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怖くない「ステロイド」治療〜最前線の研究者に聴く

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 ステロイド(steroid、グルココルチコイド系ステロイドを含む抗炎症薬)は広範囲の治療に使用され(※1)、錠剤などの経口剤、静脈注射などの注射剤、呼吸器系への吸入剤や皮膚に塗布する外用剤などがある。一方、ステロイドを使った治療では、特に全身投与、少量でも長期の投与で副作用が起きることもあり(※2)、こうした作用や反応を怖がったり不安を抱く患者も少なくない。

グルココルチコイドとは

 先日、京都大学ウイルス・再生医科学研究所などの研究グループが「ステロイドが免疫力を高める─免疫の新たな昼夜サイクルを解明─」という研究リリースを発表した。同研究所免疫制御分野の生田宏一教授らをはじめ、大阪大学、九州大学、ドイツがん研究センターの研究者との共同研究で、ヒトとは昼夜が逆のマウスを使い、ステロイドホルモンの一つ、グルココルチコイドがいわゆるサーカディアンリズム(概日リズム)と関連し、免疫力を高めていることを明らかにしたという。論文(※3)は、2018年1月24日に米国の医学雑誌『Cell』系『Immunity』誌オンライン版に発表されている。

 この研究は、グルココルチコイドという強い免疫抑制作用を持つステロイドの1つの役割についてのものだが、グルココルチコイドは抗炎症剤や免疫抑制薬として治療に使われている。以下、研究者の一人、京都大学の生田宏一教授とのメールのやり取りを交えながら実験の成果とステロイド薬との「付き合い方」について書いていく。

──グルココルチコイドとは、ステロイドホルモンの中でどんな役割を持っているのか。

生田「グルココルチコイドは、極めて多様な作用を持っていますが、活動に備えた体の状態を作るというのが基本的な作用です。血糖値を上昇させる、交換神経(アドレナリン)が働きやすくする、覚醒・認知機能を高める、などの作用の他に、強力な『抗炎症作用』『免疫抑制作用』を持つことが知られています。また、ストレスが加わると、分泌されるという特徴があります(ストレスホルモンの一つ)」

──グルココルチコイドは、ステロイド治療で使われているステロイドか。

生田「巷で『ステロイド』『ステロイド剤』『ステロイド薬』という言葉が使われる場合には、文脈によって異なるものを指しているので注意が必要です。アトピー性皮膚炎の治療で使われる『ステロイド入り軟膏』は、グルココルチコイドです。骨粗鬆症との関連では、2つのケースがあります。まず、グルココルチコイドはさまざまな病気において『ステロイド療法』として使われますが、その副作用として骨粗鬆症を引き起こすことがあります。第2のケースは、女性が閉経後に骨粗鬆症になることが多いのですが、エストロゲンが治療として用いられます(グルココルチコイドではありません)。自己免疫疾患(関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなど)の急性期には『ステロイド療法』としてグルココルチコイドが使われます。またスポーツ競技のドーピングの文脈では、『ステロイド』はアンドロゲンを意味します」

 グルココルチコイドは、我々の副腎皮質から分泌されるホルモンだ。代謝や神経など、多種多様な機能を持つと言われている。免疫系との関係も深いグルココルチコイドには強い免疫抑制作用があり、アレルギーなどの自己免疫疾患の治療などに使われている。

サーカディアンリズムとの関係は

 また、グルココルチコイドの濃度は、1日のサイクルの中で変化することも知られている。我々ヒトの場合、活動を始める早朝にピークとなり、その後、昼間は高い濃度から夜間にかけてしだいに低下し、早朝の前に濃度が高くなってくる。今回の実験では、夜行性のマウスを使ったため、グルココルチコイドの1日の濃度変化はヒトとは逆になる。

 サーカディアンリズム(概日リズム)によってグルココルチコイドの濃度がコントロールされているというわけだが、免疫力も昼間に高く、夜間に低くなることが知られている。今回の研究は、なぜ1日のサイクルで免疫力が変化するのか、そのメカニズムについてグルココルチコイドを調べることで明らかにしたという。

 このメカニズムに大きく関わっているのが、免疫機能を担うTリンパ球(以下、T細胞、Thymus Cell)の活動だ。T細胞とは、胸腺(※4)から分泌される免疫系の細胞で、NK(ナチュラルキラー)細胞もその1つ。このT細胞は、白血球から分泌されるインターロイキン-7(IL-7)というタンパク質(サイトカイン)によって長生きし、生田教授らは、グルココルチコイドにIL-7を作用させるための受容体ができるのを促す作用があることを発見した(※5)。

生田「マウスにおいてグルココルチコイドがT細胞の機能を高めるという現象は、マウスでは濃度が高い夜間に起こっていて、ヒトでは昼間に起こると推測されます。グルココルチコイドのT細胞への作用は、そのメカニズムがマウスとヒトで保存されているので、まだ推測ではありますが、まずその(ヒトでは昼間に起こる)可能性が高いと思われます。

 今回、私たちが報告したのは、日内変動している正常の濃度のグルココルチコイドが非炎症時のT細胞に作用すると、サイトカイン受容体であるインターロイキン受容体(IL-7R)とケモカイン受容体CXCR4を上昇させ、T細胞のリンパ組織(脾臓やリンパ節など)への集積を促すというものです。マウスの場合には夜間に集積しますが、このタイミングで細菌が感染すると、細菌に対するT細胞の反応が高まっています。したがって、T細胞の反応性(=免疫力)も夜が高く昼が低い(ヒトでは逆転)ということになります」

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昼夜という1日のサイクル(サーカディアンリズム、マウスとヒトは逆)により、グルココルチコイドが作用し、IL-7受容体などの発現が強まり、Tリンパ球(T細胞)が脾臓やリンパ節に集まり、昼間(マウスでは夜間)に強い免疫応答が起きる。Via:Akihiro Shimba, et al., "Glucocorticoids drive diurnal oscillations in T cell distribution and responses by inducing interleukin-7 receptor and CXCR4." Immunity, 2018の図を引用改変

──グルココルチコイドに強い免疫抑制作用や抗炎症作用があるのはどういう仕組みなのか。

生田「グルココルチコイドが、炎症時のマクロファージ(貪食細胞※6)に働くと、マクロファージからの炎症性サイトカイン(IL-1β、TNF-α、IL-6など)の産生が低下して、炎症が軽減します。これが、グルココルチコイドの『免疫抑制作用』『抗炎症作用』になります。作用する細胞は、マクロファージだけではなく、それ以外の細胞(好中球など)にも働いていますが、十分に明らかになっているわけではありません」

 リリースによれば、今回の研究により、治療など薬剤によらない通常、我々の身体の中で作られる量のグルココルチコイドが、身体の中で1日のT細胞の循環や応答といった活動量をコントロールすることで免疫力を高める働きを持つことが明らかになったという。

──グルココルチコイドの免疫抑制作用や抗炎症作用と免疫力の強化の関係はどのようになっているのか。

生田「実は、マクロファージや樹状細胞の活性が、T細胞の活性化(免疫反応)を促進しています。ですので、グルココルチコイドがマクロファージの機能を抑える一方で、T細胞の機能を高めるということは、作用の方向としてお互いに矛盾しています。生理的な濃度と、炎症時の濃度、薬理的な濃度の違いのためか? マクロファージに対する未知の作用のためか? この矛盾をどう考えたらいいのかは、今後の重要な研究課題です。

 グルココルチコイドは早朝に濃度が高くなり、活動時の体の準備を促しています。今回の報告は、グルココルチコイドが、活動期に合わせて免疫機能も高めているということになります」

ステロイド療法への影響は

 今回の研究は、我々の身体がごく日常的に作り出しているステロイドホルモンの1つ、グルココルチコイドとその免疫機能への働きについて調べたものだ。生田教授は、高濃度の「ステロイド療法」では、こうした身体で作り出す量の10倍程度の濃度を持続的に維持しながら治療する、という。

生田「(約10倍の濃度のグルココルチコイドを治療投与することにより)体内の生理的な濃度の日内変動は完全に失われていると思われます。このような高濃度では、マクロファージを抑える作用が前面に出るために免疫機能は低下すると、これまで説明されてきました。しかし、今回の研究成果から、そう単純なものでもないのかもしれません。ちなみに『ステロイド入り軟膏』などの外用薬は局所的に作用するため、体内のグルココルチコイド濃度を大きく変化させる働きはありません」

──ステロイドを薬として使う場合、どのような点に注意すべきか。

生田「グルココルチコイドは極めて優れた免疫抑制効果を持っていますので、自己免疫疾患の急性期などに対する薬としてしばしば使われています(他にも、さまざまな重篤な疾患に対して用いられています)。ですので、治療として必要な際には、躊躇せず使うべき薬であります。一方、『ステロイド療法』はさまざまな重篤な副作用を引き起こすことがあり、用量などを慎重にコントロールする必要があります。また、今回の研究成果から、一日の中でステロイドの濃度を変化させることで、何かいい治療法につながらないかという発想もありえますが、治療として使うのは生理的な濃度の10倍程度であることから(生理的な日内変動の範囲を超えていること)、そう単純にはいかないと考えられます。また、医師は急性期の症状をまず抑えることを主眼に治療しており、症状のぶり返しを引き起こす危険性のある、濃度の増減を頻繁におこなうことは避けたいであろうかと思います」

──今回の研究により、ステロイドを使った治療がさらに進化発展する可能性はあるか。

生田「今回の私たちの研究成果は、グルココルチコイドの免疫系に対する多様な機能を明らかにし、ステロイド=免疫抑制 という単純なものではなく、まだまだ未知の機能が隠されていることを期待させます。グルココルチコイドは、細胞質内に存在するグルココルチコイド受容体と結合して作用しますが、作用の仕方には2種類あります。1つは、受容体が2量体化して直接DNAと結合して、標的遺伝子の発現を高めます。今回の報告は、この機序を使っており、グルココルチコイド受容体がIL-7R遺伝子を誘導するのが引き金になっています。もう一つは、グルココルチコイド受容体の単量体が、他の転写因子と結合することで、その活性を抑えるというものです。グルココルチコイドが、マクロファージからの炎症性サイトカインの産生を低下させるのは、この機序になります。もし、2つの機序それぞれに選択的に作用する化合物が得られれば、治療について新たな進展があるかもしれません」

 ステロイドを使った治療の歴史は1929年にまでさかのぼる。副腎皮質から抽出されたステロイドホルモンが、副腎不全の実験動物やヒトに有効とされたのだ。その後、関節リウマチなどの治療にも使われ始め、戦後になってステロイドの研究者がノーベル賞を受賞するなどする。

 だが、まだグルココルチコイドを含むステロイドホルモンについてわからないことも多い。そのため、治療薬としてのステロイドもコントロールの難しい医薬品の一つになっている。

 いずれにせよ、ステロイドは我々の体内で作られている物質でもあり、サーカディアンリズムとその乱れによって影響を受けるのは確かだ。昼夜逆転はマウスならいいが、ヒトでは不規則な生活習慣が続けば免疫力が落ちる。治療薬に頼らないためにも規則正しい生活をするべきだろう。

※1:ステロイド抗炎症薬は、消化器官の炎症や気管支喘息の発作を抑えたり、リウマチやアトピー性皮膚炎、膠原病などの治療、またハブなどの毒蛇やムカデやクラゲに咬まれたり刺された際などに広く使われている。ステロイドは我々の身体の中で作られるホルモンで、抗炎症薬に含まれるグルココルチコイド(糖質コルチコイド、glucocorticoid)もステロイドホルモンの1つだ。また、ステロイドには、アンドロゲン(男性ホルモン)やエストロゲン(女性ホルモン)、黄体ホルモンという性ホルモン(第二次性徴を引き起こす)、腎臓でのナトリウム再吸収を促すアルドステロン(鉱質コルチコイド)などがあり、コレステロールもステロイドの一種だ。

※2:その免疫抑制作用が過剰に出ることで感染症や副腎皮質の機能不全などが起き、骨の量が減ることで骨粗鬆症が、また動脈硬化や脂肪沈着、糖尿病の発症や悪化といった副作用や薬害有害反応が起きることがある。

※3:Akihiro Shimba, et al., "Glucocorticoids drive diurnal oscillations in T cell distribution and responses by inducing interleukin-7 receptor and CXCR4." Immunity, Vol.48, doi.org/10.1016/j.immuni.2018.01.004, 2018

※4:胸腺は胸の内側にある臓器で、Tリンパ球(T細胞)を作り出す。第二次性徴の時期(10代)に大きくなり、その後、急速に老化を始めて小さくなり、70歳までにほぼ脂肪に置き換わってなくなってしまうと言われている。

※5-1:Hai-Chon Lee, et al., "Transcriptional regulation of the mouse IL-7 receptor α promoter by glucocorticoid receptor." The Journal of Immunology, Vol.174, 7800-7806, 2005

※5-2:Shizue Tani-ichi, et al., "Interleukin-7 receptor controls development and maturation of late stages of thymocyte subpopulations." PNAS, Vol.110, No.2, 612-617, 2013

※5-3:Akifumi Abe, et al., "An enhancer of the IL-7 receptor α-chain locus controls IL-7 receptor expression and maintenance of peripheral T cells." The Journal of Immunology, Vol.195, 3129-3138, 2015

※6:マクロファージ(Macrophage)は赤血球の1種で、死んだ細胞やその破片、体内に生じた変質物、侵入した細菌などを食べる。また、免疫機能の一部となっている。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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