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ネコは「生態系」の脅威か〜1年で約32億羽の鳥類を殺す

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者

 ネコブームはまだ続いているようだが、捨てネコが野良化し、糞尿をまき散らしたり、車のエンジンルームに入り込んで故障の原因になったりと、野良ネコの被害もなかなかなくならないようだ。また、ネコはネコ科の動物が終宿主になるトキソプラズマ感染症やマダニが媒介するSFTS(重症熱性血小板減少症候群)といった病気の原因にもなる。例えば、SFTSの場合、ウイルスに感染した野良ネコに噛まれた50代の女性が、2016年にSFTSを発症して亡くなった。

不妊手術後に卵巣が再生することも

 筆者はどちらかといえばネコ派だが、野良ネコには上記のような問題がいろいろ多いので困ったものだ。ネコは繁殖力が旺盛で、環境条件さえ良ければすぐに増える。飼い猫が子を産み、もらい手がないなどの理由で捨てれば、個体数はさらに増え、こうした野良ネコに餌付けする人も少なくなく、どんどん増え続けるという悪循環にもなっている。

 さらに、こうした野良ネコが増えれば、行政によって捕獲され、殺処分されてしまう、という無残な事態にもつながっているわけだ。自治体などには所有者のいない野良ネコの去勢手術助成金制度(※1)を用意しているところもある。

 野良ネコに困ったらこうした制度を活用し、悪循環を少しでもなくすようにしたいが、一方、不妊去勢措置後の環境への再放流には感染病リスクなどが置き去りにされている、という批判(※2)もあり、また不妊手術後にメスネコの卵巣が再生するという報告(※3)もある。さらに、再放流すれば以下に述べるような環境への影響も防げない(※4)。

 自然環境でネコが増え過ぎれば、生態系を脅かす存在にもなる。先日、世界自然遺産の小笠原の生態系が外来生物によって崩壊の危機にあるという記事を書いたが、在来の肉食捕食者がシマハヤブサしかいなかった小笠原でネコが野生化し、生態系に大きな影響を与えている(※5)。

 この問題は小笠原に限らず全国で起きていて、沖縄本島北部やんばる地域でも野生化したネコがノグチゲラなどの希少種を捕食することが観察され、問題になっている(※6)。ただ、沖縄本島の場合、ハブ駆除のために人為的に導入されたジャワマングースも在来生態系に影響を与えていることは有名だ。

生態系は単純ではない

 飼い猫も屋内から自然環境へ自由に出入りできる場合、野良ネコと同様の問題を引き起こすのではないかと思う。だが、米国ニューヨーク州のアルバニー・パイン・ブッシュ保護区に隣接した地域で出入りできる飼い猫を調べたところ、彼らは野良ネコほど多くの獲物を捕食するわけではないようだ(※7、1.67:5.54)。これは同地域が寒冷な気候であり、また飼い猫が森の奥へあまり入り込まないことも影響しているらしい。

 もちろん、野生化したネコ、野良ネコ、外へ出る飼い猫といったネコは、多かれ少なかれ生態系にとって無視できない存在になっている。米国には1億1700万から1億5700万匹のネコがいるとされ、彼らは推定で1年で10億羽の鳥類を殺しているらしい(※8)。また、オーストラリアではネコが1日に100万羽を超える鳥類を殺し、野生化したネコは1年で3億1600万羽、ペットのネコも1年で6100万羽の鳥類を殺している(※9)。世界のネコの数はざっと約5億匹と言われているから、米国の例で換算すれば1年で約32億羽の鳥類がネコに殺されていることになる。

 外来種を駆除しても、すでに環境への影響がかなり深刻に進んでしまっている場合、本来の生態系が回復するかどうかはわからない(※10)。生態系は複雑なので、野良ネコが増えた結果、ほかの捕食生物が駆逐され、野良ネコを駆除しても効果が上がらない、ということも可能性としてはある。また、野良ネコを駆除したためにほかの捕食者が勢力を伸ばし、生態系に影響を与え続けることもあるだろう。

 例えば、オーストラリアのタスマニア島での調査によれば、この島で食物連鎖の上位に位置するタスマニアデビルとフクロネコ(Quoll)という二種類の肉食有袋類と野生化したネコとの関係も複雑だ(※11)。タスマニアデビルは顔面腫瘍という病気により個体数を減らし、フクロネコの減少は気候変動によるものとされ、この2種類の個体数が減った生態系のニッチに野生化したネコが容易に入り込んでいるとも限らない。また、夜行性という生態の変化などが微妙に影響し、それぞれの関係も変わっていくようだ。

 生態系に深刻な影響を与えている野良ネコ。彼らの存在は、我々人間に責任がある。野良猫も含め、適切な不妊去勢手術を施すことはもちろん、自然環境へ放つ行為は絶対にやめたいものだ。

※1:市町村などの自治体に助成金交付制度がある場合も多い。公益財団法人日本動物愛護協会では「飼い主のいない猫の不妊去勢手術助成事業」をやっている。不妊手術(メス) 10,000円、去勢手術(オス)5,000円が助成されるが、事業予算がなくなり次第、終了となる。また、公益財団法人どうぶつ基金でも「さくらねこ無料不妊手術」の活動をやっている。HPなどの記載をよく読んで理解してから行動して欲しい。

※2:Travis Longcore, Catherine Rich, Lauren M. Sullivan, "Critical Assessment of Claims Regarding Manegement of Feral Cats by Trap-Neuter-Return." Conservation Biology, 2009

※3:Darcee A. Guttilla, Paul Stapp, "Effects of sterilization on movements of feral cats at a wildland-urban interface." Journal of Mammalogy, Vol.91, Issue2, 2010

※4:富沢舜、石川潤、松井高峯、「避妊手術後に発情回帰した雌猫における卵巣の再生」、日獣会誌、49、809-812、1996

※5:川上和人、益子美由希、「小笠原諸島母島におけるネコFelis Catusの食性」、首都大学東京、小笠原研究年報、第31号、2008

※6:城ヶ原貴通、小倉剛、佐々木健志、嵩原建二、川島由次、「沖縄島北部やんばる地域の林道と集落におけるネコ(Felis catus)の食性および在来種への影響」、哺乳類科学、43(1)29-37、2003

※7:Roland W. Kays, Amielle A. DeWan, "Ecological impact of inside/outside house cats around a suburban nature preserve." Animal Conservation, 7, 1-11, 2004

※8:Nico Dauphine, Robert J. Cooper, "Impacts of Free-Ranging Domestic Cats (Felis Catus) on Birds in the United States: A Review of Recent Research with Consevation and Management Recommendations." Proceedings of the Fourth International Partners in Flight Conference, 2009

※9:John Woinarski, Brett Murphy, Leigh-Ann Woolley, Sarah Legge, Stephen Garnett, Tim Doherty, "For whom the bell tolls: cats kill more than a million Australian birds every day." The Conversation, October 4, 2017

※10:亘悠哉、「外来種を減らせても生態系が回復しないとき:意図せぬ結果に潜むプロセスと対処法を整理する」、哺乳類科学、51(1)、27-38、2011

※11:Bronwyn A. Fancourt, Clare E. Hawkins, Elissa Z. Cameron, Menna E. Jones, Stewart C. Nicol, "Devil Declines and Catastrophic Cascades: Is Mesopredator Release of Feral Cats Inhibiting Recovery of the Eastern Quoll?" PLOS ONE, 11, March, 2015

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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