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米国の起業家〜思うほど「若くして成功してない」ってさ

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:Reuters/アフロ)

 いわゆるアントレプレナー、起業家という人で成功した場合、我々は彼らが若くして富と栄光を手にしたように思いがちだ。インターネット時代の到来で米国から様々なネットビジネスが誕生したが、実際のところ、米国に限っていえば起業して成功した年齢は実感よりずっと上だったという研究が出た。

若くして成功というドリーム

 米国で成功したベンチャーの起業家としてまず頭に思い浮かぶのは、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグ、ジェフ・ベゾスあたりだろうか。

 ゲイツがMicrosoftを設立したのは19歳の時(1975年)で、ジョブズがAppleを立ち上げたのは22歳の時(1977年)だった。マーク・ザッカーバーグがFacebookを始めたのは20歳(2004年)、ベゾスが自分のネット書店をAmazon.comにしたのは少し遅くて31歳(1995年)だ。

 こうしてみると、米国の企業家の多くが若くして起業し、成功の女神の前髪をつかんだように思える。ベゾスが遅いといっても30代に入ったばかりで、2年後の1997年にはAmazonの株式公開を実現させた。

 青色LEDの発明でノーベル物理学賞を受賞した中村修二UCサンタバーバラ校教授は、起業するのなら若いうちがいいといっていた。ベンチャーは遅くとも40代で起業すべきといい、その理由は頭が柔らかくて環境に適応できるからだそうだ。

 確かに、若いということはその後の人生での時間が長いということでもあり、仮に失敗しても再起してやり直すことができる可能性が高い。また、米国のような挑戦社会では、VCの投資対象としても起業家の年齢が考慮されるのではないかということは十分に想像できる。

 ゲイツやジョブズ、ザッカーバーグら多くの起業家は大学を出るか出ないかという若いうちに自分のやりたいことを始め、周囲の仲間と一緒にビジネスに仕立て上げ、新たな市場を創造して株式を上場させて巨額の資金を手にし、さらに自分たちのビジネスを大きく育てていった。米国という経済的土壌、そしてそうした起業家を掘り起こして支援してきたという社会的・文化的な背景も大きい。

 もちろん、年齢が単に若いというだけでVCから優遇され、メディアから脚光を浴びてヒーローに仕立て上げられるという側面も否めない。そうしたバイアスが、我々の感覚を麻痺させているのだろうか。米国のベンチャー起業家といえば、やはり若くして成功した才能豊かな人間というイメージがあるはずだ。

ミドルエイジで成功が多い米国

 そうした常識に一石を投じる論文(※1)が全米経済研究所(The National Bureau of Economic Research)のワーキングペーパーとして出た。マサチューセッツ工科大学などの研究者によるもので、米国の国税調査局のデータを利用し、過去10年に立ち上げられた成長ベンチャーの創業者の年齢を調べたという。

 研究者は国税調査局のデータから2007〜2014年にかけて新規事業を創業し、従業員を少なくとも1人以上雇用した企業270万社を調べた。これらはIT系に限らず、飲食やサービス、製造、農業など業種業態は多岐にわたり、地域的にシリコンバレーに限らない。

 そのうち、高い成長率が記録された上位0.1%の企業を抽出してみたところ、成功した起業家は若くはなく、その多くはミドルエイジ(45〜65歳、※2)で起業した時の平均年齢は45.0歳だったことがわかった。起業年齢が高くなるほど成功率が上がり、30歳の起業家より50歳で起業したほうが1.8倍以上の成功の可能性があり、20代前半の起業家の成功率は各年代で最も低いようだ。

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青いグラフが2007〜2014年の間に起業した創業者の年齢、赤いグラフは2007〜2009年の間の成長率上位1%の創業者の年齢。上位0.1%の創業者の平均は45.0歳だが、上位1%では43.7歳、上位5%では42.1歳で成長率を広げると次第に年齢が下がる。Via:Pierre Azoulay, et al., "Age and High-Growth Entrepreneurship." NBER, Working Paper, 2018

 この論文によれば、シリコンバレーでは年齢による差別が横行し、ある年齢以上の起業家が冷遇されているという。研究者は今回の論文により、過去の調査などによる若年起業家への過度な期待が本当かどうか確かめ、それがあまり信用できないことを示した。

 もちろん、若者を育てたり起業家精神を支援することは経済成長やイノベーションにとって重要だが、投資としての面からみれば経験と知識を積み、人間関係も広い年代の起業家も捨てたものではないということになる。実際、ジョブズにせよゲイツにせよベゾスにせよ、彼らの会社が最も高い株価を付けたのはそう若い時期ではなかった。

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Apple、Microsoft、Amazon、Googleの株価の変動と創業者の年齢。Googleの創業者はラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン(1973年生まれ)。Via:Pierre Azoulay, et al., "Age and High-Growth Entrepreneurship." NBER, Working Paper, 2018

 日本ではなかなか起業する人が出てこないが、年齢にこだわらずに決断すべき時にはチャレンジしたほうがいいのかもしれない。中村修二UCサンタバーバラ校教授が会社を辞めて渡米したのが46歳(2000年)の時だった。十分にミドルエイジでの挑戦だったといえる。

※1:Pierre Azoulay, et al., "Age and High-Growth Entrepreneurship." NBER, Working Paper, No.24489, 2018

※2:Oxford Living Dictionaries:"middle age"

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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