加熱式タバコ「禁煙補助」説の真偽

(写真:ロイター/アフロ)

 先日、加熱式タバコ(加熱式たばこ)の問題を整理する、という記事を上げた。最後の脚注の部分で、加熱式タバコや電子タバコを含む新型タバコの「ハームリダクション(harm reduction)」効果の評価について少し述べている。

「まだまし」なハームリダクション

 ハームリダクションとは、より害の少ない代替策や代替品で害を避ける、という考え方だ。害毒・危害(harm)を軽減する(reduction)という意味で、薬物中毒などの害を少しでも避けるために採られる多種多様な手段、ということになる。

 中毒や嗜癖行動からどうしてもすぐに逃れられない使用者や患者のため、明らかにわかっている害を避けることができれば、事前の策を採ることもやむを得ない、というわけだ。タバコの例で言えば、タバコに含まれる有害物質をより少ない量に軽減したり害の少ない使用法に転換するようなことを言う。

 冒頭の記事の中で紹介した日本で発売されている海外の加熱式タバコ、例えばフィリップ・モリス・インターナショナル(以下PMI)のアイコスブリティッシュ・アメリカン・タバコ(以下BAT)のグローについて、両社は「禁煙製品」と位置づけている。つまり、それらの使用を経て最終的にタバコを止めることを目的とした製品、と主張しているのだ。

 PMIにせよBATにせよ、加熱式タバコによる健康へのリスクは低いから従来の紙巻きタバコよりずっと安心安全、という販売戦略を採っている。喫煙者の禁煙を後押しし公衆衛生に寄与する、という製品の位置づけはまさにハームリダクションの発想だ。ちなみに日本の日本たばこ産業(以下JT)は、同社のプルーム・テックを明確な禁煙補助製品とアナウンスしてはいない。

議論が分かれるハームリダクション説

 加熱式タバコやニコチン添加式電子タバコなどの新型タバコが、いったいハームリダクションとして利用できるのかどうかについては、医療従事者や研究者らの間でも議論が大きく分かれている。

 英国の医学雑誌『BMJ』は2016年4月28日付のプレスリリース(※1)で、電子タバコとニコチンを含まない製品にはハームリダクション効果がある、と発表した。また、オランダの国立公衆衛生環境研究所(RIVM)も2016年に同様の報告書(※2)を出している。

 これらの意見は、ニコチンの害はタバコに含まれる他の有害物質より「まだまし」という立場だが、ニコチンの有害性についても研究者によって見解はかなり異なる。有毒なアルカロイドであるニコチンは、血管収縮や血圧上昇、脈拍の増加などを引き起こすことにより心血管疾患などのリスクを高め、肺がんを悪化させることがわかっている。また、インスリン抵抗性を生じさせることもあるため、糖尿病になりやすくする。

 英国では『BMJ』の論調のように、電子タバコを積極的に禁煙に利用するべき、という意見を持つ研究者が増えてきているようだ。ちなみに、英国ではニコチンを添加したタバコ葉を使わない電子タバコが一般的で、アイコスやグローの使用者は少ない。だから、上記はニコチン添加電子タバコを念頭に置いた意見だ。

 また、日本を含めた欧米の医薬系学会誌や学術雑誌の多くは、すでにタバコ関連企業から研究資金を受けた論文の掲載検討をしていないが、そうした雑誌は電子タバコについても同じ基準を当てはめるべきという意見(※3)が一般的だろう。だが、電子タバコのハームリダクション効果についての論文には、少なからずタバコ会社の研究者によるものやタバコ会社から研究支援を得たものが混じっていることにも注意したい。

 一方、英国やオランダに比べると米国やカナダの研究者は、新型タバコのハームリダクション効果に懐疑的だ。むしろ、若年層を中心にした喫煙への「ゲートウェイ」、つまり紙巻きタバコを吸う本格的な喫煙に誘導する装置なのではないか、という意見が多い。

 例えば、米国のミシガン大学の研究者による高校生を対象にした調査では、電子タバコ(加熱式タバコではない)を吸引した使用者は、電子タバコを経験しなかった喫煙者よりも翌年に紙巻きタバコを吸う割合が4倍多いことがわかった(※4)。また、カナダのウォータールー大学の研究者が7歳から12歳の生徒を対象にして調査したところ、電子タバコの経験者が紙巻きタバコに移行する割合は、そうでない者より2.16倍高いことがわかったと言う(※5)。

 日本の国立がん研究センターも最近、新型タバコのハームリダクション効果についてリリースを発表した(※6)。これによれば、電子タバコ使用の禁煙効果は低く、電子タバコは禁煙成功確率を約1/3低下させることがわかった。一方、禁煙外来で非ニコチン代替薬による治療を受けた喫煙者の禁煙成功確率は、受診しなかった喫煙者の約2倍になった、と言う。

 ただ、論文中で筆者らが自認している通り、この調査における電子タバコは質問票で単に「電子タバコ」としているだけなので加熱式タバコとは限らない。日本ではニコチン添加式の電子タバコはほとんど利用されておらず、電子タバコという問いに対する回答はおそらくほとんど加熱式タバコを含んではいないだろう。

タバコ会社はニコチン中毒喫煙者を離さない

 いずれにせよ、ハームリダクションの問題は意外なところに影響が出る。例えば、たばこ税についても加熱式タバコで議論がある。加熱式タバコは禁煙へ移行させるために必要なハームリダクション製品とタバコ会社は定義し、そのため税制も従来の紙巻きタバコとは別として考え、課税率は軽減されるべきと主張しているのだ。

 本来、喫煙行動におけるハームリダクションという方法は、すでに喫煙を始めていて強いニコチン中毒になってしまった喫煙者に対して行われるものだ。ハームリダクションに効果があるからといって、新型タバコを容認すれば、まだ喫煙習慣のない未使用者や若年層までニコチン中毒にしてしまう危険性がある。

 筆者は、タバコ葉を使った加熱式タバコやニコチン入り電子タバコを含む新型タバコは、新たなニコチン伝送システムとしてタバコ会社がニコチン中毒者である顧客を手放さないための戦略製品、若年層など新規顧客を呼び込む導入製品と思っている。もしそうなら、これらが禁煙を目的にしたハームリダクション製品であるはずはない。

 ニコチン中毒の喫煙者は、自分の脳が満足するまでニコチンを欲する。いわゆる紙巻きタバコの「低タールでライトなタバコ」と称されるものを肺の奥まで深く吸い込むことで肺腺がんが多発したように、加熱式タバコの吸い方でこれまで知られていなかった病気にかかる可能性もある。

 こうなれば、もはやハームリダクション以前の問題だろう。禁煙外来という治療方法があるのだから、もし本当に禁煙したいのなら加熱式タバコなどに手を伸ばさないほうがいい。

※1:"New report shows electronic cigarettes are beneficial to UK public health." The BMJ, 28, April, 2016

※2:Y. C. M Staal, R. Talhout, "Alternatieve tabaksproducten: harm reduction?" RIVM Briefrapport 2016-0130

※3:David M. Shaw, et al., "Should academic journals publish e-cigarette research linked to tobacco companies?" ADDICTION, Vol.111, Issue8, 2016

※4:Richard Miech, Megan E Patrick, Patrick M O'Malley, Lloyd D Johnston, "E-cigarette use as a predictor of cigarette smoking: results from a 1-year follow-up of a national sample of 12th grade students." BMJ journals, Tobacco Control, 2017

※5:Sunday Azagba, Neill Bruce Baskerville, Kristie Foley, "Susceptibility to cigarette smoking among middle and high school e-cigarette users in Canada." Preventive Medicine, Vol.103, 2017

※6:Tomoyasu Hirano, et al., "Electronic Cigarette Use and Smoking Abstinence in Japan: A Cross-Sectional Study of Quitting Methods." International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.14, 202, 2017