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食べ物を誤って飲み込む「誤嚥」どう予防するか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 この時期、年末年始は会食の機会も増え、生活のリズムも崩れがちだ。こたつに入りながら不自然な姿勢で物を飲んだり食べたりすると、むせたりして誤飲や誤嚥(以下、誤嚥)のリスクも高まる。

誤嚥は高齢者で要注意

 まず最初に、今回の記事では誤嚥について書いているが、起きたときの対処法や治療などについて述べてはいない。また、乳幼児や寝たきりの高齢者、要介護者、医療施設などに入院中の病人を対象にしていない。後半のインタビュー部分も含め、あくまで日常的な留意点や予防などについて高齢者を含めた健常者を想定している。

 人間が口から物を食べたり飲んだりする以上、基本的に誤嚥のリスクは誰にでも必ずある。筆者には正月2日に誤嚥により36歳で亡くなった友人がいるが、高齢者にだけ起こる事故ではない。

 ただ、高齢者の場合、誤嚥により肺炎(誤嚥性肺炎)のリスクが高くなる。誤嚥によって物が気管に入って細菌が繁殖し、肺炎を引き起こすことがあるが、高齢者の肺炎の70%以上は誤嚥性のものとされ、元気でもお年寄りの誤嚥には特に注意したい。

 誤嚥性肺炎で言えば、喫煙をすると肺炎やインフルエンザ、結核などにかかるリスクが約2倍になることがわかっている(※1)。これは喫煙により肺の機能が弱くなっているせいだ。今の高齢者が若かった時代、喫煙率は70%を越えるほど高かった。

 高齢になって弱まった肺の機能に、現在や過去の喫煙体験が影響を与えている可能性もある。ようするに、喫煙者が誤嚥すると、そうでない場合より誤嚥性肺炎のリスクは高くなるということだ。

 誤嚥は、フェールセーフの観点から、まず予防することが重要となる。基本的に誤嚥とは、物を飲み込む(嚥下)する際、本来なら食道から消化器官へ送られるが、それが誤って気道へ入ってしまうことを言う。頭の位置や角度、姿勢などによって気道が閉鎖できず、これが誤嚥につながることが知られている(※2)。

 生物が物を飲み込む仕組みというは、とても巧妙かつ複雑にできている(※3)。呼吸することと物を食道へ送ることを巧みに両立させているわけで、この仕組みのタイミングや機能が少しでもおかしくなれば誤嚥のリスクは高くなるだろう。

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物を口に入れて咀嚼し(a)、口中の舌(下部)と軟口蓋(なんこうがい、上部)の動きで喉の奥のほうへ物を移動させ、軟口蓋で鼻腔を塞ぎつつ嚥下する(b)。喉の奥には喉頭蓋(こうとうがい)があり、気管に蓋をしつつ物を食道へ導く(c)。色の濃い部分が食べ物などを示す。Via:K Matsuo, et al., "Cyclic motion of the soft palate in feeding." Journal of Dental Research, 2005

笑いやカラオケで予防する

 この複雑な仕組みは姿勢などが正しくないとうまく作動できない。寝たまま飲食すると、むせたりするのはそのせいだ。以下は、誤嚥をしにくくする予防などについて詳しい辻村肇氏に聞いた。

──誤嚥や嚥下障害は、どのような場合に起きやすいのでしょうか。

辻村「脳梗塞やパーキンソン病などの脳や神経・筋疾患では、嚥下のメカニズムに支障が生じ、誤嚥や嚥下障害が起こることが多いです。しかし、このような誤嚥や嚥下障害の原因は、病気だけでなく、嚥下を司っている脳神経や口腔や咽喉周辺の筋肉が衰えてくる『加齢』によって起こります」

 

──食事の内容、時間帯、加齢、体位などに関係はありますか。

辻村「食べ物を飲み込んだ時、気管に食べ物や唾液が流れ込まないように、気管の入り口にある喉頭蓋(こうとうがい)という蓋が閉まります。この蓋のタイミングがずれてしまうと、誤嚥を引き起こしてしまいます。加齢による嚥下機能への影響については、嚥下回数が減少することで嚥下に関わる筋肉が衰えることです。頭が十分覚醒していない寝起きなどは、口腔や咽喉周辺の筋肉もスムーズに動きにくく、誤嚥のリスクが高まります。また、液体やツルっと喉に入るもの、パサパサして飲み込みにくいもの、口にくっつきやすいものは、誤嚥しやすい食べ物です。飲食時、首を後ろに反らした(顎が上に向いた)姿勢をとると、気道が開くために誤嚥の危険がさらに高くなります」

 

──独居の高齢者などに対し、誤嚥防止の注意点などはありますか。

辻村「高齢になってくると、嚥下回数が減少してきます。空嚥下を増やすためには、日頃から坐位姿勢で生活をすることをお勧めします」

──誤嚥を防ぐために、特に推奨される行動・運動・生活習慣はありますか。

辻村「一般的には、食事前の準備体操として嚥下体操を実施することをお勧めします。全身や前頸筋群、舌に関与する首を中心とした筋肉をリラックスさせる体操です(5分程度)。それ以外では日常生活で行なっている『笑い』が効果的です。この笑いと嚥下機能との関係性に付いては論文(※4)で発表していますのでご参照ください」

──コントや落語といった「お笑い」はどう楽しめば嚥下機能を強化できますか。

辻村「年齢やその方に応じた、芸人さんの漫才、落語、コントなどを見てもらえれば、自然な笑いがでるのではないかと思います。毎日、会話して大爆笑をして生活している方々は、比較的に嚥下障害になりにくいです」

──高齢者や要介護者の周囲の人間は、どのような点に気をつければいいですか。

辻村「風邪と同じで、予防が大切となります。嚥下障害が重度になってしまいますと、病院で手術や薬で治療しなければなりません。そうならないためにも予防が大切となります。普段の生活で楽しく予防できるのが、『会話』『笑い』『カラオケ』であると思います。また、要介護者の介護を行うには、窒息や誤嚥性肺炎を予防するために、食事をする体位や食事の食べさせ方、咳や声の状況の観察、誤嚥性肺炎を防ぐ基本的知識と技術を身につけておくことが必要だと思います」

辻村肇(つじむらはじめ):鳥取市医療看護専門学校教務部長。工学博士。認定作業療法士、介護支援専門員、日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、福祉用具プランナー、レクリエーションインストラクター、高等学校教員免許(専修免許)。QOL向上を目指した生体情報の無拘束モニタリング技術:1)口腔咽喉音分析に基づく口腔機能の評価と応用(高齢者の嚥下機能):2)笑いと科学と健康:3)福祉用具の開発などを行っている。連絡先:h-tsujimura@tcmn.ac.jp

※1:Brian D. Carter, et al., "Smoking and Mortality- Beyond Established Causes." The New England Journal of Medicine, Vol.372, 631-640, 2015

※2:O. Ekberg, "Posture of the Head and Pharyngeal Swallowing." Acta Radiologica, Vol.27, Issue6, 1986

※2:大前由起雄ら、「誤嚥防止に対する姿勢指導の有効性」、日本耳鼻咽喉科学会会報、100巻、220-226、1997

※3:K Matsuo, et al., "Cyclic motion of the soft palate in feeding." Journal of Dental Research, Vol.84(1), 2005

※3:Koichiro Matsuo, et al., "Coordination of mastication, swallowing and breathing." Japanese Dental Science Review, Vol.45, 31-40, 2009

※4:辻村肇ら、「嚥下体操・カラオケ・笑いがもつ嚥下時間間隔の評価(第1報)─介護老人保健施設入所者を対象に」、作業療法ジャーナル、47巻、13号、1496-1501、2013

※2017/12/30:4:50:タイトルを変更した

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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