「サメ肌」でフジツボを防ぐ技術とは

 海に入る機会の多い季節になっているが、常に海水に浸かり続けている船には多種多様な生物が付着し、船底を汚している。また、漁網や浮きなどの漁具、冷却用海水管や浮標といった人工構造物にも同様の生物が影響を与え、その機能を損なうことも多い。

 こうした水棲の付着生物は約2000種類いるとされ、目に見えない細菌類から海綿、よく知られているフジツボやカメノテ、イガイなどの節足動物や貝類、イソギンチャクやサンゴなどの腔腸動物などがある。この中でも特にフジツボやイガイ、ホヤ類などが船の船底に付着すると水の抵抗が増加し、燃費の悪化や速度の低下などを引き起こす。また、こうした付着生物を取り除くために定期的にドッグへ入れ、清掃したり新たに塗料を塗り直すことでも多額のコストがかかってしまう。

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1隻で年間約62億円

 米国海軍の研究によれば、中規模クラスの駆逐艦(アーレイ・バーク級、海自では「こんごう級」、9000トン程度)で、フジツボなどが付着することによる燃費や速度の悪化、船底の清掃や塗装費用などの全コストは年間で約62億円かかるとされ(※1)、米国海軍全体では実に約1150億円もの額になるとも言われている。

 こうした付着生物を防ぐためには、かつて船底の塗料に亜酸化銅やヒ素化合物といった毒性の強い原料が使われていた。だが、塗装作業者の労働災害や環境汚染への影響を考え、有機スズ化合物(トリブチルスズなど)へ切り替えられていったが、1990年代から国際的にスズ化合物の規制が強まり、2001年にはAFS条約(International Convention on the Control of Harmful Anti-fouling Systems on Ships、船舶についての有害な防汚システムの管理に関する国際条約)が採択され、日本もこの条約を批准している。

 現在、世界のほとんどの国の船舶は、AFS条約によってスズが入っていない船底塗料を使うようになっている。こうした船舶用塗料の技術開発で日本は世界をリードしているが、スズを使わず、アクリルやシリコンなどの新素材によって環境汚染を引き起こさずに船底などの汚れを防ぐ塗料ができている。また、こうした新技術の中には、塗料に電流を流すことで付着生物を防ぐといったものもあるようだ。

 ただ、これらの塗料も万能ではない。経年劣化で定期的な船底の清掃や塗装のし直しが必要になるからだ。さらに、塗布面の素材が限定されたりするなどの技術的な課題がある塗料、また自然に剥がれるタイプの塗料では剥離した塗料が環境汚染を引き起こすといった問題もある。

サメ肌をヒントにしたバイオミメティクス

 こうした中、サメの肌の機能をヒントにした新たな船底皮膜素材が注目されている。同じ海の生物でもクジラの場合、体表面にフジツボなどが付着することが知られているが、サメの肌はフジツボはもちろん細菌や寄生虫、イソギンチャクなどを付着させることは全くない。

 サメの肌には特殊な抗菌作用があるからで、サメの肌の表面を模倣したプラスチックを開発した米国のベンチャー企業は当初、病院などでの使用を考えていたようだ。大腸菌やバクテリアは平滑な表面にコロニーを作って繁殖するが、サメ肌シートは微細な凹凸があり、その繁殖を抑制するらしい(※2)。

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 このサメ肌シートを開発した企業と研究者は、このシートの凹凸パターンが生物が付着するための粘液を出すエネルギーを余計に消費させるからだと説明する。サメ肌シートを応用し、船底などに貼り付ければ、フジツボなどの付着を防ぐことができるかもしれない。

 こうした自然や生物から技術革新のヒントを得ることを「バイオミメティクス(biomimetics)」という。古くはレオナルド・ダ・ビンチが鳥の翼から飛行機を考え出したことから、クモの糸から防弾チョッキを考え出したり、オナモミという「ひっつき植物の実」からマジックテープが発明されたりしてきた。

 一方、付着される側ではなく、付着する生物のメカニズムについては、あまりよく知られていない。このメカニズムに普遍的な法則があるのだろうか。水中付着生物はあまりに多種多様なので、異なる生物種を横断的に研究したものはないが、細菌類や珪藻類などの原始的な付着生物が、フジツボやイソギンチャクなどの付着に影響を与えているようだ。

 人工物に対しては、まず細菌類や珪藻類が付着し、そこをベースにして節足動物や貝類、腔腸動物などが進出する、という経緯を辿るようだが、まだはっきりとはわかっていない(※3)。イガイは流れの速い海水でも岩肌に付着するが、こうした水中での固着技術もバイオミメティクスで研究されている。この後はサメ肌も含め、化学、流体力学、バイオテクノロジーなど、多岐にわたる研究分野からのアプローチでより技術革新が進んでいくことだろう。

※1:M. P. Schultz, at al., "Economic impact of biofouling on a naval surface ship." Journal Biofouling, Vol.27, Issue1, 2011

※2:Chelsie M. Magin, Scott P. Cooper, Anthony B. Brennan, "Non-toxic antifouling strategies." meterialstoday, Vol.13, No.4, 2010

※3:Maria Salta, Julian A. Wharton, Yves Blanche, Keith R. Stokes, Jean-Francios Briand, "Marine biofilms on artificial surfaces: structure and dynamics." environmental microbiology, Vol.15, 2879-2893, 2013