「加熱式タバコ」問題を整理してみる

写真:撮影筆者 某飲食店に置かれたポップ広告。タバコ会社はこういうPRをする。

 東京オリパラに備え、千葉市も受動喫煙防止条例を策定するらしい。すでに東京都では10月に子どものための受動喫煙防止条例が成立し、都として罰則も盛り込んだ受動喫煙防止条例の今年度中成立を目指して動いている。市町村レベルの受動喫煙防止条例としては北海道美唄市のものがあるが、同市の条例で飲食店や風営店は対象外だ。

 こうした受動喫煙防止条例では、従来の紙巻きタバコによる健康への害はよく周知されていて賛成意見が多い。だが、都のパブコメでも取り上げられているように「加熱式タバコ」など新型タバコをどうするか、という問題が出てくる(※1)。議論は主に2つだ。

・健康への害があるのかないのか

・では受動喫煙についてはどうか

 受動喫煙防止条例の根拠は、喫煙の自由は認めつつ、タバコ煙が非喫煙者の健康に害を及ぼすから規制する、というものだ。もし加熱式タバコから出る煙なり蒸気なりエアロゾルなりに健康への害があるのなら、紙巻きタバコと同様、規制されるべきだろう。それがないのなら、規制対象から外されるべき、ということになる。

情報の非対称性

 タバコ会社は「従来の紙巻きタバコに比べれば加熱式タバコからは害がほとんど出ない」としている。例えば、日本たばこ産業(以下、JT)の「プルーム・テックに関する情報提供」という資料(以下、PT情報)(PDF)では、タバコ葉を燃焼しないので煙(主流煙)も受動喫煙に関係する副流煙も発生しないとし、周囲の人間の健康に対して実質的な影響を与えない、とする。その一方で同じ資料に「プルーム・テック専用のたばこカプセルはたばこ製品です。たばこ製品の使用には健康へのリスクが伴います。本資料は、プルーム・テックの使用に伴う健康上のリスクが他のたばこ製品と比べて小さいことを説明するものではありません。」とある。

 フィリップ・モリス・インターナショナル(以下、PMI)のアイコスはプルーム・テックとは加熱機構が異なるが、ホームページでは同様に「燃焼がないので、有害化学物質のレベルはたばこの煙に比べて大幅に減少します。」と書いている。

 JTのプルーム・テックについては、その健康への害が低いことを述べた論文の多くが横浜市青葉区にある研究所の研究者から出ていたりする。だが、例えば最近の研究論文(※2)でも、加熱式タバコからシックハウス症候群の原因にもなる毒性の強いホルムアルデヒドが微量ながら検出されていて、これは前述のPT資料にも記載されている事実だ。

 受動喫煙に影響のある発生エアロゾルはどうだろう。微粒子はPM2.5でもおなじみだが、加熱式タバコから出る総粒子状物質(TPM)は紙巻きタバコよりも多く出ていたりする(ミリグラム:91.7±7.1:44.5±2.0)。だが、これは主に水蒸気らしい。一方、刺激性のある物質で環境中へ大量に放出されると毒性を帯びることがわかっているプロピレングリコール(propylene glycol)は、加熱式タバコのほうがかなり多い(ミリグラム:44.0±3.8:0.024±0.007)。

  こうした主張は、全て製造するタバコ会社から出ているが、一方、公衆衛生の研究者や研究機関が加熱式タバコの健康への害を調査研究し始めたのはそれほど前からではない。今のところ、加熱式タバコからの発生物質を分析した論文で主要な学会誌に掲載されたものは、スイスの研究者によるアイコスについてのもの(※3)がある程度だ。この論文によれば、PMIのアイコスからニコチンやホルムアルデヒド、毒性の強いアクロレイン(acrolein)などが紙巻きタバコよりやや少ない量(~84%)で検出されている。

 紙巻きタバコとどれだけ混在して使用されているかわからない加熱式タバコの健康影響だけを取り出し、疫学的統計を取ることは現実的ではないだろう。さらに、最近になって多くの人が吸い始めたため、健康への影響がはっきりと出るのはまだかなり先のことだ。つまり、加熱式タバコの健康への影響について、その情報には強い非対称性、つまり一方からだけの情報が極端に多いという偏りがあることになる。

タバコ会社の情報を信じられるか

 これまでの長い歴史の中、タバコ会社は喫煙の健康への悪影響を知りつつ、隠蔽し、安全と嘘をついてきた。この事実は、タバコ会社を相手取って起こされた多くの裁判で明らかになっている。

 日本やスイスなどで販売されている加熱式タバコは、米国では食品医薬品局(FDA)の承認がまだ取れていない。アイコスの販売申請をしているPMIがFDAに出したデータが都合のいいものだった、という指摘(※4)もあり、またFDAが委託した研究によればアイコスのエアロゾルに血管機能を低下させる可能性がある、とする結果も出ている(※5)。

 前述したJTの研究者による論文でも、加熱式タバコから微粒子の量が多く出ており、このことはJTのPT情報には書かれていない。また、同社の別の資料(※6)によれば、PT情報に出ているデータとは異なり、加熱式タバコも紙巻きタバコもニコチン量はほぼ同じ、という結果が記載されている。

 この資料は、ニコチンがどれだけ気管から肺までの下気道へ流入するかを調べており、加熱式タバコが口腔内にニコチンをとどめていることを指摘しているが、ニコチンは中毒性と依存性の高い物質だ。ニコチン中毒はWHOの診断では精神疾患とされる。一度、ニコチン中毒になれば、脳内で報酬回路ができてしまい、禁煙しても再喫煙の危険が一生続く。

 薬物が法的に禁じられているのは、その中毒性や依存性も大きな理由だが、タバコは公的に販売が認められ、20歳以上であることを証明できれば誰でも買うことができる。加熱式タバコにもニコチンが含まれているから、加熱式タバコを吸う限り、ニコチン依存から脱却することは難しくなる。また、若年層が使用することでニコチン中毒になり、紙巻きタバコの喫煙へ進むことも十分に考えられるのだ。

毎日少しずつ長い期間をかけて

 タバコのように遺伝子を傷つけ突然変異を引き起こすなどして、がんを発生させるような毒性のある物質に、どこから安全でどこから危険、という境目はない。残留農薬や食品添加物には摂取しても健康に悪影響がないとされる1日の許容量があるが、発がん性が確かめられている遺伝毒性物質に「閾値」はないのだ。

 もちろん、まったく発がん物質のない世界などあり得ないので、実質的な安全量が設定されることが多い。例えば、日本での遺伝毒性物質のリスク許容量は10万分の1(10のマイナス5乗)から100万分の1(10のマイナス6乗)だ。ちなみに、米国FDAの毒性のある物質の許容量は死亡リスク100万分の1となっている。

 喫煙のリスクはいろいろな試算があるが、仮に紙巻きタバコの死亡リスクを400分の1(10本/1日)とし、受動喫煙の発がんリスク(1生涯)を1000分の1あたりにしておこう。このあたりのリスク評価を単純に比較できないが、この試算を前提にすれば加熱式タバコからの有害物質を仮に100分の1にしても追いつかない。タバコからはそもそも毒性の強い物質が多く出ている、というわけだ。

 JTでは1回吸う単位を「1パフ」としているが、こうした検出数値の多くは1パフごとの値になっている。プルーム・テックの場合、5個入りのカプセルにリキッドが入ったカートリッジが1本というパッケージだが、カプセル1個で50パフ吸える、とうたっているようだ。5個で50パフは約250パフであり、これは紙巻きタバコでは20本入り1箱と同じらしい。

 タバコに関する害は、健康習慣病と同じで「毎日少しずつ長時間で長い期間」の蓄積が大きい。1パフで微量でも毎日250パフ吸い、そこから出るエアロゾルが周囲の人間に少しずつでも長く影響を与え続けるのは確かだ。

タバコ会社が安全性を証明せよ

 以上をまとめれば、健康に害が少ないという加熱式タバコの情報を鵜呑みにするのはまだ早い、ということになる。有害な物質である可能性がある以上、有害ではないという証明がなされるまで、加熱式タバコを非喫煙者がいる場所で吸うことは避けられなければならない。規制がなされない場合、病院や学校など子どものいる場所でも加熱式タバコを堂々と吸えることになってしまう。

 都のパブコメでは「無視できない数の反対コメント」が寄せられたそうだが、行政がタバコ対策強化に動こうとすると必ずタバコ会社、ようするにJT(日本たばこ産業)が組織的に反対コメントを集め、抵抗することがよく知られている。2007年に神奈川県が条例についてのパブコメを募集した際にもJTが社員を動員し、タバコ小売店などから反対コメントを集めていたことがわかっているし、北海道美唄市の条例案策定の際にも同様なことがあったようだ(※7)。

 タバコ煙に敏感な喘息患者もいる。周囲への悪影響が少ない、というタバコ会社のアナウンスもあり、禁煙場所をわきまえずに加熱式タバコを吸うケースが増えているらしい。加熱式タバコもタバコ葉を使っている。受動喫煙防止条例を策定する場合、密閉された喫煙所など周囲に迷惑のかからない場所で吸うよう加熱式タバコも規制するべきだ。

 たばこ事業法のある日本では、タバコの害についての証明責任を被害者側が負わなければならない。健康に害のある可能性が高い製品なのだから、加熱式タバコも製造者側が長い期間をかけ、第三者を納得させられるだけの証拠を積み上げ、科学的なエビデンスをもとに安全性を証明すべきではないだろうか。

※1:加熱式タバコについての説明は過去記事で何度か記述しているので省略する。新型タバコには大きく「タバコ葉を使わない電子タバコ」と「タバコ葉を使う加熱式タバコ」の2種類がある。前者の多くはニコチンを添加したリキッドを蒸気にして吸い込むが、日本では薬事法で認可されないニコチン販売は原則禁止されているために広まっていない。この記事では後者の加熱式タバコについて述べる。

※2:Yasunori Takahashi, et al., "Chemical analysis and in vitro toxicological evaluation of aerosol from a novel tobacco vapor product: A comparison with cigarette smoke." Regulatory Toxicology and Pharmacology, Vol.92, 94-103, 2018

※3:R Auer, et al., "Heat-Not-Burn Tobacco Cigarettes: Smoke by Any Other Name." JAMA Internal Medecine, Vol.177(7), 1050-1052, 2017

※4:Stanton A. Glantz, "PMI’s Own Data on Biomarkers of Potential Harm in Americans Show that IQOS is Not Detectably Different from Conventional Cigarettes, so FDA Must Deny PMI’s Modified Risk Claims." Docket Number: FDA-2017-D-3001

※5:Matthew Springer, Ph.D., professor, cardiology, University of California, San Francisco School of Medicine; Nieca Goldberg, M.D., cardiologist and medical director, NYU Langone Joan H. Tisch Center for Women's Health, New York City; Nov. 14, 2017, presentation, American Heart Association annual meeting, Annaheim, Calif.

※6:T Suzuki, et al., "The retention of nicotine from new type of heated tobacco product in human respiratory tracts." CORESTA Congress, Berlin, Smoke Science/Product Technology Groups, STPOST 38, 2016

※7:「オリンピックと受動喫煙防止法・条例(その8)美唄市の試みとパブリックコメント(賛成462反対66)に対するタバコ産業の妨害」大和浩、北九州市医報(平成27年6月)第695号(13)

※参考:PMIのアイコスに特徴的なのは同製品を「禁煙製品」と位置づけていることだ。つまり、アイコス使用を経てタバコを止められる、と主張している。ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(以下、BAT)のグローについても、同社は健康へのリスクは低く、グローはハームリダクション製品、という戦略を採る。加熱式タバコは喫煙者の禁煙を後押しし公衆衛生に寄与する、という位置づけは、いわゆるハームリダクションの発想からきている。ハームリダクションとは、より害の少ない代替策や代替品で害を避ける、という考え方だ。つまり、加熱式タバコは喫煙者を禁煙へ移行させるために必要な製品である、という主張となる。また、たばこ税についても加熱式タバコで議論がある。加熱式タバコは、禁煙へ移行させるためのハームリダクションに必要な製品という主張がタバコ会社からあり、税制も従来の紙巻きタバコとは別として考えて課税率は軽減されるべき、という意見だ。リチウムイオン電池の爆発事故などもあるが、これらについては別の記事で考える。

※2017/12/07:9:32:アイコスに血管機能を低下させる可能性がある※5という記事へのリンクを貼った。