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なぜ「パンダの腸内細菌」が人類を救うのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:つのだよしお/アフロ)

 竹(笹も)を主食(90%以上)にするジャイアントパンダ(以下パンダ)の偏食ぶりはよく知られているが、肉食が主な雑食性のクマの仲間であるパンダはセルロース(植物繊維)を分解する酵素を持たない(※1)。なぜパンダが竹だけで栄養を摂取できるのか、なぜパンダが竹を主食にするようになったのかは長い間、大きな興味の対象だった。

パンダは竹を消化できない

 草や竹、笹に含まれる栄養分はデンプンなどの炭水化物だが、その炭水化物にはセルロースや細胞壁のヘミセルロースが含まれているため、こうしたセルロース類(以下、セルロース)を消化できなければ栄養素を摂取できない。ウシやヤギなどの草食の反芻動物は、消化器官(第1胃)の中で共生する微生物由来のセルラーゼや消化酵素などの働きでセルロースを分解し、グルコース(ブドウ糖)に変えて栄養分にしている。

 植物繊維を分解できる酵素を持たず、消化器官にセルラーゼを生み出す微生物を持たないパンダは、ウシやヤギなどとは違った腸内細菌を持っているのではないか、と考えられてきた(※2)。特に竹や笹は植物繊維を多く含み、パンダの消化器官は肉食系動物に近く、草食動物に一般的な長い消化器官も持たない。

 ようするに、パンダには竹を食べるための消化機能がないというわけだが、これについてこれまで多くの研究が行われてきた。

 中国の上海交通大学などの研究者が動物園飼育のパンダ3頭(オス、メス、幼獣オス)の糞便を2年間、調べた2007年に発表された研究(※3)によれば、パンダの腸内の大腸菌は嫌気性グラム陰性菌が約60%を占め、これは他の草食哺乳類の腸内細菌とは著しく異なっていたという。こうした腸内細菌の構成は、竹を食べるという非効率的な栄養補給と関係があるのではないかと考えられた。

 中国、成都にある南西大学(Southwest University for Nationalities)の研究者によるパンダの唾液(9頭)と胃液と腸の分泌液(3頭)を調べた研究(※4)によれば、パンダの腸で活発なアミラーゼが高レベルで検出されたという。アミラーゼは唾液や膵液に含まれる消化酵素だ。一方、胃液や膵液に含まれるリパーゼ(脂肪を脂肪酸とグリセリンに分解する消化酵素)の活性はほかのクマ(Brown Bear)より低かった。

 また、腸の粘液ではいずれも糖の分解吸収酵素であるスクラーゼ、ラクターゼ、マルターゼの活性が高く、胃や腸で植物繊維を分解するセルラーゼの活性が低いことがわかった。この分析をした研究者によれば、パンダは唾液の消化酵素が弱く、デンプンなどの消化機能は高く、脂肪の分解機能が低いという。

パンダの腸内細菌を探る

 中国の四川農業大学などの研究者によるパンダと近縁のレッサーパンダ、そしてアジアクロクマの腸内細菌を糞便により比較した研究(※5)によれば、パンダの腸内細菌は遺伝的に近いとされているレッサーパンダよりもクマのほうに近かったという。この論文によると、パンダの腸内細菌は限定的で特殊な種類のものに偏っているようだ。

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赤い△がパンダ(ジャイアントパンダ)、青い□がアジアクロクマ、緑の○がレッサーパンダ(レッドパンダ)の腸内細菌の類似度指数(Bray-Curtis)比較。パンダとレッサーパンダの間にクマが入る。Via:Ying Li, et al., "The evolution of the gut microbiota in the giant and the red pandas." nature, Scientific Reports, 2015

 こうしてパンダの腸内細菌を調べる研究がなされてきたわけだが、セルラーゼを作り出す共生細菌は発見できなかった。中国科学院などの研究者による2011年に発表された研究(※6)によれば、草食性や雑食性のほかの哺乳類と比べてパンダのオリゴ糖の分解酵素の割合(36%)は人間に近い(37%)適度な量だったが、竹の消化効率の低さを反映してセルロース分解酵素は低かった(2%)という。

 グリコシドヒドロラーゼ(glycoside hydrolase)はセルロースなどを分解する酵素の総称だが、この研究ではパンダとほかの動物のグリコシドヒドロラーゼの割合を比較した。セルロースやヘミセルロースなどを分解し、糖に変えて利用する技術をリグノセルロース系バイオマスと呼ぶが、この研究はパンダの消化器官内でリグノセルロース系バイオマスに似た過程が行われているのではないか、というものとなる。

 竹などの木質部には、セルロースとともにリグニンという高分子化合物が含まれ、パンダの消化器から出るラッカーゼ(laccase)というリグニン分解酵素が竹の代謝に関係しているのではないか、というわけだ。その後、中国の安徽大学(Anhui University)の研究者が、パンダの糞便からラッカーゼを作り出す微生物を発見したという研究(※7)を発表した。

 2012年に発表されたこの研究によれば、マングローブの森林にいるシュードモナス・プチダ(Psuedomonas putida)というグラム陰性桿菌の仲間である2種類の真正細菌がパンダの糞便から採取されたという。この細菌がリグニンを分解する酵素ラッカーゼを作り出すかどうか調べたところ、2種類の細菌が明らかにリグニンを酸化させ、パンダが竹を消化吸収するために消化器官内に共生している可能性のあることがわかった。

 パンダの消化器官内にはこれ以外にも多種多様な真菌類が共生していることがわかっている(※8)が、一方でエネルギー効率の面からパンダが主に竹を食べていても生きていけることを示した研究もある。

 中国科学院などの研究者による研究(※9)によれば、野生パンダの1日の活動エネルギー(6.2メガジュール)は一般的な哺乳動物の45%でしかなかったという。また、パンダの内分泌活動もほかの哺乳類の46.9%か64%(甲状腺ホルモン)しかなかった。

 これはDUOX2という甲状腺に関係する遺伝子変異によるものと考えられるようだ。ようするに、パンダが竹を食べるのは、省エネの生理機能に関係しているのではないか、ということになる。

 パンダの腸内細菌について、先日、興味深い論文が出た。これは中国の成都にあるパンダ繁育研究拠点(Chengdu Reserch Base on Giant Panda Breeding)の研究者による研究(※10)で、生まれてから大きくなるまで、成獣になってからといった成長段階によって腸内細菌の活動が変化するのではないか、という内容だ。

 竹は雨後の筍というように春から夏にかけて急速に成長する。若い個体の成長を支えているのは、こうした竹のデンプンであり、竹の細胞壁にあるヘミセルロースやペクチン(Pectin)といった多糖類からデンプンを摂取しているのではないかという。つまり、パンダが主にエネルギーを得ているのは、竹のセルロースからではない、というわけだ。

うま味成分を知らないパンダ

 では、パンダはなぜ竹を選択的に食べるようになったのだろうか。米国のスミソニアン国立動物園などの研究者による飼育下のパンダ2頭(オス、メス)の嗜好を調べた研究(※11)によると、クロチク(Phyllostachys nigra、幹が黒い)、ハクキョウチク(Phyllostachys bissetii、中国原産)、ヤダケ(Pseudosasa japonica、笹の一種)というパンダが好むとされる3種類の竹のうち、笹の一種のヤダケを特に好きなようで、メスは夜間にほかの竹も少し食べるらしい。

 米国テネシー州のメンフィス動物園が飼育下の2頭のパンダの食性を調べた研究(※12)によると、パンダは竹の葉を主に6〜12月に食べ、幹(棹)の部分は主に2〜5月に食べ、12〜3月にかけては葉を食べる量が減るという季節的な変化を示したという。また、棹の外皮を剥がすという野生で見られた行動も飼育下で観察された。

 パンダは竹の葉と幹(棹)を食べるが、これらのエネルギー吸収効率を調べた研究もある(※13)。幹を食べるとカロリーと植物繊維を多く摂取できるが、タンパク質は多く取れない。植物繊維の消化はエネルギーを消費させる一方、パンダは葉や若い芽(タケノコ)を食べることでタンパク質を摂取していると考えられている。

 草食動物を含む哺乳類の多くは味覚受容体の1つ、うま味受容体を作るT1R1という遺伝子を持っている。だが、パンダのDNAを調べてみるとこのT1R1遺伝子がない。

 この遺伝子変異は約420万年前に起きたと推定されているが、中国の復旦大学などの研究者による研究(※14)によれば、パンダが竹を主に食べるようになった理由は、食欲と報酬に関する脳内のドーパミン反応の変化と関係しているという。竹の匂いや色、食感などがパンダの食欲を刺激するようになったのではないか、というわけだ。ただ、なぜそうした遺伝子変異が起きたのかについては依然として謎となっている。

 微生物によるリグニンを含むセルロースの分解技術は、糖を分離したバイオマスエタノールやバイオマス由来の製品開発などに利用される可能性が大きい。化石燃料の枯渇や価格の変動などの影響を考えれば、バイオマス技術の進化発展はエネルギー資源利用や再利用にとって不可欠だろう(※15)。

 竹は生長が早く肥沃ではない土地、急傾斜地などでも生育する。従来、バイオマスエネルギーに竹は利用されてこなかった。

 細菌や生物など、環境中のDNAから産業技術を開発する研究分野をメタジェノミクスというが、パンダの腸内に共生し、リグニンを分解している微生物の機能を探ることでエネルギー問題、環境問題を解決する糸口になるかもしれない。

※1:Kim C. Worley, at al., "Decoding a national terasure." nature, Vol.463, No.7279, 303-304, 2010

※2-1:E. S. Dierenfeld, et al., "Utilization of Bamboo by the Giant Panda." The Journal of Nutrition, Vol.112, Issue4, 636-641, 1982

※3:Guifang Wei, et al., "The Microbial Community in the Feces of the Giant Panda (Ailuropoda melanoleuca) as Determined by PCR-TGGE Profiling and Clone Library Analysis." Microbial Ecology, Vol.54, Issue1, 194-202, 2007

※4:Zheng Yu-Cai, et al., "Analysis of Digestive Enzyme Activities in the Digestive Tract of Giant Pandas." Sichuan Journal of Zoology, 2009

※5:Ying Li, et al., "The evolution of the gut microbiota in the giant and the red pandas." nature, Scientific Reports, Vol.5, 10185, doi:10.1038/srep10185, 2015

※6:Lifeng Zhu, et al., "Evidence of cellulose metabolism by the giant panda gut microbiome." PNAS, Vol.108(43), 17714-17719, 2011

※7:Wei Fang, et al., "Evidence for Lignin Oxidation by the Giant Panda Fecal Microbiome." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0050312, 2012

※8:Hein Min Tun, et al., "Microbial Diversity and Evidence of Novel Homoacetogens in the Gut of Both Geriatric and Adult Giant Pandas (Ailuropoda melanoleuca)." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0079902, 2014

※9:Yonggang Nie, et al., "Exceptionally low daily energy expenditure in the bamboo-eating giant panda." Science, Vol.349, Issue6244, 171-174, 2015

※10:Wenping Zhang, et al., "." nature, The ISME Journal, Multidisciplinary Journal of Microbaial Ecology, doi:10.1038/s41396-018-0051-y, 2018

※11:Loraine Rybiski Tarou, et al., "Behavioral Preferences for Bamboo in a Pair of Captive Giant Pandas (Ailuropoda melanoleuca)." Zoo Biology, Vol.24, 177-183, 2005

※12:Rachel L. Hansen, et al., "Seasonal shifts in giant panda feeding behavior: relationships to bamboo plant part consumption." Zoo Biology, Vol29, No.4, 470-483, 2010

※13:Hairui Wang, et al., "A Diet Diverse in Bamboo Parts is Important for Giant Panda (Ailuropoda melanoleuca) Metabolism and Health." nature, Scientific Reports, Vol.7, 3377, 2017

※14:Ke Jin, et al., "Why Does the Giant Panda Eat Bamboo? A Comparative Analysis of Appetite-Reward-Related Genes among Mammals." PLOS ONE, Vol.6, Issue7, 2011

※15:Ayyappa kumar Sista Kameshwar, et al., "Recent Developments in Using Advanced Sequencing Technologies for the Genomic Studies of Lignin and Cellulose Degrading Microorganisms." International Journal of Biological Scinence, Vol.12(2), 156-171, 2016

※2018/03/04:18:49:最後のパラグラフを追加した。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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