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最新鋭の米空母にはナゼ「小便器」がないのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 この7月22日、米海軍が42年ぶりに建造した原子力空母「ジェラルド・R・フォード」が就役した。このフォード級は、現在の主力空母ニミッツ級に代わる新世代型で、電磁式射出カタパルトやAAG(Advanced Arresting Gear)という着艦技術を採用するなど、最新鋭の装備を備えている。

 米海軍公式HPによると、同艦には乗員の利便性を向上させる住環境が用意されているらしい。1部屋当たりの居住人数を減らし、トイレやシャワーへのアクセスが容易になるような設計が施されている。

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小便器は「非衛生」

 米国の軍事専門サイト「NavyTimes」誌によれば、ジェラルド・R・フォードに男性用の小便器がない。乗員5000人以上のうち、女性は約18%。この男女割合を考慮に入れ、ユニセックストイレを採用したようだ。このため、男性も座って小用をすることになる(※1)。将来的に男女構成比が変化したり、居室によって偏りが生じてもトイレを改造する必要がない、と担当官は言っている。

 実際、男性用の小便器は、飛沫が外へ飛んだり、うまく「狙い撃ち」ができず失敗したりと清潔性の点で便座タイプよりも劣っている。一方、ズボンの上げ下げに時間がかかったりすることで個室を占拠する時間は約2倍になり、また設置面積も2倍以上になる。

 駅の男性用公衆トイレに入ると、小便用のほうに長蛇の列ができ、大便用がガラ空き、という光景をよく見かける。筆者はかまわず大便用で小用をするが、これは本来なら男子の儀礼に叛く反則だろうか。高速のパーキングエリアでは、女性用トイレに長蛇の列ができ、男性用がガラ空き、という光景もまたよく見かける。

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男性のほうが長い大便器占有時間

 下の表は、JR東日本首都圏内の5つの駅の男女別公衆トイレについて使用状況を調べた論文(※2)から引用したグラフだ。トイレの出入り口付近に男女調査員を配置し、午前6時から24時まで10分ごとに計測した。この調査研究によれば、トイレの利用率は男性のほうがやや高く、特に19時以降、利用する男性が多い。また、駅ごとに利用率に違いがあって興味深い。

 また、トイレの滞在時間と器具の占有時間(それぞれ平均、秒)をみると、滞在時間は女性のほうが倍以上長いが、(大)便器の占有時間は男性のほうが倍近く長い。女性は洗面器を占有する時間が長く、それが滞在時間の長さに影響しているのだろう。また男子トイレの場合、大便器の利用率は約9%、小便器の1/10となっている。

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 日本は「トイレ大国」だが、2020年の東京五輪では多数の訪問客が東京都周辺に殺到するだろう。彼らに対する公共の「トイレ問題」は喫緊の課題とも言えるが、トイレの習慣は各国各文化でさまざまだ。筆者は先日、韓国ソウルへ行ったが、公衆トイレには「使用した紙を流すな」と書かれ、個室内に置かれた汚物入れに捨てることになっていた。配管と紙質の問題だが、同じような決まりのある国は少なくない。

 トイレの数や効率的な使用という観点から、欧米、とくに北欧のように男女別の公衆トイレがない地域もある。これは「ユニセックス」つまり男女一緒の公衆トイレだが、こうした性別に関係なく使える「ジェンダーフリー」トイレは、日本でも個人住宅、小さな居酒屋などの飲食店、ホテルなどの客室、航空機内、身体障害者用やオストメイト(人工肛門などの保有者)用、子ども連れ用などにあり、そう珍しくはない。

 もちろん、企業の職場環境で男女共用トイレは法律違反だ。労働安全衛生法と同施行令の実施細則である「労働安全衛生規則」の第六百二十八条一には、便所は「男性用と女性用に区別すること」とある。この規則では、男性用の大便所は男性労働者60人以内ごとに1個以上、男性用小便所は男性労働者30人以内ごとに1個以上、女性用便所は女性労働者20人以内ごとに1個以上とする、となっている。

巻き起こるトイレ問題

 だが、日本でも最近、トランスジェンダーへの差別解消などの問題も含め、公衆トイレのユニセックス化が議論の俎上に上がってきているようだ。米国ではすでにニューヨーク州やノースカロライナ州でトランスジェンダーの公衆トイレ問題が論争になっているし、日本では2015年にトランスジェンダーの職員が「女性トイレを使用させないのは差別だ」とする行政訴訟を起こした。

 一方、性犯罪の防止の観点からは、トイレは男女別に分けるべき、という意見も根強い。また、小便器を撤去し、新たにユニセックス用トイレするなどには費用もかかる。そもそも小便器のあるなしがユニセックス化か、という話もあるだろう。日本に男性用小便器が入ってきたのは明治期後期だ。それまでは大小共用だった。

 米海軍によれば、ユニセックス用トイレを装備しているのは今のところジェラルド・R・フォードだけということだが、同艦によるテスト期間を経て、今後予定されているフォード級空母にも導入されていくはずだ。

 しかし男女構成比からの効率性から言えば、適度な数の小便器を設置したほうがコスト面とスペースでユニセックス用トイレより利点がある、と専門家は言う。トランスジェンダーの問題もあり、五輪のように短期間に人が集まるイベントでのトイレの課題については、これからより議論を要することになりそうだ。

※1:男性が座って大小便をすることによる、前立腺がんのリスクや高血圧症などのリスク軽減について、ここでは述べない。

※2:仲川ゆり、越川康夫、村川三郎、高津靖夫、「駅構内の乗換者数の推定とトイレ内器具使用の実態解析」、日本建築学会計画系論文集、第73巻、第626号、765-772、2008年

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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