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日本でも「受動喫煙」に健康格差が

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 残念なことだが、日本に社会的な「格差」は歴然としてある。失われた30年やデフレ不況が続き、安倍政権の経済政策も奏功せず、経済的格差は開くばかりだ。

受動喫煙と健康格差の関係は明らかだ

 タバコ問題にも「健康格差」が見え隠れする。健康意識の高い高学歴高収入の世帯が多い地域の喫煙率は低く、そうでない地域の喫煙率は高い。また、学歴と喫煙率の関係もあり、高学歴ほど喫煙率が低い。

 受動喫煙にさらされる率も同様となっている。これは日本に限らない。世界中の疫学調査によって明らかになっている事実だ。

 EUでの受動喫煙の実態を調べた研究によれば、経済的な困窮者や若年層などが不公平に受動喫煙にさらされていると警告している(※1)。また、ドイツで行われた家庭における子どもへの受動喫煙調査では、保護者が喫煙者の場合や社会的に恵まれない家庭の子どもに対する受動喫煙防止対策が急務としている(※2)。さらに国別でも高所得国から低所得国まで、社会経済的な格差により受動喫煙に明らかな不平等があることがわかっている(※3)。

 日本でも受動喫煙と学歴の関係についての調査があるが、やはり学歴が高いほど受動喫煙にさらされる割合が低くなっている(※4)。だが、社会経済格差、健康格差と受動喫煙の関係についての研究はまだそれほど多くない。

 先日、東北大学大学院の研究者が日本の学会誌に、宮城県の成人非喫煙者を対象にして教育と家庭や職場における受動喫煙の状態を調べた論文を発表した(※5)。東北大学のプレスリリースによれば、タバコを吸わない人の受動喫煙の実態を調査したそうだ。

知識があっても受動喫煙を避けられない

 調査の材料は、2014年の宮城県健康調査によりランダムに抽出した成人2632人に自己記入式のアンケート調査票を郵送し、2443人(92.8%)から回答を得たと言う。その中から喫煙者を除外し、有効回答が得られた家庭での受動喫煙1738人分、職場・学校での受動喫煙1003名分のデータを分析した。

 その結果、家庭での受動喫煙は19%にみられ、職場や学校での受動喫煙は39%の非喫煙者にみられた。また、教育年数が13年以上(中卒以上)の非喫煙者に比べるとそれ以下の教育年数の人に受動喫煙にさらされる機会が多いということがわかった。

 さらに興味深いのは、非喫煙者がタバコを吸うことで健康に害があるという知識があった場合、家庭での受動喫煙の機会は減るが、職場での受動喫煙は減らない、という点だ。つまり、いくら知識があっても職場という、自分ではどうしようもできない環境で受動喫煙にさらされてしまうことが多いことが示唆される。

 研究者は、今回の調査研究により日本でも受動喫煙に社会格差、健康格差があることがわかったのと同時に、特に職場での受動喫煙防止対策が必要と訴えている。個々人がいくら避けようとしても、社会環境がともなわなければ、受動喫煙から自分を守ることは出来ない。

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宮城県の成人非喫煙者を対象にしたアンケート調査の結果。教育年数という格差と受動喫煙の関係、職場での受動喫煙の状況がわかる。タバコの健康被害についての知識があれば、家庭での受動喫煙を避けることができるが、職場では難しいということだろう。東北大学のプレスリリースより。

 国会が始まるが、国の受動喫煙対策強化法案はタナざらしにされたままだ。厚生労働省案と自民党内の意見が折り合わない状況は変わっていない。今回の研究結果で明らかになったように、飲食店を含む職場環境を変え、受動喫煙という健康被害をなくしていくことが政治に求められている。

※1:Filippos T. Filippidis, et al., "Relationship of secondhand smoke exposure with sociodemographic factors and smoke-free legislation in the European Union." European Journal of Public Health, Vol.26, Issue2, 2015

※2:B Kuntz, T Lampert, "Social disparities in parental smoking and young children's exposure to secondhand smoke at home: a time-trend analysis of repeated cross-sectional data from the German KiGGS study between 2003-2006 and 2009-2012." BMC Public Health, Vol.8, Issue16, 2016

※3:G P. Nazar, J T. Lee, M Arora, C Millett, "Socioeconomic Inequalities in Secondhand Smoke Exposure at Home and at Work in 15 Low- and Middle-Income Countries." Nicotine & Tobacco Research, Vol.18, Issue5, 2016

※4:地域医療振興協会のファクトシート「健康格差是正の観点からのたばこ対策」より(作成担当:田淵貴大:大阪府立成人病センター、中村正和:公益社団法人地域医療振興協会)

※5:Y Matsuyama, J Aida, T Tsuboya, S Koyama, Y Sato, A Hozawa, K Osaka, "Social inequalities in secondhand smoke among Japanese non-smokers: a cross sectional study." Journal of Epidemiology, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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