Yahoo!ニュース

野良イヌは人間と暮らせるか〜京都で子ジカ襲う

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:アフロ)

 来年の干支はイヌだが、京都府で今年(2017)の夏頃からシェパードと思われる野良イヌが出没し、シカを狩っている様子などが観察されて問題になった。同じ犬かどうか不明ながら、12月下旬にも子ジカを襲っている野良イヌが報告され、警察官が駆けつける騒ぎになっている。

 この野良イヌは山中へ逃走し、地元保健所は捕獲用のワナを仕掛けているがまだ捕まっていない。シェパードなどが野犬化すると、賢いのでワナには滅多にかからないという。周辺住民は要注意だ。

野良イヌも人間との関係を修復できる

 京都で子ジカを襲っていた野良イヌは、おそらく成犬後に捨てられたか飼い主のもとから逃走したのだろう。このように成熟した飼いイヌが野良になった場合、人間のもとへ帰って前のような飼いイヌに戻ることができるのだろうか。

 飼いイヌの研究はたくさん行われてきたが、野良イヌについての生態や行動の研究はそれほど多くない。これまで主にインドやネパールの研究者が野良イヌを調査してきた。

 インド科学教育研究大学などの研究者の生態研究(※1)によれば、野良イヌの多くは単独で残飯あさり(スカベンジャー)をし、まれにランダムに群れを組む。だが、餌を探すために群れを組む場合はランダムではなく、成犬の場合は交尾のシーズンにオスメスで群れ、性成熟前の若いイヌの場合は交尾ではない特定の目的で群れる傾向にあるようだ。

 また、インド科学研究大学などの別の研究者による野良イヌの食べ物についての研究(※2)では、インドの野良イヌは人間の残飯を食べることが多いが、それは炭水化物や魚、果物ばかりで肉類などのタンパク質にはほとんどありつけないことがわかっている。また、野良イヌが多いため生存競争は激しく、幼犬のころから人間が与える残飯の争奪戦を繰り広げながら育つ。

 こうした過酷な環境下でインドの野良イヌは、残飯あさりを効率的にするため、肉類などのタンパク質に対するオオカミ時代から受け継いできた遺伝的な嗜好を抑え、我慢しつつ炭水化物の多い餌に適応しているようだ。

 餌に対する可塑性や融通無碍な適応が示すとおり、イヌは野良になっても人間に家畜化された過去を忘れず、オオカミの遺伝子を抑え込むことができる、ということになる。京都で子ジカを狩っていた野良イヌは、オオカミの遺伝子がよみがえったのだろうか。

 これもまたインド科学研究大学の別の研究者の論文(※3)だが、インドの野良イヌを幼犬群(生後4〜8週)、性成熟前の若い個体群(生後50週前後)、成犬群と年齢別に3群に分けて人間の単純な指示(指差しジェスチャー)にどう反応するか調べてみたところ、幼犬群ではまだ人間の指示をあまり理解できず、若い個体群と成犬群では理解はできるが最初は共通の人間に対する不信の反応を示した。

 だが、若い個体群では、人間に不信感は持ちつつ餌をもらうと依存する傾向があり、成犬群では明らかに餌によって態度を変えることがわかったと言う。幼犬の場合、人間とのコミュニケーションで指示に反応する能力を獲得していくが、若い個体や成犬でも触れ合う時間や人間から受けた良好な経験が増えれば人間への反応が変化する。

 つまり、野良イヌでも人間と一緒に暮らすことができる可能性が明らかになったというわけだ。これは同じ研究者による実験でも確かめられており、野良イヌでも人間と社会的な関係を構築し、餌のやり取りを介在せずとも愛情と信頼を持つ傾向があることがわかっている(※4)。

 インドには野良イヌが多く、野良イヌの死因の多くが人間による殺害だ(※5)。上記の研究では、幼犬の頃から人間に虐待を受けてきたインドの野良イヌでも、長期的な関係を築けば人間と一緒に暮らすことができることがわかった。

 京都で子ジカを狩っていた野良イヌも同じだろう。驚かされたり窮地に追い込まれたりして人間に危害を加えれば、すぐに殺処分の対象になってしまう。早く捕獲されて人間との関係を思い出させるようになればいいと思う。

減ってきた野良のイヌやネコの殺処分

 東京などの都会で暮らしているとピンとこないが、依然として野良イヌのいる地域がまだ日本には多い。世界の野良イヌの数を調査した複数の研究を調べたシステマティックレビューによれば、1平方キロメートルあたりそれぞれスペインのヴァレンシアが1304頭、東ベンガルが1859頭、ネパールのカトマンズが2930頭の一方、ブラジルのサンパウロ、インド中央部や中西部、インドのムンバイなどでは1平方キロメートルあたり10頭以下となっている(※6)。

 調査方法や調査対象などの違いもあるのだろうが、各地域でかなりの違いがあり、野良イヌの数の把握が難しいことがわかる。複数の調査からの推計では全世界のイヌの約80%が野良イヌと考えられているが、日本では狂犬病も国内発症例は1956年以降ない(ネコからの感染例は1957年が最後)し、後述するように野良イヌや野良ネコの数は減り続けている。

 環境省や自治体は殺処分ゼロを目指し、野良イヌや野良ネコの保護と引き取り・譲渡などと同時に飼い主への啓発活動を行ってきた。入り口と出口というわけで、イヌとネコの引取り数はこの20年で激減し、10年ほど前から殺処分率が下がりはじめて2015年には約60%になっている。

 こうした行政の努力や飼い主の意識の変化などが奏功し、神奈川県などはほぼ殺処分ゼロに近くなっているが、全国ではまだイヌで1万頭以上、ネコで6万頭以上が殺処分されている。この中には、引取り先がなく残念ながら殺処分されるイヌやネコが約5万頭いて、攻撃性のある個体や治療で治る可能性が低い病気にかかった個体などは仮に引取りや譲渡先があっても殺処分されてしまうケースも多い。

画像

イヌ・ネコの殺処分率の推移。2015年の2015年の殺処分数は約8.3万頭(イヌ約1.6万頭、ネコ約6.7万頭)、また引取り数はイヌ約4.7万頭、ネコ約9万頭となっている。殺処分には、動物福祉の観点から安楽殺などが必要なもの、収容後に自然死したものが含まれる。「動物愛護管理行政事務提要(平成28年度版速報値)」より。環境省の中央環境審議会動物愛護部会:第44回(2017年3月17日)の資料「動物愛護管理行政の最近の動向について」から。

 また、行政に保護されたイヌやネコでは、飼い主(所有者)に引取られた割合がそれぞれ14%と16%であり、野良イヌや野良ネコを増やさないことが重要だ。例えば、引取りされた個体の成熟度をみるとイヌでは成熟した個体が多いのに比べ、ネコでは幼齢の個体が多くなっている。これはイヌは成熟した後に捨てられることが多く、ネコは去勢されていない個体から生まれた子ネコが多いのが原因だ。野良イヌや野良ネコ対策では、この入り口がより重要だろう。

画像

イヌ・ネコの引取り数の内訳。所有者不明の野良イヌや野良ネコが多く、イヌでは成熟した大人の個体が、ネコでは子ネコが多いことがわかる。「動物愛護管理行政事務提要(平成28年度版速報値)」より。環境省の中央環境審議会動物愛護部会:第44回(2017年3月17日)の資料「動物愛護管理行政の最近の動向について」から。

 京都の野良イヌは、捨てられたり逃走したのかもしれないが、夏からのインターバルを考えると、時折、飼い主が放し飼いにしている可能性も捨てきれない。いずれにせよ、自分や家族が捨てたり逃げたりしたイヌかもしれなければ、すぐに警察や保健所へ連絡して欲しいと思う。

※1:Sreejani Sen Majumder, et al., "To be or not to be social: foraging associations of free-ranging dogs in an urban ecosystem." acta ethologica, Vol.17, Issue1, 1-8, 2014

※2:Anandarup Bhadra, et al., "The Meat of the Matter: 1 A thumb rule for scavenging dogs?" Ethology Ecology & Evolution, Vol.28, Issue4, 2016

※3:Debottam Bhattacharjee, et al., "Free-ranging dogs show age related plasticity in their ability to follow human pointing." PLOS ONE, DOI: 10.1371/journal.pone.0180643 July, 17, 2017

※4:Debottam Bhattacharjee, et al., "Free-ranging dogs prefer petting over food in repeated interactions with unfamiliar humans." Journal of Experimental Biology, Vol.220, 4654-4660, 2017

※5:Manabi Paul, et al., "High early life mortality in free-ranging dogs is largely influenced by humans." nature, Scientific Reports, 6, No.19641, 2016

※6:Vinicius Silva Belo, et al., "Population Estimation Methods for Free-Ranging Dogs: A Systematic Review." PLOS ONE, DOI:10.1371/journal.pone.0144830 December, 16, 2015

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事