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「首長竜」はどうやって泳いだのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
首長竜。イラスト by Heinrich Harder(1858〜1935)

 首長竜(Pliosauroidea:プリオサウルスとPlesiosauria:プレシオサウルスを含む総称)は水に棲む爬虫類で、三畳紀の終わり頃(約1億8000万年前)に出現し、ジュラ紀、白亜紀(約6600万年前まで)を通じて繁栄した種族だ。この仲間は多く、ほとんどはゾウか小型のクジラくらいの大きさになるが、15メートルにもなる種(Liopleurodon)もいた。

 筆者にとっては景山民夫が直木賞をとった小説『遠い海から来たCOO』(1988年)に登場する姿がなじみ深いが、恐竜好きにとっては日本で初めて発見された首長竜フタバスズキリュウ(Futabasaurus suzukii、エラスモサウルス科、白亜紀後期)がイメージされるだろう。また、ネス湖の未確認生物「ネッシー」も首長竜のシルエットになっていて有名だ。

「ヒレの動かし方」論争

 この首長竜は四肢がウミガメのようなヒレ状に変化し、そのヒレを動かして水中を進行した、と考えられている。だが、どのようにヒレを動かしていたのかについては、19世紀半ば頃から研究者の間で論争が続いてきた。

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首長竜、プレシオサウルスの仲間「Meyerasaurus victor」の化石骨格。via:Shiqiu Liu, et al., "Computer Simulations Imply Forelimb-Dominated Underwater Flight in Plesiosaurs." PLOS ONE, 2015

 最初の頃はヒレをボートのオールのようなローイング運動で動かしていた、とされていたが、これだと後方乱流が起き、非効率的で現実的ではないと批判された。次に出た仮説は、ちょうど鳥が空中を飛行するような「8の字」を描く羽ばたき運動だ。この飛行モデルは化石の分析による解剖学的なアプローチから紆余曲折を経て洗練されていく。

 また、各ヒレをどのように動かしていたのか、という運動の方法や機能についても論争が続いていた。現生のウミガメは主な推力を前のヒレで行い、後ろのヒレは舵取りの役目をになっている。

 首長竜も長くウミガメのように前のヒレのみで推進していたのではないか、と考えられてきた。その後、前後のヒレを交互に上下動させる(※1)、速度や採餌行動によってヒレの動かし方はまちまちなど、様々な仮説が出てくる。

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前後のヒレを交互に上下動させる首長竜の泳法の仮説。後ろのヒレは舵取りの役で申し訳程度に動かしている。via:Shiqiu Liu, et al., "Computer Simulations Imply Forelimb-Dominated Underwater Flight in Plesiosaurs." PLOS ONE, 2015

前後のヒレを効率的に動かす

 この首長竜の各ヒレの動かし方について、先日、新たに首長竜を模したロボットを使って分析した研究論文(※2)が出た。英国とハンガリーの研究チームによる分析だと、前後の4つのヒレを同時に動かし、後ろのヒレもまた積極的に使うことで推進力が60%増加し、効率性も40%向上した、と言う。

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首長竜ロボット。論文の筆頭筆者Luke MuscuttのYouTubeより。

 この研究者は、3Dプリンターで四つのヒレを作り、ロボットに装着して水中で動かしてみた。各ヒレの先端から染料が出るように工夫し、後方乱流の生じ方などを分析したそうだ。

 後方乱流の解決については、前ヒレの直後に後ろのヒレを動かすことで可能になるようだ。また、ヒレの動きをズラして少し交互に稼働させたりしていたらしいが、もちろん速度や水中の流れの変化などによってフレキシブルに変えていたのだろう。

 これは、前のヒレを主に使って推進している、というこれまでの仮説と矛盾する。問題は、前後のヒレの割合がどの程度か、ということになるだろう。もちろん、中生代には首長竜よりも大きな捕食者はたくさんいた。首長竜の不安定な泳ぎ方は、彼らから逃げるために有利だったのかもしれない、と首長竜ロボットを作った研究者は言っている。

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首長竜ロボットの各ヒレから染料が出るようにし、後方乱流の挙動を確認した。論文の筆頭筆者Luke MuscuttのYouTubeより。彼は英国ブリストルの南西にある「The MUSEUM of SOMERSET」の研究者だ。

現生ウミガメのように

 爬虫類である首長竜には横隔膜がなかったと考えられ、浮力をどう調節していたのかも議論になっている。現生のペンギンや海鳥、カメの浮力調節についてさえまだあまり詳しいことがわかっていないのだから、1億年も前の化石生物について難しいのは当然だろう。

 水に潜る海鳥の仲間は、ペンギンなどのように翼を使って推進するタイプ、ウミウやアヒルのように後ろ足の水かきで推進するタイプに分けられる。彼らには羽毛があるため、それ自体に浮力を持ち、推進力と水中へ潜る角度によって深度を調整しているらしい。深く潜れば羽毛の浮力が減退するため、水中で浮力バランス(中性浮力)がとれるようになるだろう。

 アザラシやアシカなど、海に潜る哺乳類の場合、皮下脂肪によって浮力を得ているが、脂肪の量によって潜るときと浮上するときのコストバランスに違いが出る。脂肪が少なく痩せた個体は潜るときには有利だが、呼吸のために浮上する際にはエネルギーを消費する。太った個体は逆だが、アザラシの場合は脂肪の量が多く太ったほうが有利なのだそうだ(※3)。

 さて、首長竜と同じ爬虫類のウミガメの場合、肺の容積を調整することで浮力のバランスを取っている。潜水艦のバラストのようなものだ。そのため、海鳥などよりも10倍以上の急角度で深く潜る(※4)。また、カメの肺はいくつかの部屋に仕切られており、容易に中性浮力を得ることができるようだ。

 首長竜は現生のウミガメのように急角度で潜行し、低い血液温度のため潜水病にもなりにくかっただろう。三畳紀末から白亜紀末まで生き延びて成功した種だが、ほかの海棲動物を狩る凶暴な捕食者からイカや海底の貝類をあさる温厚なものまで多種多様なバリエーションも持つ。ちょうどハクジラのシャチからヒゲクジラのミンククジラまで多様なクジラ類のようだが、首長竜の泳ぎ方は生態によっていろいろだったのかもしれない。

※1:Shiqiu Liu, Adam S. Smith, Yuting Gu, Jie Tan, C. Karen Liu, Greg Turk, "Computer Simulations Imply Forelimb-Dominated Underwater Flight in Plesiosaurs." PLOS ONE, 18, Dec, 2015

※2:Luke E. Muscutt, Gareth Dyke, Gabriel D. Weymouth, Darren Naish, Colin Palmer, Bharathram Ganapathisubramani, "The four-flipper swimming method of plesiosaurs enabled efficient and effective locomotion.", Proceedings of the Royal Society, B284, 2017

※3:Taiki Adachi, Jennifer L. Maresh, Patrick W. Robinson, Sarah H. Peterson, Daniel P. Costa, Yasuhiko Naito, Yuuki Y. Watanabe, Akinori Takahashi, "The foraging benefits of being fat in a highly migratory marine mammal." Proceedings of the Royal Society B, Vol.281, Issue.1797, 2014

※4:Graeme C. Hays, Julian D. Metcalfe, Anthony W. Walne, "THE IMPLICATIONS OF LUNG-REGULATED BUOYANCY CONTROL FOR DIVE DEPTH AND DURATION." Ecology, Vol.85, Issue.4, 1137-1145, 2004

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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