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ネアンデルタール人は「近親相姦」で絶滅したのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
サンギール遺跡に埋葬されていた遺体:the public domain

 オスメスの有性生殖は、遺伝的にヘテロの交雑によって環境適応の多様性を持つことを目的にしている、というのが一般的な理解だ。つまり、近親相姦(近親交配)によるホモ接合を回避しなければ意味はない。

 近親相姦の回避は、有性生殖を行う生物で広く観察される。これは、ヒトでは近親相姦のタブー(Incest Taboo)であり、ヒト以外では近親交配回避(Incest Avoidance)と言う。ただ、このシステムがいったいどのように生物に備えられたのかは議論が継続中だ。

どうやって近親相姦を回避するか

 ニホンザルの群れでは、オス(息子たち)が性的成熟を迎えると群れを出て行き、メス(娘たち)は群れに残ることで群れの中での近親交配を避ける。チンパンジーでは逆で、一般的にメス(娘たち)が群れを出て他の群れに合流する。群れを形成する生物では、オスが出るかメスが出るか、ということになる。

 ヒトの場合、幼い頃から一緒に育った兄弟姉妹とのセックスを回避する仮説を「ウェスターマーク効果(Westermarck effect)」というが、これは遺伝的な近縁を認知しているからではなく、人間関係の心理や環境の影響だろう。この仮説について、ヒトでの近親相姦回避の心理はもっと複雑な要因が絡む、とする意見もある(※1)が、幼い頃から一緒に育った同種のオスメスで交配を避けるという同じような傾向は、ヒト以外の種でも観察されている(※2)。

 いずれにせよ、ヒトは経験的に近親相姦の危険性を認識してきたようだ。この証拠は世界中の種族部族にある(※3)が、最近、我々の祖先はかなり早くから近親相姦を回避する巧みなシステムを作っていた、という論文(※4)が出た。

 米国の科学雑誌『Science』に掲載された論文では、英国ケンブリッジ大学とデンマークのコペンハーゲン大学の研究者が、約3万4000年前にロシア(ユーラシア大陸西部)に定住していた4人の遺体からDNAを採取し、その遺伝的距離を分析した。すると、同じ場所でほぼ同じ時期に埋葬されていたと考えられる4人の遺伝的関係はかなり遠く、近くても又従兄弟くらいまで離れていたことがわかった、と言う。

 この遺体が埋葬されていたのは、ロシア・モスクワの東約200キロメートルに位置する旧石器時代のサンギール(Sungir)遺跡だ。アフリカから我々の祖先が出て、ユーラシア大陸の北方で生活を始めた最初の頃の記録が含まれている。また、この遺跡では、ごく初期の儀式的な埋葬の痕跡が観察され、当時の装飾品、武器などが出土することで貴重な資料となっている。

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サンギール遺跡に埋葬されていた遺体とその想像図。via:Illustrations of the Sunghir burials. Illustration: Libor Balak, Anthropark.

 論文の研究者は、この遺跡から得られる儀式的な装飾品は、結婚式の初期的な様子を物語っている、と言う。つまり、家族や近親者の間から婚姻相手を選ぶのではなく、血縁的に遠い関係のグループとの婚姻ネットワークが示唆される、というわけだ。

近親相姦を回避できなかったネアンデルタール人

 また、こうしたネットワークは、今でもオーストラリアや北米の狩猟採集先住民の間でよくみられるものと類似している、と研究者は主張する。彼らは個別には25人程度の小集団になっているが、200近い他のグループと広汎なネットワーク・コミュニティを形成している。

 狩猟採集社会では、それほど多くの人口を単一地域でまかなえない。逆に言えば、小集団で生き抜くと同時に近親相姦を回避するためには、他集団とのネットワークが必要ということになる。

 一方、これより以前のホモ・サピエンスやネアンデルタール人などは、ごく小規模な集団が孤立していた。研究者は、今後の研究が必要としつつ、これがネアンデルタール人がなぜ繁栄できなかったのかを解くカギになるかもしれない、と言う。

 つまり、近親相姦を回避できなかったことは、ネアンデルタール人が絶滅した理由の一つになるかもしれない、ということだろう。実際、約5万年前のネアンデルタール人のDNAからは近親相姦が示唆されるデータが出ている(※5)。

 ただ、こうしたネットワーク形成が、果たして近親相姦を回避することを目的にしたものだったのかどうか、まだはっきりとはわからない。当時、彼らが経験的に近親相姦を回避すべきと知っていたかどうかも不明だ。交易や戦闘・防衛などの目的でつながり合っていた可能性もあり、その結果として他集団との婚姻関係が必要だったのかもしれないのだ。

※1:Markus J. Rantala, Urszula M. Marcinkowska, "The role of sexual imprinting and the Westermarck effect in mate choice in humans." Behavioral Ecology and Sociobiology, Vol.65, Issue5, 859-873, 2011

※2:P Bateson, C Cate, "Sexual selection: the evolution of conspicuous characteristics in birds by means of imprinting." Evolution, Vol.42, No.6, 1355-1358, 1988

※3:N Bischof, "Comparative ethology of incest avoidance." 1975

※4:Eske Willerslev, et al., "Prehistoric humans are likely to have formed mating networks to avoid inbreeding." Natural History Museum of Denmark, 5, Oct, 2017

※5:Kay Prufer, et al., "The complete genome sequence of a Neandertal from the Altai Mountains." nature, Vol.505, Issue7481, 2014

これは、シベリアで発見された12万2000年前のネアンデルタール人のDNAによる推論。このネアンデルタール人は両親が、兄弟姉妹もしくは叔母と甥、叔父と姪と思われる。ただ、同じ研究者が東ヨーロッパのクロアチアで発見された約5万2000年前のネアンデルタール人の女性のDNAを分析したところ、近親相姦の証拠は見つからなかった、とする最新の論文もある。

※5:Kay Prufer, et al., "A high-coverage Neandertal genome from Vindija Cave in Croatia." Science, 5, Oct, 2017

※2017/10/07:10:40:※5を追加した。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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