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なぜ日本人は「金縛り」に遭うのか

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:アフロ)

 眠っている間のREM睡眠時(半覚醒状態)時に身体を動かせなくなることを俗に「金縛り」という。一種の睡眠障害(isolated sleep paralysis、ISP)だが、地域や国、民族の文化によって金縛り状態についてのとらえ方が異なり、金縛りについては約2000年前から議論されてきた(※1)。日本人特有の金縛り観と科学的態度について考える。

なぜ金縛りが起きるのか

 映画やテレビでテーマになったりテレビタレントなどがその恐ろしさを語ったり、一般的に広く同じような体験を共有する金縛りだが、ナルコレプシー(narcolepsy)という脳疾患による睡眠障害以外、入眠時か半覚醒状態の時に起きることが多い。特徴としては、身体を動かすことができない、話せない、不安や恐怖を感じる、身体の上に何かが乗っているような感覚や誰かが近くにいるような感覚などがあり、ほとんどは数秒から数分の間、麻痺状態になり、通常は自然に回復して眠りに戻るか覚醒する。

 REM(Rapid eye movement、急速眼球運動、※2)というように、REM睡眠時には睡眠して目をつぶっていても眼球が動き、脳は起きているときと似たような反応を示して夢をみたりする。筋肉は弛緩し、脳と身体が分離したような状態になっていることが多く、金縛り時には聴覚や視覚的な幻聴や幻覚を感じることもあり不安障害との関連が示唆されてもいる(※3)。

 金縛り現象を睡眠時の麻痺状態としてとらえた場合、過去の50年間に出された35の論文を比較したシステマティック・レビュー(※4)によると世界的にみられ、若干だが女性のほうがなりやすく(18.9%:15.9%)、年齢による差はみられなかった。ただ、日本のホラー映画などの影響もあるが、しばしば「Kanashibari」という言葉が日本以外の国で使われているように、日本人を含むアジア人の金縛り体験者は他国より多い傾向にあるらしい。

 日本人の大学生635人(男性390人、女性245人)を調べた研究(※5)によれば、約40%で金縛り体験があったことが報告されている。前述したシステマティック・レビューによれば、学生の体験率は白人で30.8%、アフリカ系で31.4%、ヒスパニック系で34.5%となっていた。

 いくつかの研究では、女性と思春期の若者が金縛りになりやすいとされる。その理由は、生活のサイクルが不規則になりがちで睡眠不足や睡眠障害になりやすく、精神的なストレスが多く、環境や身体的な変化に対する不安があるからと考えられている(※6)。

金縛りに対する科学的態度とは

 日本人とカナダ人の学生を比較した研究(※7)では、金縛りを起こす率は日本人38.9%、カナダ人41.9%でほぼ同程度だったが、金縛りを単なる夢ととらえるかどうか、という質問には、カナダ人学生の55%以上がそう思うと回答したのに比べ、日本人学生では約15%しかいなかったという。この違いに関し、研究者は日本人が金縛りについて独特の感覚ととらえ方を持っているからではないかと考えている。

 過去の大学生への調査によれば、その98%が金縛りについてよく知っていたというが、金縛りが超自然的な力や悪霊に関連した現象と考えている人も日本人には多い。研究者は、カナダ人学生はそうした民俗的な感覚やとらえ方を持っている人が少ないので、金縛りを夢と同じ現象と答えたのだろうと推測している。

 REM睡眠の際には臨死体験(near death experience、NDE)をすることも多いようだ。金縛りと臨死体験の関係を探る研究(※8)も散見されるが、脳と肉体が分離したような感覚が共通しているのかもしれない。

 金縛りを霊的で神秘的な体験と考えるのは日本人だけではない。英語では「Night hag」や「Old hag」などと呼んで悪夢(Nightmare、ナイトメア)と関連づけ、北東アジアのシャーマンでは呪術的な感覚としてとらえられている。こうした霊的な民間伝承や宗教的な受け止め方は世界中に多い。

 だが、日本人にとって金縛りは、超常現象や霊的で呪術的な現象として意味合いが強く、科学では説明できない恐ろしい体験として広く流布している(※9)。これはマンガや映画、メディアの影響によるものと考えられているが、特に日本ではホラー映画とテレビのバラエティ番組でテーマとして金縛りが取り上げられることが多いからとする研究もある(※10)。

 金縛りの多くはREM睡眠時に起きる。覚醒状態に近く感覚としては目覚めている時に似ているが、REM睡眠といっても睡眠中だから全身の筋肉は弛緩して身体を動かすことはできない。REM睡眠時には、鮮明で喜怒哀楽の激しい夢を見やすいので不安や恐怖を感じることも多くなる。

 思春期前後の若い世代は金縛りにかかりやすいが、この時期は身体的精神的ストレスを感じ、夜更かしするなど睡眠のリズムが乱れ、睡眠障害になりやすくなる。これは睡眠障害による入眠時のREM睡眠を引き起こし、睡眠に入る時に起きることが多い金縛りを誘引するはずだ。

 精神的に不安定な時期に金縛りにあうことで不安や恐怖を感じ、それがメディアを介して超自然的な霊的現象という観念に結びつくことで日本人学生に特有の金縛り観が形成されるのではないだろうか。

 前述したように、カナダ人学生は金縛りを単なる睡眠状態の夢の延長としてとらえていた。金縛りが起きる原因と理由について正しく理解していれば、日本人学生のように金縛りを超常現象や心霊現象として考える傾向はなくなるだろう。もちろん、日本人学生のすべてがこうしたとらえ方をしているわけではないが、金縛りという誰にでも起きる可能性のある現象を科学的に考える姿勢は持っておいたほうがいいと思う。

※1:Brian A. Sharpless, "Chapter 9- Isolated Sleep Paralysis and Affect." Sleep and Affect, 181-199, 2015

※2:Eugene Aserinsky, Nathaniel Kleitman, "Regularly Occurring Periods of Eye Motility, and Concomitant Phenomena, During Sleep." Science, Vol.118, 1953

※3:Michael W. Otto, et al., "Rates of isolated sleep paralysis in outpatients with anxiety disorders." Journal of Anxiety Disorders, Vol.20, Issue5, 687-693, 2006

※4:Brian A. Sharpless, et al., "Lifetime Prevalence Rates of Sleep Paralysis: A Systematic Review." Sleep Medicine Reviews, Vol.15(5), 311-315, 2011

※5:Kazuhiko Fukuda, et al., "High prevalence of isolated sleep paralysis: kanashibari phenomenon in Japan." Sleep, Vol.10(3), 279-286, 1987

※6:Hiroko Arikawa, et al., "The Structure and Correlates of Kanashibari." The Journal of Psychology, Vol.133, Issue4, 1999

※7:Kazuhiko Fukuda, et al., "The Prevalence of Sleep Paralysis Among Canadian and Japanese College Students." Dreaming, Vol.8(2), 59-66, 1998

※8:Kevin R. Nelson, et al., "Does the arousal system contribute to near death experience?" Neurology, Vol.66(7), 2006

※9:Ayako Yoshimura, "To Believe and Not to Believe: A Native Ethnography of Kanashibari in Japan." Journal of American Folklore, Vol.128(508), 146-178, 2015

※10:Anna Schegoleva, "Sleepless in Japan: the kanashibari phenomenon." Electronic Journal of Contemporary Japanese Studies, 2002

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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