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閣議決定された「受動喫煙防止法案」まとめと問題点

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
羽田空港内の喫煙室:写真:撮影筆者

 3月9日、政府は受動喫煙防止法案(健康増進法の一部を改正する法律案)を閣議決定した。この法案は今国会へ提出され、成立を目指すが、その内容をまとめ、問題を整理する。

最低から1ランク上がるだけ

 森友学園疑惑や国税庁長官の辞任、東日本大震災関連、平昌パラリンピックなどの報道が目白押しになった週末、いわゆる「望まない受動喫煙の防止」をはかるための受動喫煙防止について厚生労働省が出した最終案が、こっそりと閣議決定された。3月10日の神奈川新聞朝刊(B版)をみると、これに関する記事は1行もない。

 法案の主な内容は、小規模飲食店については「個人経営か資本金5000万円以下」「客席面積100平方メートル以下」の場合、喫煙か分煙といった掲示をすれば喫煙できるとした。20歳未満の喫煙室への立ち入りは客も従業員もできないとし、罰則規定として違反者に対して最大50万円の過料を設定している。厚労省は「WHOによる規制状況の区分は1ランク上がる」と胸を張るが、最低レベルから1ランク上がるだけだ。

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WHOによる2017年のレポートでは、日本の受動喫煙の規制レベルは最低となっている。今回の案では1ランク上がるだけで、しかも以下に述べるように穴だらけのザル法となる可能性も高い。Via:厚生労働省の「受動喫煙防止に関する国際的状況」資料(PDF)より

 以下、まとめつつ問題点を指摘していく。

 まず、小規模飲食店の例外規定だ。今回の案によれば、資本金が少なく客席面積の小さな既存の飲食店の店舗数は約55%と推計されている。半分以上となり、これでは外食時に受動喫煙を避けるという対策としては意味がない。

 今回の案では「既存の飲食店」についても範囲を決めている。規準内の新規開店出店の場合、例外規定を認めないとし、事業継続性、経営主体や店舗の同一性などから総合的に判断するようだ。飲食業は廃業と新規開店出店の回転が速く、案では時間の経過とともに禁煙店が増えていくことを期待する。

 また、案では既存の小規模飲食店も「デフォルトは禁煙」ということになり、掲示しなければ喫煙できないことになる。義務違反で「紛らわしい標識の掲示」違反の場合、50万円以下の過料となるが、細かい掲示の形式や場所などについて決められてはいない。

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例外となる小規模飲食店以外の事務所、新規または大規模飲食店には喫煙専用室もしくは加熱式タバコ専用喫煙室の設置が義務づけられる。規準に合致した小規模飲食店では喫煙可能などの掲示が必要だ。Via:厚生労働省のホームページ(PDF)より

分煙では受動喫煙を防げない

 既存で個人営業の小さなバーやスナックなどは例外になりそうだが、狭い面積の店舗に飲食不可の喫煙専用室をもうけるのは不可能だろう。いきおい喫煙可を掲示しての喫煙店となる。経営者がタバコを吸わない場合、喫煙客を拒否できず、狭い店内で長時間の受動喫煙を強いられることになりかねない。

 そもそもWHOは「分煙」について、いかなる設備でも受動喫煙を完全に防ぐことはできないとしている。人が出入りすることにより、もしくは衣服にタバコ煙が付着することにより、禁煙エリアにも有害物質が漏れ出てくるからだ。案では喫煙専用室の具体的な規準について、今後、決めていく予定にしている。

 高校生のアルバイトなど、小規模飲食店には未成年者の従業員も少なくない。喫煙エリアへの20歳未満の立ち入りを禁じている法案だが、効果がどれだけあるか大いに疑問だ。

 屋内禁煙の範囲も問題だ。案では、公共の場所、特に「学校・病院・児童福祉施設等」の敷地内でタバコを吸えることになってしまう。屋外喫煙所や事業所などに設置されている現状から、病人や子どもが受動喫煙にさらされる可能性が高い。以前の案では学校(小中高)や病院で敷地内も全面禁煙だったが今回は大きく後退した。

 屋外喫煙所についても細かい規定はない。労働安全衛生法では事業所に受動喫煙防止の努力義務を課しているが、屋外喫煙所は「開放系」と「閉鎖系」に分け、タバコの煙が周辺に拡散する開放系では風向きを考えて設置するようにうながしているだけだ。おそらく法案成立後に作られる細則では、屋外喫煙所は閉鎖系とすると考えられるが、その内容もよくわかっていない。

 加熱式タバコ(加熱式電子たばこ)についても疑問が残る。「当分の間の措置」として「喫煙室(飲食等も可)内での喫煙可」とし、ほかのタバコと差別化している。ほかのタバコは飲食のできない喫煙専用室(喫煙のみ)内での喫煙を可能としているが、加熱式タバコとの混在や違反などが起きかねない。また、当分の間という期限を示すことで、将来の大幅緩和に含みを持たせている。

実施は自治体に丸投げか

 すでに神奈川県、兵庫県、北海道美唄市では自治体独自の受動喫煙防止条例が施行されている。東京都も子どもの受動喫煙を防止する条例がこの4月1日から施行され、都独自の受動喫煙防止法案も考えているようだ。

 今回の法案の内容が、これら自治体の条例と矛盾する場合もある。例えば、過料について神奈川県では違反者へ施設管理者は5万円以下、個人には2万円以下となっている。今回の案では「喫煙禁止場所における喫煙禁止」の過料は30万円以下となり、国と自治体の整合性をどう取るかも問題だろう。

 案では義務違反などの対応について、実施主体を都道府県知事などの自治体にしている。違反があった場合、都道府県に設置された相談窓口へ通報し、指導→勧告→命令などの段階を経てはじめて罰則の適用(過料)となるが、都道府県知事などは地方裁判所へ通知し、裁判所から過料が命じられるというわけだ。

 都道府県ごとに相談窓口の設置や応対がバラバラになることが予想され、都道府県単位では保健所などの行政機関が指導などの実行主体になるが、財政赤字に悩む自治体の場合、予算やマンパワーがきちんと確保できるかどうかもわからない。実際、神奈川県や兵庫県で、罰則が適用された事例はないのだ。

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案では施行スケジュールを2019年9月のラグビーW杯に一部で間に合わせるようになっている。2020年の東京オリパラまでに全面施行したい考えだ。どうでもいいが、今回の案を紹介している厚労省のページはすべて「シガーバーの取り扱いについて」という名前のウェブページだ。麻生太郎財務大臣に配慮して作成した名残だろうか。Via:厚生労働省のホームページ(PDF)より

 支援措置として、分煙施設の整備費として上限100万円、総額33億円(平成30年度予算案)を用意、自治体へは地方財政措置などにより屋外受動喫煙対策費を支援する。また税制上の優遇措置なども考えているようだ。周知啓発については、パンフレットの作成配布などに9億円(平成30年度予算案)を計上している。

 政府はこの案を今国会へ提出し、成立させるつもりだ。タバコ対策に消極的なたばこ議連の議席数は約260といわれる一方、受動喫煙防止を進める立場の議員は100議席程度だろう。おそらく、規制推進派は修正案を出してくるはずだ。

 この問題については、与野党など党派に限らず、議員によって意見が分かれている。党議拘束が発動されれば、議席数で圧倒する政府与党が提出した今回の案が成立する可能性が高い。党議拘束が外されれば、修正案との間に議論が起き、自民党内にも少なくない反対派がどう動くかわからない。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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