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なぜ日本は「たばこ規制枠組条約」を遵守できないか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
写真:筆者撮影

 日本は「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(たばこ規制枠組条約、WHO Framework Convention on Tobacco Control、以下、FCTC)」の締約国だ。FCTCは2005年2月27日に発効している。この条約により、日本でも発効に先んじてタバコ広告規制を強化(テレビなどの広告原則禁止など。2004年3月、財務省の指針)を行い、発効後の2005年にはタバコのパッケージに文字による注意文言を表示した。

WHOの「MPOWER」とは

 さらに2006年からは禁煙支援として禁煙治療を保険適応とし、2008年7月からタバコ業界の自主的取り組みとしてtaspo導入により未成年者への販売が規制強化されるなどした。依然として努力義務だが、事業者は2015年6月1日から職場で受動喫煙防止対策をしなければならなくなっている。

 また、世界保健機関(以下、WHO)では「MPOWER」というタバコ対策を締約国に求めている。これはFCTC締約国が条約を遵守するために効果的な政策や対策をWHOがまとめたものだ。

M(Monitor):タバコ使用と予防政策のモニター。

P(Protect People from Tobacco Smoke):受動喫煙から保護。

O(Offer Help to Quit Tobacco Use):禁煙支援。

W(Warn about Dangers of Tobacco):喫煙の危険性についての周知啓蒙。

E(Enforse Bans on Tobacco Advertising, Promotion and Sposorship):タバコ広告や販促活動などの禁止法令整備。

R(Raise Taxes on Tobacco Products):たばこ税の値上げ。

 FCTCやこのMPOWERの効果はかなり強く出ていて、FCTC締約国で3年間(2006年から2009年)の比較した研究によれば男性で1.07%、女性で1.04%それぞれ喫煙率を下げていた(※1)。また、10年間(2007年から2014年)の評価によると、MPOWERの施策実行によって喫煙原因の疾患死亡数を大きく減らすことがわかっている(約2200万人減、※2)。FCTC締約国がMPOWERなどの公衆衛生政策を実行すれば、2030年までにがんや呼吸器系疾患、心血管疾患などの非感染性疾患の死亡率を1/3に減らせるかもしれないと言われている(※3)。

 日本でも喫煙率の調査は国民生活基礎調査や国民健康・栄養調査などで把握され、健康増進法の改正(受動喫煙防止条例策定)に動くなど、健康日本21(第二次)による目標(成人喫煙率を2022年までに12%へ)を目指してタバコ対策がとられてきた。また、政府各省庁が連携する「たばこ対策関係省庁連絡会議」が設置され、2010年に神奈川県で、また2013年には兵庫県でそれぞれ受動喫煙防止条例が施行され、来年度からタバコ増税も予定されている。

どうなる「たばこのない五輪」

 だが、前述した通り、職場(飲食店も)での受動喫煙対策は努力義務のままであり、国レベルの受動喫煙防止法案も足踏み状態が続き、改正案の中身がどうなるか不透明だ。たばこ対策関係省庁連絡会議も2013年を最後に開かれておらず、厚労省主導など行政によるタバコの健康被害を広く周知するメディアキャンペーンもほとんど行われていない。さらに、広告規制があるのにも関わらずテレビや大手新聞では依然としてJTなどのタバコ会社がCMなどを流しているし、タバコ増税されたとしても日本のタバコ価格は欧米に比べてまだまだ安い。

 世界的にみてもFCTC締約国の中でみても、日本のタバコ対策はお粗末で遅れているのが現状だ。また、2020年には東京オリパラが開かれるが、国際オリンピック委員会(IOC)が求めている「たばこのない五輪」の基準を満たすだけの受動喫煙防止条例ができるかどうか微妙な状態でもある。

 前述したMPOWERを含む各国のタバコ対策では、WHOがFCTC締約国それぞれについて評価している。日本と各国を比較すると下の表のようになる。ここに禁煙施設(受動喫煙防止)規制などは入れていないが、目立つのは無料の電話相談(クイットライン)の未整備とメディアキャンペーンの有無、タバコのパッケージの表示面積だろう。

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WHOが2017年に出した「WHO REPORT ON THE GLOBAL TOBACCO EPIDEMIC, 2017〜Monitoring tobacco use and prevention policies」より。表中の「─」は無回答、喫煙率は過去の一定期間内に1本でも吸ったことのある割合、メディアキャンペーンと広告規制は各国で内容が異なるので一概に比べられない面もある。表作成:筆者

 禁煙支援は、禁煙外来などを含めてニコチンパッチやバレニクリン(チャンピックス)といった薬による治療だけでは効果が薄いことがわかっている。喫煙者には、薬と同時にカウンセリングなどの心理的なサポートによる治療が必要だ。そのためにも無料の電話相談(クイットライン)に効果がある。

 国立がん研究センターは一時期、クイットラインを試験的に運用したことがあったが、今では行われていない。こうした無料の禁煙相談は地方自治体などにまかされているが、実用的に運用されているものはほとんどないのが現状だ。

 さらにテレビなどのマスメディアを通じた行政からの禁煙キャンペーンも重要で、タイや韓国などのFCTC締約各国が積極的に取り組んでいる。日本でも内閣府がタバコの害を広めるためのテレビCMを作ったことがあったが、一回だけの短期間で放映が終わってしまい、再放映の予定は今のところない。

国際条約を遵守できない日本

 FCTCの内容を実質的な規制として運用するのは、締約国政府の裁量にまかされている。受動喫煙防止強化についてもそうだが、日本政府はFCTC締約国なのに条約を本気で遵守する姿勢に欠けているのではないだろうか。

 その理由はタバコ税収などいろいろあるが、最も大きいのは政府(財務大臣)が日本たばこ産業(以下、JT)の株を33.35%も保持していることだ。旧大蔵省・財務省出身の議員らは、財務省の「省益」であるJTからの配当利益(タバコ利権)を守るため、受動喫煙防止強化などの法案に反対してきた。

 2020年の東京オリパラで要請されている受動喫煙防止基準もそうだが、国際条約で取り決めたことを遵守しないというのは国家の信用問題にもなる。上記のMPOWERのどれも、日本の現状は国際的な水準から大きく遅れていることを自覚したほうがいい。

※1:Jolene Dubray, et al., "The effect of MPOWER on smoking prevalence." BMJ, Tobacco Control, Vol.24, Issue6, 2015

※2:David T Levy, et al., "Seven years of progress in tobacco control: an evaluation of the effect of nations meeting the highest level MPOWER measures between 2007 and 2014." BMJ, Tobacco Control, Vol.27, Issue1, 2018

※3:Shannon Gravely, et al., "Implementation of key demand-reduction measures of the WHO Framework Convention on Tobacco Control and change in smoking prevalence in 126 countries: an association study." Lancet Public Health, 2: e166-74, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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