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なぜ我々は「ネコ」を理解しなければならないのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
写真:筆者撮影

 我々人間と一緒に共存しているネコは6億匹以上とされ、野良猫は約1億5000匹いるようだ。ネコが家畜化したのは約1万年前かそこらで、人間とはつかず離れずの共生関係を構築してきた(※1)。

まだ少ないネコの研究

 イヌのほうが家畜化してからの時間は長く、イヌに関する認知や感情の研究も多いが、ネコの認知機能や感情分析の研究はまだ少ない。これまでのネコに関する複数の論文を比べた研究(※2)によると、ネコの五感は我々が想像するよりも鈍感で、生まれた直後から主に嗅覚で周囲を探索し、それが生涯続くようだ。一方、視覚や聴覚はそれほど敏感ではない。

 記憶力に関しては、餌を物体の後ろに隠したりした実験でそれなりのものを持っているが、イヌほどの能力はなさそうだ。短期記憶の場合、最長30〜60秒の記憶力を持つが多くは1〜16秒でネコの記憶は消失する。ただ長期記憶に関する研究はまだこれからだという。

 原因と結果という因果関係に関する研究もあり、これに関してネコはあまり得意ではないが、これも実験研究は多くない。時間的な長短の感覚はわりに持っていて、ライオンの研究で確認されている。閉じ込める実験では5秒と20秒などの時間感覚を区別したという。

 ネコの社会行動は、餌、隠れ家、同じネコ仲間といった環境に強く依存している。ネコは孤独が好きとよくいわれるが、けっこう集団行動をするようだ。それは単に餌の多寡といった利害関係だけではなく、人間との間にもネコ同士と共通した関係が示唆される。

 人間同士のコミュニケーションや関係性の研究にネコとの共存が利用できるのではないか、と考える研究者も多い。これに関しても研究途上で、子ネコが生まれてからどれくらいで母ネコから引き離され、人間との共存環境へ置かれるかによってその関係性が大きく影響されるといったこともある。

飼い主に影響されるネコ

 イタリアの研究者が36匹のネコで指差しジェスチャーといったコミュニケーション能力を調べた実験(※3)では、ネコは人間の行動を頻繁に注意深く観察するようだ。イヌほど指差しジェスチャーを理解できないが、ネコは我々の意図を理解しようと努力しているのではないかと考えられる。

 ネコは飼い主の感情にも大きな影響を受ける。飼い主が落ち込んでいたり感傷的になっているとき、ネコは近づいてきたり脇の下へ頭を突っ込んできたりする。ネコは飼い主の状態に敏感に反応するといった非言語コミュニケーションを、独自に発達させてきたのではないかと研究者はいう。

 日本の研究者が20匹のネコを使って音声コミュニケーションを調べたところ、ネコは飼い主を声で聞き分けるようだ(※4)。飼い主に5つのパターンでネコの名前を呼んでもらい、飼い主男女ごとに同じ性別の別人との声とネコの動向反応や発声、尾の動きなどの反応を比較したところ、飼い主と別人とを区別することができたという。

 ネコの発声といえば喉を鳴らす「ゴロゴロ」だが、安らぎの感情、餌を欲しがる感情を表し、緊急性の高い場面や不快な状況ではあまり出さない。このゴロゴロには人間に対して低周波と高周波が組み合わされているようで、餌を求める際の信号と考えられ、家畜化された際に子ネコの習性が大人になっても残るようになったのではないかと研究者はいう。

 飼い主との別離や時間的な距離はネコを不安にさせる。これは分離不安症候群(Separation anxiety syndrome)として人間でも同じ心理状態があることが知られ、生後半年から3歳児までに共通して起きる心理状態だ。

ネコの5つの個性とは

 多頭飼いしている飼い主ならわかるだろうが、ネコには個体差があり人格ならぬネコ格がある。ネコの表情から感情表現を分析した研究(※5)によると、恐怖を感じたネコは目を瞬きしたり半開きにしたりし、欲求不満状態では「シャー」音を発したり舌を出したりするようだ。また、ネコの頭の向きで感情表現が異なる可能性も示唆された。

 ネコの個性に関しては昨年、最新の研究が出されている。これはオーストラリアの南オーストラリア大学などの研究者がネコの飼い主2291人(2802匹)を対象にしてアンケート調査をした論文(※6)で、ネコに共通する個性には大きく5つ(Feline Five)あることがわかった。

 それによれば、神経質、外交的、攻撃性、衝動性、愛嬌といった要素に分かれるようだ。

  • 神経質(Neuroticism):シャイで不安になりやすく恐怖を感じやすい。
  • 外交的(Extraversion):活発で好奇心が強く器用で賢い。
  • 攻撃性(Dominance):優位性を誇示し、攻撃的で支配したがる。
  • 衝動性(Impulsiveness):行動が衝動的で不規則、直情径行的なことをする。
  • 愛嬌や愛想(Agreeableness):協調性が高く友好的で愛情深く穏やか。

 こうした人間以外の生物の生態研究で注意しなければならないのは、人間を対象生物に投射することだ。この論文では人間の性格分析で多用される5要素をネコに当てはめているが、これは一種の擬人化でネコと人間との違いに注意しなければならない。

 ただ、イヌがオオカミから家畜化された一方、ネコは人間のそばにいることで利益を得ることを学び、自然に共生するようになったという家畜化の経緯がある。ネコを飼ったことのある人はわかるかもしれないが、ネコを人間に従わせることは難しい。いつしか人間のほうがネコに合わせていることもしばしばだ。

 人間は人間を支配することはできない。ネコの性格をより理解し、彼らと一緒に暮らすということは、とりもなおさず人間関係という微妙で難しい問題の解決にもつながるだろう。

※1:Claudio Ottoni, Eva-Maria Geigl, et al., "The palaeogenetics of cat dispersal in the ancient world." nature ecology & evolution, 0139, 2017

※2:Vitale Shreve, et al., "What’s inside your cat’s head? A review of cat (Felis silvestris catus) cognition research past, present and future." Animal Cognition, doi:10.1007/s10071-015-0897-6, 2015

※3:I Merola, et al., "Social referencing and cat-human communication." Animal Cognition, Vol.18, Issue3, 639-648, 2015

※4:A Saito, K Shinozuka, "Vocal recognition of owners by domestic cats (Felis catus)." Animal Cognition, Vol.16:685-690. doi:10.1007/s10071-013-0620--4, 2013

※5:Valerie Bennett, et al., "Facial correlates of emotional behaviour in the domestic cat (Felis catus)." Behavioural Processes, Vol.141, Part3, 342-350, 2017

※6:Carla A. Litchfield, et al., "The ‘Feline Five’: An exploration of personality in pet cats (Felis catus)." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0183455, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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