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「予期せぬ場所」に現れた福一事故由来のセシウム

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

 6月6日、茨城県大洗町の日本原子力研究開発機構(JAEA)大洗研究開発センターで、作業員5人が被曝事故を起こしたことは記憶に新しい。2011年の福島第一原発の事故(福一事故)から約6年半が過ぎ、放射線の恐怖が薄れ始めている時にそのリスクが再び呼び覚まされた人も多いだろう。

 福一事故で出た放射性物質は多種多様なものがあった。セシウムではセシウム134とセシウム137があったが、セシウム134の半減期は2.03年、セシウム137の半減期は30年だから、すでにセシウム134は大きく減少しているはずだ。もちろん、半減期の長いセシウム137のほうは、まだ環境中に残っている。

魚介類では淡水系が高い

 それがどれくらいまだあるか、ということになるが、2016年に出た論文(※1)によれば、福一周辺での放射性セシウムによるリスクはかなり減少しているようだ。この論文は、国際水産資源研究所など(※2)の研究者が、放射性同位体による食品汚染についてのデータ(厚生労働省、2011年4月1日〜2015年3月31日まで月ごと)を使い、統計分析を行ったものだ。

 この論文の研究者は、食品の汚染リスクを統計分析モデルで数値化し、不検出(ND)とされているデータを埋めてグラフ化した。同時に漁獲された魚介類の種類による解析も行ったところ、福島より南でより高いリスクになり、海水魚では海底にいる種類の魚に汚染リスクが高かった。また、淡水の魚介類のほうが海水のものよりもリスクが高いことがわかった、と言う。さらにこの論文では、不検出(ND)のデータが出る理由は検出限界値が高いからで、もっと限界値を低くして正確な検査を継続すべきだ、と主張している。

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放射性セシウム(134と137)のリスクの変化。AからFは漁獲された地点。AからCが淡水魚介類(ウナギ、アメマスなど)、DからFが海水魚介類(マアジ、メバル、アイナメ、サメ、エイ、海藻など)のデータ。淡水の魚介類のほうが赤いリスク実線がなだらかになっている。研究者によれば、放射性プリュームの降下、淡水魚介類と海水魚介類の浸透圧の差が関係しているようだ。via:Hiroshi Okamura, et al., "Risk assessment of radioisotope contamination for aquatic living resources in and around Japan." PNAS, 2016

海岸で濃縮される放射性セシウム

 福一事故由来の放射性セシウムについて最近、気になる論文が米国の学術雑誌『PNAS』に出た(※3)。米国マサチューセッツ州にあるウッズホール海洋研究所と日本の金沢大学環日本海域環境研究センターの研究者は、福一事故による放射性セシウム(セシウム137)の環境中の残存度を調べるため、2013年5月から2016年11月の間(5期間)、宮城県から福島県、茨城県にいたる太平洋岸の海岸の地下水(宮城県の野蒜、福島県の烏崎、四ツ倉など8カ所)と河川(福島県の夏井川、木戸川、宮城県の真野川など)の水、海岸の海水、沖合の海水を採取して放射性セシウムについて調べた。

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FDNPPは福島第一原発、サンプルを採取した地点の地図。白い四角が海水データ(日本原子力研究開発機構のデータを利用)。右のグラフは海岸、河川と地下水の放射性セシウムのデータ。縦軸がベクレル値、横軸は塩分濃度。塩分濃度が低いサンプル、つまり汽水域や淡水域で高い数値が出ている。DWの点線は飲料水の規制値、SWの実線は事故前の値。via:Virginie Sanial, et al., "Unexpected source of Fukushima-derived radiocesium to the coastal ocean of Japan." PNAS, 2017

 すると、海岸の砂浜や海岸に近い地下水(汽水)で放射性セシウムの高い数値が出た、と言う。事故直後から大気中へ放出された放射性セシウムが陸地へ降下して地下水へ、また海洋へ放出された放射性セシウムが海流や波、潮汐などによって運ばれ、海岸(の地下水)でどんどん濃縮していった、というストーリーが考えられる。ただ、上のグラフを見てもらえばわかるが、今回のデータはほとんどが放射性規制値の範囲内であり、健康に明らかに危険なレベルではない。

 放射性物質のこうした動きが解明されたのは初めてのことだが、現在、コントロール下にあるとされる福一からの放出値と変わらない放射性セシウムの値が離れた海岸で出たことに注意すべきだろう。下の図をみると、半減期の長い海からの放射性セシウムは、このサイクルを繰り返すごとに濃縮していく可能性があるからだ。

 この現象は、事故を起こした原発の近くに限らず、100キロメートル近く離れた予期しない場所に現れる点も特徴だ。研究者は海流や地下水などの挙動がわかったことにより、放射性物質の管理はより広汎に目を光らせなければならない、と警告している。

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2013年から2016年にかけて福一事故から放出された放射性セシウムの海洋への放出経路。地下水や海水から海岸へ放射性セシウムが供給される主な経路は、波(W)、重力(H、水頭)、潮汐力(T)、対流(C)だ。海の底を流れる青色の矢印は南向きの沿岸流で、放射性セシウムの数値が依然として高い。この放射性セシウムの一部が砂浜に吸収され、この研究で示されているようにその後、放出されるのだろう。via:Virginie Sanial, et al., "Unexpected source of Fukushima-derived radiocesium to the coastal ocean of Japan." PNAS, 2017

※1:Hiroshi Okamura, Shiro Ikeda, Takami Morita, Shinto Eguchi, "Risk assessment of radioisotope contamination for aquatic living resources in and around Japan." PNAS, Vol.113, No.14, 2016

※2:国立研究開発法人 水産研究・教育機構 国際水産資源研究所大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所国立研究開発法人 水産研究・教育機構 中央水産研究所

※3:Virginie Sanial, Ken O. Buesseler, Matthew A. Charette, Seiya Nagao, "Unexpected source of Fukushima-derived radiocesium to the coastal ocean of Japan." PNAS, doi:10.1073 / pnas.1708659114, 2017

※3:『PNAS』(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)、米国科学アカデミー紀要。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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