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日本海が「日本海」である決定的な証拠とは

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 日本海については、その呼称がしばしば物議を醸しだす。今回、日本海という地名が、紛れもなく日本海でなければならない証拠が発見された。

日本海はどうやってできたのか

 太平洋へ弧を描いて張り出している日本列島は、かつてユーラシア大陸の一部だった。列島が大陸から引き離され始めたのは、約2000万年前とされている。なぜ、そうした動きが表れたのかといえば、プレートテクトニクス論による沈み込みによる地球物理学的な力学が作用したからだ。

 日本列島がユーラシア大陸から分かれ、現在のように太平洋へ張り出した結果、日本海ができたのだが、そのメカニズムはまだよくわかっていない。日本海はいわゆる背弧海盆(はいこかいぼん、back-arc basin)で、海洋に凹みができた陸上の盆地のような地形になっている。この凹みに海水が流れ込み、日本海になった。

 プレートテクトニクス論で太平洋プレートが日本列島の下へ潜り込んでいる、というのはよく知られた仮説だ。1970年代にはすでに背弧海盆が作られるメカニズムが考えられている(※1)。これによれば、潜り込みには主にChilean(チリ)タイプとMariana(マリアナ)タイプの2つのタイプがあり、日本列島はマリアナタイプで、潜り込みのテンションにより背弧海盆が形成される下地がうかがえる。

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プレート同士がぶつかり、一方が下へ潜り込む2つのメカニズム。潜り込む角度なども重要だ。押しつけられたプレートが盛り上がり、アンデス山脈のような高地を形成するチリタイプと日本列島のように潜り込んだほうのプレートを押しやり、その結果として間が引き裂かれるマリアナタイプが仮設として考えられた。Via:Seiya Uyeda, Hiroo Kanamori, "Back-Arc Opening and the Mode of Subduction." Journal of Geophysical Research, 1979

 日本列島と日本海を作ったマリアナタイプの潜り込みは複雑で、プレート同士の接触により海水などが岩盤へ浸透してマントルへ入り込み、マグマと一緒になって火山帯を形成する。それと同時に、引き裂かれた場所へも当初は盛り上がった状態が形成されるのではないかと考えられている(※2)。

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マリアナタイプの潜り込みでは、プレートが潜り込むことでマントルに小さな対流が生じ、引き裂かれテンション「1」や火山活動や温泉「2」などの現象が起きると考えられている。この引き裂かれテンションがその後、背弧海盆を形成するのではないかという仮説が立てられた。Via:Robert J. Stern, "Subduction Zones." Reviews of Geophysics, 2002

 こうした潜り込み地帯はプレート同士がぶつかっている世界中にあり、245地帯で観察されると考えられている(※3)。そしてマリアナタイプの潜り込みが起きている地帯では、背弧海盆が大なり小なり観察されることも多い。例えば、琉球列島と南西諸島の北西側にある沖縄トラフも現在、進行中の背弧海盆だ(※4)。

 日本海も同様に、プレートが潜り込むことで日本列島が太平洋の方向へ引き裂かれ、ユーラシア大陸との間にできた背弧海盆と考えられている。ただ、単に引き裂かれるだけでは海盆のような凹み地形にはならない。従来の仮説では、地殻の下にある上部マントルからアセノスフェア(asthenosphere)という高温の溶岩が突き上げ、その結果として地殻が引き裂かれて海盆ができたのではないかとされてきた(※5)。

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アセノスフェアの図。地殻の下、マントル層の上部、オレンジ色の5が岩流圏とも呼ばれるアセノスフェア。Via:Anasofiapaixao_public domain

日本海ができた理由がわかった

 だが、日本海の背弧海盆は、すでに引っ張られるのを止めていて活動が停止している。これまでの仮説をもとにして日本海の形成メカニズムを立証するためには、マントルからのアセノスフェアがマントル上部から流入している証拠をつかむ必要があった。

 今回、海洋研究開発機構(国立研究開発法人)や北海道教育大学などの研究グループが、現在も活動を続けている伊豆諸島から小笠原諸島の西部にある背弧海盆で噴出した溶岩の採取分析を行ったところ、流入してきた異常な高温状態のアセノスフェアにより沈み込んだプレートが溶けていることを明らかにしたという。米国地質学会の学術雑誌「Geology」オンライン版に発表(※6)した。

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研究グループが溶岩を採取した伊豆諸島のプレートとアセノスフェアの流入の想像図。日本列島の下へ潜り込む太平洋プレートの間へ高温のアセノスフェアが流れ込んでいると考えられる。Via:海洋研究開発機構のプレスリリースより

 海洋研究開発機構のプレスリリースによれば、採取された多様な溶岩を地域的な違いなどについて詳細に分析したことにより、高温のアセノスフェアの流入が背弧海盆を拡大させる原動力になったこともわかった。研究者は、オーストラリア大陸から引き裂かれてニュージーランドとの間に沈んだとされる幻の大陸ジーランディア(※7)についても、同じようなメカニズムが作用したことが考えられ、その謎の解明にも役立つ研究成果といっている。

 日本列島がユーラシア大陸から引き裂かれ、その間にできたのが日本海だ。日本列島がなければ日本海も生まれていない。今回の研究成果は、日本海という地名が日本海でなければならない強力な理由となるだろう。

※1:Seiya Uyeda, Hiroo Kanamori, "Back-Arc Opening and the Mode of Subduction." Journal of Geophysical Research, Vol.84, No.B3, 1979

※2:Robert J. Stern, "Subduction Zones." Reviews of Geophysics, Vol.40, 4, 2002

※3:Serge Lallemand, et al., "On the relationships between slab dip, back-arc stress, upper plate absolute motion, and crustal nature in subduction zones." Geochemistry, Geophysics, Geosystems, Vol.6, Issue9, 2005

※4:Serge Lallemand, et al., "Trench-parallel stretching and folding of forearc basins and lateral migration of the accretionary wedge in the southern Ryukyus: A case of strain partition caused by oblique convergence." tectonics, Vol.18, Issue2, 231-247, 1999

※5:Satoshi Okamura, et al., "Multiple magma sources involved in marginal-sea formation: Pb, Sr, and Nd isotopic evidence from the Japan Sea region." Geology, Vol26, No.7, 619-622, 1998

※6:Yasuhiro Hirai, et al., "Breakdown of residual zircon in the Izu arc subducting slab during backarc rifting." Geology, doi.org/10.1130/G39856.1, 2018

※7:「南太平洋に沈没した大陸『ジーランディア』の謎に迫る」2017/09/29、Yahoo!ニュース個人

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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