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歴史的に女性のほうが「飢饉に強い」ことがわかった

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 飽食の時代と言われているが、世界にはまだ飢餓線上をさまよっている人々がたくさんいる。今は飽食の国々も、ほんの100年くらい前までは天候不順などが起きるとすぐに飢饉になり、医薬が発達していない時代には疫病で多くの人が死んだ。

女性のほうがタフだ

 日本でも江戸時代には飢饉が常態化しており、明治期以降でも十数年おきに大規模な飢饉に見舞われ、コレラや麻しんなどが各地で流行している。江戸時代・天保期の伊達・仙台藩の人口記録を調べた研究(※1)によれば、天保の飢饉(1833〜1839年)により19〜20%も人口が減ったようだ。

 こうした飢饉や疫病の時期、世界的に男性よりも女性の死亡率のほうが低いことがわかっている。1846〜1850年までのアイルランドの大飢饉から1992年のソマリアの飢饉までの世界で起きた19の飢饉を比較した研究(※2)によれば、5つ(不明1含む)以外の14の飢饉で女性の死亡率のほうが低かった。

 女性は特に飢餓に強いようだ。1590〜1630年にイングランド北西部で起きた飢饉の研究(※3)によれば、最も食料がなかった時期に女性が生き延び、その後の病気などに対しても女性のほうが強かったらしい。

 日本でも岐阜県の飛騨地方にある寺の檀家の記録を調べた研究(※4)で、天保年間(1830年代)の女性の死亡率が男性より低く、特に5〜14歳と30〜59歳の男性で死亡率が上昇したことがわかっている。また、飢饉の間に出生率が下がった結果、4歳児までの死亡率も低かったようだ。

 こうした飢饉や疫病に対し、女性のほうが男性よりも強いことを示す最新の研究(※5)が『PNAS』(米国科学アカデミー紀要)に出た。一種のメタアナリシスで、過去に査読付きの学術雑誌に発表された飢饉や疫病と性差に関する7つの研究を吟味している。サンプルにしたのは、以下の6エリア7つの事例だ。

18〜20世紀の飢饉や疫病

 まず、アフリカ西部のリベリアの例だ。米国では1820年にミズーリ協定(The Missouri Compromise becomes law)という奴隷制に関する取り決めが行われ、その結果、アフリカから連れてこられた奴隷の一部がアフリカへ戻ってリベリアを建国した。だが、過酷な船旅や食糧不足、環境変化、疫病の蔓延などにより、人類史上最悪と言われる高死亡率状態が1820〜1843年まで続くことになる。1820年におけるリベリアの死亡率は約43%。出生年余命は女性で2.23年、男性で1.68年だった。

 19世紀初め、カリブ海のトリニダード・トバゴは英国の植民地で、プランテーションにアフリカからの黒人奴隷がいた。1813年と1816年の彼らの年齢や死亡率などについて、0〜1歳児を除く詳細なデータが残っており、それをもとに人口構成を5歳ごとに分けた研究を吟味している。

 旧ソ連のスターリン体制下、1933年にウクライナは未曾有の大飢饉に見舞われたが、農業の集団化や作付け品種の間違いなど、これには人為的な原因も指摘されている。この大飢饉前後のデータもあり、論文の研究者は生存の性差を含む研究を分析対象に加えた。

 異常気象により、1772〜1773年にかけてスウェーデンで大規模な飢饉が起きている。栄養失調に加え、赤痢も蔓延し、死亡率を押し上げた。当時からスウェーデンでは正確な国勢調査が行われ、信頼性の高い研究がある。

 アイスランドを1846年と1882年に疫病が襲った。麻しん(はしか)だ。アイスランドは南部に人口が集中しているが、寒冷な気候と不衛生な環境で麻しんはあっという間に拡がっていった。この流行時に治療に当たった医師が、教会に記録を保存している。

 アイルランドは歴史上、何度か飢饉に襲われている。英国の植民地となっていたこともあり、アイルランドの貧農階級はジャガイモを主食にせざるを得ない状況に置かれていた。ジャガイモが疫病にかかり、1845〜1849年までの間に大凶作になる。英国政府の失政も加わり、この飢饉によりアイルランドの人口は激減した。研究者はこの間の死亡率を分析している。

なぜ女性のほうがタフなのか

 これら飢饉と疫病に関するいくつかの研究を比較してみた結果、母集団の数によっても結果は若干異なるが、トリニダード・トバゴの男女以外で女性のほうが男性よりも死亡率が低いことがわかった。

画像

飢饉と疫病と性差の関係を調べた7つの論文を比較する。赤が女性、青が男性。タテの実線が平均余命。タテの破線は人口の5%が生存できる年齢。トリニダード・トバゴ以外、女性の生存率のほうが男性よりも高い。縦軸が生存率、横軸は年齢。Via:Virginia Zarullia, et al., "Women live longer than men even during severe famines and epidemics." PNAS, 2018

 その理由を研究者はまず、男女で乳幼児の死亡率が異なることが大きいからと説明する。1歳を過ぎると、男女の差はそれほど大きくはなくなるようだ。

 トリニダード・トバゴ以外、女性のほうが男性より寿命が長く、これも死亡率の違いに影響を与えるという。トリニダード・トバゴの結果は、当時の現地で男性の奴隷のほうが価値が高かったからではないか、と研究者は考えている。いずれにせよ、トリニダード・トバゴの奴隷の寿命は短かったようだ。

 麻しんが流行したアイスランドの事例では、乳幼児の死亡率が高く、男女比でいえば女児のほうが男児より死亡率が高かった。これは麻しんが小児疾患であり、麻しんによる影響や生存率に性差があるかららしい。

 子どもがいると両親の死亡率が上がることがわかっているが、これは食料などを子どもに分け与えるためと考えられる。だが、子どもが男児の場合と女児の場合とで、父親と母親の死亡率に違いが出る。男児の場合、両親ともに死亡率が上がるが、女子の場合は母親の死亡率が上がるのに比べ、父親の死亡率はそうでもないという研究(※6)もあるようだ。

 飢饉になると栄養状態が劣化し、下痢などを引き起こすことで体力が失われてしまう。だが、母親が授乳期間中の場合、母乳によって乳幼児が保護されることもある。また、この論文の研究者は、飢饉などの社会的な危機が起きると売春や育児放棄、人口の流動化などが起き、これらも女性の死亡率の低さに影響しているのではないかと考えている。

 筆者は先日、男性のほうがインフルエンザにかかりやすいのではないかという記事を書いたが、オスとメスとで病気のかかりやすさが違うのは、分泌するホルモンが異なっているため、それが免疫系に何らかの影響を与えているのではないかと考えられているようだ。ストレスへの応答では、一般的に「戦うか逃げるか(Fight-or-Flight)」するが、女性は「受け入れて仲良くなる(Tend-and-Befriend)」傾向がある(※7)。

「一姫二太郎」の理由

 自分自身や子どもを守るために軋轢や苦悩を和らげ、人間関係を修復してストレスを緩和する能力は、男性よりも女性のほうに備わっているらしい。これは脳内の神経に作用する内分泌ホルモンであるオキシトシンが、女性で多く出ていることが関係しているのではないか、と考えられている。また、男性は余計なコストをかけるほうが性選択で有利になるため、それにエネルギーをとられ、死亡率が高くなるという説もある。

 ダーウィンに影響を与えた経済学者のトーマス・マルサス(Tohmas Malthus、1766〜1834)は『人口論(An Essay on the Principle of Population、1798)』を書いたが、人間の人口は放っておけばネズミ算式に増え、一方、食料生産力などは比例的にしか増加しないと唱えた。だが、人口に対しては飢饉や戦争、疫病、劣悪な労働環境などが影響を与え、人口増加を抑制する、とも考えた。

 飢餓や病気に対し、女性のほうが男性よりもタフで耐久力があることは確かだ。古今東西の飢饉からそれがわかるが、よく一姫二太郎などという。精子の数は膨大だが卵子の数は限定的だ。やはり女性の生存率を上げておいたほうが種としては得策なのだろう。

※1:高木正朗、新屋均、「飢饉と人口変動─天保期・仙台藩の「郡方」「村方」人口推計─」、立命館産業社会論集、第48巻第1号、2012

※2:Kate Macintyre, "Famine and the Female Mortality Advantage.", Tim Dyson, et al., "Famine Demography- Perspectives from the past and Present." Oxford University Press, 2002

※3:Jonathan Healey, "Famine and the female mortality advantage: sex, gender and mortality in northwest England, c. 1590-1630." Continuity and Change, Vol.30, Issue2, 153-192, 2015

※4:Ann Bowman Jannetta, "Famine Mortality in Nineteenth-Century Japan: The Evidence from a Temple Death Register." Population Studies, Vol.46, Issue3, 1992

※5:Virginia Zarullia, et al., "Women live longer than men even during severe famines and epidemics." PNAS, doi/10.1073/pnas.1701535115, 2018

※6:Stephan Klasen, "Marriage, Bargaining, and Intrahousehold Resource Allocation: Excess Female Mortality among Adults during Early German Development, 1740-1860." The Journal of Economics History, Vol.58, Issue2, 432-467, 1998

※7:Shelley E. Taylor, et al., "Biobehavioral Responses to Stress in Females: Tend-and-Befriend, not Fight-or-Flight." Psychological Review, Vol.107, No.3, 411-429, 2000

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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