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電話で禁煙「クイットライン」のススメ

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

筆者も以前はタバコを吸っていた。10代後半から40代半ばまでの約25年間、1日20本のタバコを吸っていたから、ブリンクマン指数(1日の喫煙本数×喫煙年数、※1)で言えば「500」だ。ブリンクマン指数は、400を超えると肺がんの発生率が非喫煙者と比べて約5倍高くなる、と言われている。

自身が喫煙者だったから多少は理解できるが、社会がこれほど喫煙について厳しくなってきている以上、家族を含めての批難めいた視線に耐えながら吸い続けるにはよほど「タフで強靱な精神」が必要となる。

また、周囲に喫煙者が多い場合、本心では禁煙したくても「負のピア効果(同調圧力)」で吸い続ける人も多い。逆に禁煙成功者が身近にいれば、「タバコさえ止められない意志薄弱な人間」というレッテル貼りに対抗し、虚勢を張るため、天邪鬼的にタバコを手放さない、という人もいるだろう。

迷い多き喫煙者の心理

同僚や友人など、身近に「実は禁煙したいのだが」と相談できる人がいればいいが、タバコを止めるなどという「些細なこと」で神妙に知人に頭を下げる、という行為に抵抗を感じる喫煙者もいるかもしれない。今まで周囲の視線に耐えながら「頑固」にタバコを吸い続けてきた人間は、得てして自尊心が高く承認欲求も強い、とも言える。

そこでちょっとした提案だ。

タバコを止めたい、と思っている喫煙者は、居住地の県庁、市町村役所の「保健福祉課」や「健康増進課」といった部署、または地域の保健所、がん診療連携拠点病院の電話番号かホームページを探してみたらどうだろうか。

筆者が調べてみたところ、市町村、保健所、がん診療連携拠点病院の約70%に禁煙について相談可能な窓口が設置されており、その中の約半数は電話による無料(通信費別)の相談を受付けている。お金もかからず、内緒で禁煙相談ができるのだ。

例えば、北海道函館市には「禁煙相談」の窓口があり電話相談や来所相談に応じているし、受動喫煙防止条例のある神奈川県の鎌倉市などに電話による窓口がある。また、岡山県には「たばこクイットライン(電話無料相談窓口)」があり、県内2カ所の病院からの情報提供窓口が設置されている。

さて、ここに「クイットライン(Quitline)」という言葉が出てきた。

先日の「タバコ・パッケージからみる日本の後進性」という記事でも、オーストラリアの事例としてタバコのパッケージに「禁煙サポートのための電話相談窓口(クイットライン)の電話番号が記載され、より禁煙しやすい取り組みがなされている」と書いた。

クイットラインは本来、タバコに限らずアルコールや薬物、ギャンブルなどの嗜癖行動を変えるために設置された電話による無料の相談窓口のことだ。日本も署名批准する「たばこ規制枠組条約(WHO FCTC)」は、このクイットラインを禁煙サポートに利用するよう推奨し、クイットラインの設置を条約署名国に求めている。

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ニュージーランド「クイットライン」サービスのポスター:WHO REPORT ON THE GLOBAL TOBACCO EPIDEMIC. 2009

気軽に電話で禁煙相談してみよう

禁煙を望む喫煙者のフォローアップの第一段階として、この「電話による禁煙相談」つまりクイットラインの可能性が考えられる。

まだ禁煙外来を持つ医療機関が一つもない市区町村もあり、禁煙するためにいったいどうすればいいのかわからない喫煙者もいる。禁煙外来での治療でも半数以上が再喫煙して脱落しているが、クイットラインには彼らを拾い上げるための「セーフティネット」としての役割も期待できるのだ。

● 禁煙治療の保険適用を教え、治療できる禁煙外来を紹介。

● 薬局薬店でOTC(対面)販売で購入可能な禁煙補助薬の紹介。

● 自力で禁煙したい喫煙者を拾い上げ、アドバイスする。

● 禁煙治療に時間的・経済的な理由で抵抗がある喫煙者の支援。

● 禁煙外来の終了者や途中脱落した喫煙者のフォローアップ。

● もっと気軽に手軽に禁煙相談したいニーズの拾い上げ。

● 禁煙を希望する多様な相談者ごとの個別カウンセリング。

● 検診と医療、自治体、教育などの地域連携のハブ的役割。

● 禁煙支援で広域をカバーできる費用対効果の高い手法。

● すでに確立している電話という技術やインフラの活用。

クイットラインに禁煙率を高める有効性がある、という調査研究も多い。12ヵ月間で約7%から30%の間で禁煙率を高めることが示唆されている(※3)。

ただ、クイットラインにも、あくまで禁煙治療の補助的な役割であるという限界がある。

また、能動的に働きかけるカウンセリング(禁煙希望者へ治療側相談する側が電話をかける=Proactive Treatment)のほうが、受動的カウンセリング(禁煙希望者からかかってきた電話に対応する=Reactive Treatment)よりもより効果的、という研究もある(※4)。

厚生労働省は、2012年に全国の「がん診療連携拠点病院」を対象にした「たばこ相談員」設置する方針を示した。病院のある地域住民の禁煙希望などの相談に面接や電話などで応じる、としたが、がん診療連携拠点病院でも禁煙外来のない機関も多く(※5)、たばこ相談員やクイットラインの設置もマンパワーや予算、電話相談のノウハウ不足などの理由から、なかなか対応しきれていないのが現状だ。

がん診療連携拠点病院におけるたばこ相談員設置方針の流れを受け、国立がん研究センターは2014年7月、クイットラインを試験的に開設してみた。14日間で61件の電話を受けたが、クイットライン自体の認知度も低かったせいか、受動的なサポートに終始したようだ。

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国立がん研究センターでは「禁煙クイットライン(R)」のロゴマークを商標登録し、企業向けなどに禁煙サポートサービスを行う「禁煙クイットライン(R)事業者」を募集(PDF)している。

クイットラインは、国立がん研究センターがテストケースで始めつつあるものの、現状、日本ではまだ未整備で発展途上だ。インターネットやEmailなどの活用、禁煙希望者個々人のタイプ別に適切な介入解析のアルゴリズム開発もされていない。

オーストラリア、ニュージーランド、韓国、香港、シンガポール、台湾、タイ、米国カリフォルニア州、英国の「クイットライン」では、小冊子の郵送やインターネット、SNS、Eメールなど多様な媒体を併用している。こうした媒体の総称をクイットラインいう場合もあるが、これらの国や地域では、電話だけではなくインターネット上の情報提供、スマートフォンなどを使った相談者個別の対応なども進んでいる(※6)。

前述したように、地方自治体の健康相談窓口に禁煙相談を受け付けている機関も多く、同様に電話相談に応じる地域の保健所もある。がん診療連携拠点病院の「たばこ相談員」を合わせると、ある地域・自治体では3つの部署がそれぞれ一種のクイットラインを運用しているかもしれない。

筆者は、自治体や県の保健所、がん診療連携拠点病院、教育委員会、医師会、薬剤師会など、各機関・組織がバラバラにやっている禁煙サポートを体系化してまとめ、地域連携した形で禁煙サポートの「ハブ」的役割としてのクイットラインを整備すべきと考える。

だが、今でも公的な機関に禁煙相談窓口を見つけることができるだろう。あなたがもし禁煙をちょっとでも考えているとしたら、地元の役場や保健所、病院などに気軽に電話をかけてみたらどうだろうか。

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※1:ブリンクマン指数(Brinkman index、BI)は日本独自のタバコ消費量(実喫煙数)の尺度だ。世界的には「Pack year(パック・イヤー、パック年)https://www.cancer.gov/publications/dictionaries/cancer-terms?CdrID=306510」を使うことが多い。1パックは20本で、1日に1パックのタバコを吸う場合、その量を吸い続けた年数を掛ける。筆者の場合は「25パック年」となる。日本における禁煙外来の保険適用では、2016(平成28)年4月の改定で35歳未満の者について1日の喫煙本数×喫煙年数≧200の要件が廃止され、高校生などの未成年者への投与についてもニコチン依存症管理料の算定が可能となった。禁煙外来にかかるためのニコチン依存症管理料算定では、以前から未成年を除外するなどの年齢制限はなかった。だが、ブリンクマン指数(200以上)という制限があったため、実質的に未成年者や若年喫煙者などの多くが適用外になっていた。35歳以上の者については、従来通り、ブリンクマン指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)200以上が保険適用の条件となる。

※2:Zhu S-H, Anderson CM, Tedeschi GJ, et al. "Evidence of real-world effectiveness of a telephone Quitline for smokers." N Engl J Med 2002;347(14):1087-93.

このDr. Zhu S-H(米国在住の中国人研究者)は、米国カリフォルニア州で無料の「クイットライン」サービス「California Smokers Helpline」を主宰している。

※3:Stead LF, Lancaster T. "Telephone counselling for smoking cessation." Cochrane Review. In: The Cochrane Library, Issue 3, 2001. Oxford(最新版:2013)

※3:Lichtenstein E, Glasgow RE, Lando HA, Ossip-Klein DJ, Boles SM. "Telephone counseling for smoking cessation: rationales and meta-analytic review of evidence." Health Educ Res 1996;11:243-57.

※3:Zhu S-H, Strecch V, Balabanis M, Rosbrook B, Sadler G, Pierce JP. "Telephone counseling for smoking cessation: effects of single-session and multiple-session interventions." J Consult Clin Psychol 1996;64:202-11.

※4:Helgason AR, Tomson T, Lund KE, Galanti R, Ahnve S, Gilljam H. "Factors related to abstinence in a telephone helpline for smoking cessation." European J Public Health 2004: 14;306-310.

※5:例えば、北海道のがん診療連携拠点病院20病院のうち、禁煙外来があるのは9病院のみだ。禁煙外来のない病院は、連携先など禁煙外来のある病院を紹介している。

※6:谷口、田中「日本での禁煙ホットライン(クイットライン)の展開と、その方向性」日本公衆衛生雑誌、62(3):125-132、2015年

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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