおかつその遺伝的変異がリスク要因と関連していると考えられている場合、その遺伝的な変異がリスク要因を経て知りたい結果(アウトカム)に影響するというわけだ。

 この研究では、喫煙量がアルコール消費量を増やすかどうかというアウトカムを知りたかったので、ニコチン依存症の評価で使われる対立遺伝子変異(※7)を使い、その遺伝子変異を変数にして調整し、調査対象者をランダム化したという。その結果、タバコの数量を減らしたり禁煙したりすることとアルコール消費量の間に有意な差はみられなかった。

 アルコールとタバコの関係を調べた従来の研究では、生活習慣や社会経済的な環境といった交絡、年齢層や性別、喫煙者で多量飲酒者の抽出などで選択バイアスがあった可能性が高いのではないかと研究者はいう。さらに、逆相関、つまりこの研究では喫煙量のアルコール摂取量に対する影響を調べたが、逆に飲酒量が喫煙量に影響しているのではないかとも述べている。

 飲酒と喫煙の習慣は、社会的に恵まれない貧困層や求職者や単身者など疎外感を抱く層などに特徴的だ(※8)。こうしたことから健康格差も生じるが、ニコチン依存が薬物依存であると同時に心理的・習慣的な依存症であることも大きい。酒を飲むという行為と喫煙習慣が結びつけられ、また周囲の環境や喫煙仲間などをパターン認識し、ついついタバコに手が伸びてしまう。

 飲酒の量は近くに喫煙者がいてもいなくても一定だが、タバコを吸う量は周囲に影響されがちだ。筆者の経験則でもタバコを吸うと酒が飲みたくなるというより、酒を飲むとタバコを吸いたくなることのほうが多かった。いずれにせよ、アルコール依存症の喫煙者に対する依存症治療などで注意が必要かもしれない。

※1:Roy A. Wise, "Neurobiology of addiction." Current Opinion in Neurobiology, Vol.6, Issue2, 243-251, 1996

※2-1:「口腔・咽頭がんリスク『2.4倍』〜タバコを吸う男性」Yahoo!ニュース:2018/01/28

※2-2:Murray Korc, et al., "Tobacco and alcohol as risk factors for pancreatic cancer." Best Practice & Research Clinical Gastroenterology, Vol.31, Issue5, 529-536, 2017

※3:Dor Zipori, et al., "Re-exposure to nicotine-associated context from adolescence enhances alcohol intake in adulthood." Scientific Reports, DOI:10.1038/s41598-017-02177-2, 2017

※4:Michelle Taylor, et al., "Is smoking heaviness causally associated with alcohol use? A Mendelian randomization study in four European cohorts." International Journal of Epidemiology, doi: 10.1093/ije/dyy027, 2018

※5:Avon Longitudinal Study of Parents and Children(ALSPAC)

※6:HUNT:1984〜1997年の期間、ノルウェーの精神障害や身体疾患のない成人3万3908人を対象に実施されたコホート研究

※7:CHRNA5-CHRNA3-CHRNB4遺伝子群:Glenda Lassi, et al., "The CHRNA5-A3-B4 Gene Cluster and Smoking: From Discovery to Therapeutics." Trends in Neurosciences, Vol.39, Issu12, 851-861, 2016

※8:Niamh K. Shortt, et al., "A cross-sectional analysis of the relationship between tobacco and alcohol outlet density and neighbourhood deprivation." BMC Public Health, Vol.15: 1014, 2015

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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