タバコ吸う人は「意志薄弱で愚かな自己チュー」か

(写真:ロイター/アフロ)

喫煙者・禁煙者とも、双方の感情的な対立が先鋭化しつつある。

受動喫煙防止など、タバコにまつわる問題がかまびすしい。タバコ問題についての匿名掲示板などをのぞいてみると、かなり過激な罵詈雑言が飛び交うようになってしまった。

すでに喫煙者はマイノリティだ。タバコやタバコ産業を守る立場の財務省にしても「森友学園問題」で有名になった理財局のHPには主な業務の一つとして「未成年者の喫煙防止に取り組み、国民を保護します」と書かざるを得ない状況にある。

一方で、タバコの健康への悪影響は、受動喫煙も含めて「客観的で科学的な事実」として社会的に認知され広がっている。愛煙家の中には、科学者や学者、思想家、作家といった高度な知的作業をする人も少なくないが、彼らの反対意見はマイノリティゆえに多数派の意見に埋没しがちだ。

「喫煙者」とは

では、喫煙者は「ワガママで意志の弱い、客観的な事実に向き合えない愚か者」なのだろうか。今回の記事では、この「喫煙者」という存在について考えてみたい。

そもそも「喫煙者」とは誰だろう。

厚生労働省の「国民健康・栄養調査」では、喫煙の状況に対する質問形式と対象が各年度で異なっている。

  • 2003(平成15)年度から2010(平成22)年度までは「合計100本以上又は6か月以上たばこを吸っている(吸っていた)者」を喫煙習慣を持っている者としていた。
  • 2012(平成24)年度は「これまでたばこを習慣的に吸っていたことがある者」のうち「この1か月間に毎日又はときどきたばこを吸っている」と回答した者とし、
  • 2013(平成25)年度では「現在習慣的に喫煙している者」を「たばこを『毎日吸っている』又は『時々吸う日がある』と回答した者」を現在習慣的に喫煙している者と定義している。
  • 日本たばこ産業(JT)の定義によれば「毎日吸う人」と「ときどき吸う人」を喫煙者としている。

厚労省によれば、喫煙者の70%は「ニコチン依存症」という病気であり、タバコを止められない理由は、ニコチン(nicotin)のもつ強い依存性が原因、とする。つまり、喫煙習慣は「ニコチン依存症」という治療が必要な「病気」であり、喫煙者は「病人」というわけだ(※1)

筆者も以前は喫煙者だった。10代後半から40代半ばまでの約25年間、1日一箱吸っていた。喫煙しなくなって約10年経つが、今でもタバコを吸ってしまって焦る、という夢をみたりする。

25年間、1日20本は、ブリンクマン指数(1日の喫煙本数×喫煙年数、※2)で言えば「500」であり、これが400を超えると肺がんの発生率が非喫煙者と比べ、約5倍高くなるので要注意だ。

ところで、よく喫煙者が「喫煙率が下がっているのに肺がんの発生率が高くなっているのはおかしい」と主張するが、ちょっと考えればわかるようにタバコを吸ったからといってすぐに肺がんになるわけではない。喫煙した人が何年か経って、喫煙関連疾病を発症する。過去の高かった喫煙率が、今になってジワジワと影響を表している、というわけだ。

ニコチンは約10秒で脳へ到達する

喫煙者は「ニコチン依存症」にかかった治療の必要な「病人」という見方から考えてみれば、タバコに含まれるニコチンという物質による影響が大きい。

よくタバコの吸い殻を水に浸け込んだ液を殺虫剤に使うように、ニコチンには毒性がある。「ニコチンの急性致死量は成人40~60mg(紙巷タバコ2~3本に相当)、幼児10~20mg(同1/2~1本)」(※3)とされている。つまり、タバコを3本ほど食べると死に至ることがある、というわけだ。また、WHO(世界保健機関)によれば、ニコチンはアヘンや大麻、コカインと同じ「依存性薬物」とされている。

ニコチンは、タバコを吸うと口腔粘膜や肺から素早く吸収され、脳へも10秒ほどで到達する。その後、ニコチンは血流を介して全身に運ばれ、特に筋肉、脾臓、肝臓、腎臓に高く分布する。ニコチンがそのまま尿中へ排泄される割合は10%程度。ほとんどが肝臓で代謝され、ニコチンの約70%が主要な代謝物「コチニン(cotinine、nicotineのアナグラムらしい)」に代謝される(※4)。

ニコチンの消失半減期は約2時間。禁煙を10日間すれば、体内のニコチンと代謝物のコチニンが消失する。コチニンの血中濃度はニコチンよりも高く、コチニンの消失半減期は約20時間。コチニンは喫煙のバイオマーカー(被験者の尿や血液からコチニンが検出されれば喫煙していると考えられる)として使われる(※5)。

ニコチンが肺から脳へ到達すると、脳内のニコチン受容体と結びつく。ニコチン受容体には様々なサブタイプ(17種類)が存在するが、その中心的な存在は、中枢神経細胞における発現が多くニコチン依存に関係する受容体「α4β2」だ。ニコチンやニコチンの代謝物の受容体はこのほかにも多種多様なものがあり、その影響は複雑で、ニコチン摂取で増加する脳内の神経伝達物質は多岐にわたる(ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン、グルタミン酸など)。そのため、ここでは主にニコチンとα4β2受容体について書く。

ニコチンがα4β2受容体と結合すると、ドーパミン(dopamine)が放出される。

ドーパミンは「快感物質」とも言われ、満足感や多幸感、緊張緩和作用がある。ドーパミンは本来、生物が生きていくために必要な脳内の「報酬系」だ。快感や満足感を得る報酬体験は、生物生存の動機づけとなり、獲物をとったり生殖活動をするために備えられている。

さて、タバコを吸うと10秒ほどでニコチンが脳へ達し、α4β2受容体から放出されたドーパミンが、腹側被蓋から側坐核へ至り、さらに前頭葉へ投射される(※6)。ニコチンがドーパミンによる報酬効果系を活性化し、それが繰り返されてニコチン依存症になる仕組みは単純ではないが、基本的にはこの報酬系への刺激が繰り返されることにより、ニコチンがないとイライラしたり不安になったりという離脱症状が出る。そのため、さらに喫煙によるニコチン摂取をやめられなくなる、というわけだ。

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ニコチンとα4β2受容体、脳内報酬系の図。ニコチンの摂取によりドーパミン、GABA(γアミノ酸)、グルタミン酸が出る。:Rationale, pharmacology and clinical efficacy of partial agonists of α4β2nACh receptors for smoking cessation. Hans Rollema, Jotham W. Coe, Leslie K. Chambers, Raymond S. Hurst, Stephen M. Stahl, Kathryn E. Williams, Pharmacological Sciences Vol.28 No.7, 2007. より引用・改変。

ニコチン依存には個人差がある

このように喫煙者は、ニコチンに依存(dependence)する病気だが、ニコチン依存症にかかりやすいかかかりにくいかには個人差があることが知られている。

喫煙と遺伝子の関係が、本格的に研究され始めたのは1990年代からだ。1999年には「SLC6A3-9」という遺伝子が、禁煙のしやすさと関連がある、という研究論文が発表されている(※7)。この遺伝子多型を持っている人は禁煙しやすい、というわけだ。

また、ニコチンは体内で代謝され、その約90%は影響のない物質に変えられて体外へ排出される(※8)が、この代謝機能には「CYP2A6」という遺伝子が関係する。ニコチンをコチニンへ変えることにも、この遺伝子が深く関わっている。

日本人は、この遺伝子の欠損型や変位型が多いため、ニコチンを代謝する能力が低い、という研究もある(※9)。つまり、体内のニコチン濃度がなかなか下がらないため、このタイプの喫煙者は本数を吸わずにすますことができるのではないか、と考えられる。

また、この研究で興味深いのは、大豆食が多いというような日本人固有の食生活がニコチン代謝能力の低さと関係しているのではないか、と示唆している点だ。イソフラボンが何らかの影響を及ぼしているらしい。

このように一口に喫煙者と言っても、遺伝的な体質によってニコチンへの耐性や禁煙しやすさが違う。これは一卵性双生児の研究(養子縁組などにより異なった環境で育った双子を喫煙・非喫煙・禁煙で比較)でも、ほぼ同じような結果が出ている。

また、前述した大豆食という食習慣の影響関与のように、コーヒーやアルコールといった嗜好品の有無、運動習慣やストレス、睡眠など、ライフスタイルによっても喫煙・禁煙に違いがあることがわかっている(※10)。

この研究では、ニコチンの薬物依存と心理的な依存という側面からもアプローチしていて、遺伝的基本気質、STAI(状態─特性不安尺度)、ヘルスカウンセリング必要度の3つの尺度から比較している。それによれば、喫煙者の場合、不安気質の傾向があり、精神や行動のカウンセリングの必要度が高いことが示された。個人の精神的な傾向が、喫煙に影響するのかもしれない。

一方、ニコチンに対する「依存」は「依存症」という病気とするべきではない、という意見もある(※11)。ニコチンの脳内機序は「自然報酬系」なので、軽度な薬物に対する依存状態、というわけだ。

また、情動や欲望といったものに関係する大脳辺縁系の「指令」により理性や知性といった新皮質が「手段」を行使し、我々の目的を達成する、という観点から、喫煙という行動は大脳辺縁系を「満足させ安定させる」ものであり、それはすなわち「人間らしさ」の発露である、という考え方もまぁ一部にはある。

喫煙者の不思議な行動

筆者がなぜタバコを止めたのか、と言えば最も大きな理由は、風邪をひいて体調が辛いのに寒い中、近所のコンビニまでいちいちタバコ一箱を買いに出ている自分がバカバカしくなったからだ。

このように、喫煙者は「非合理的で普通では考えられない特異な消費行動」をとることが知られている。筆者のように、買い置きをせず一箱ずつ律儀にタバコを買いに行く、という行動もそうだ。

喫煙には「行動嗜癖(addiction)」という観点がある。ニコチンという「物質嗜癖(substance addiction)」であると同時に喫煙行動という「プロセス嗜癖(process addiction)」でもある、という考え方だ(※12)。

この行動嗜癖の考え方では、経済学の分野でノーベル経済学賞(1992年)も取った「合理的嗜癖モデル(rational addiction models)」がある(※13)。これを喫煙でみると、喫煙者は将来の健康リスクも理解し承知の上で合理的な行動としてタバコを吸う、と考える。

だが、この合理的嗜癖モデルは、消費行動研究に大きな影響を与えたものの現在では否定されつつある。

その後、「喫煙者は、合理的に考えて現在のリスクを受け入れているのではなく、嗜癖に陥ってしまったことを『後悔』しているのではないか」というように嗜癖行動を「限定合理的」に捉える考え方(※14)が出てくるようになった。

さらに、こうした行動経済学の分野では、反市場主義的な「葛藤モデル」というものが出てきている(※15)。自ら喫煙をしずらくする相矛盾した行動のことだ。これは「クリスマスクラブに貯金する」など、浪費をしないためにあえて流動性の低い商品に投資するような、相反する二つの欲望の間で折り合いを付ける行動、とされている。タバコの買い置きをしない、という行動がこれに当たるのかもしれない。

喫煙者は「時間選好率(rate of time preference)」が高いこともよく知られている。将来よりも現在により重点を置く、というわけだ。

喫煙者の心の中は複雑だ。現状のように、喫煙者がマイノリティとなり、社会的にも厳しい目で見られるようになり、さらに彼らの心情はより複雑さを増す。心理学でいうところの「認知的不協和(cognitive dissonance)」状態となり、自分でも納得できない喫煙を止められない行動に対して「負け惜しみ」で多種多様な言い訳を試みる。

いずれにせよ、喫煙者は「治療の必要な病人」であり、彼らの中には禁煙しにくい遺伝的体質的な傾向を持つ人も少なくない。また、不安気質を持つ喫煙者も多く、彼らの行動は矛盾し、将来のリスクより現在の利益を選ぶ傾向がある、というように複雑だ。以上のことから、筆者は喫煙者がけっして「意志薄弱で愚かな自己チュー」とは思わない。

タバコ対策について筆者の立場は、非喫煙者の健康被害を防ぐのは当然としても年代性別によって依然として喫煙率は高い現状で「闇雲」に受動喫煙防止対策を推し進めるのはどうか、というものだ。これについては、本連続記事の最初に書いた(「タバコ対策は『喫煙者のフォローアップ』も重要だ」)。

とは言っても、受動喫煙防止対策はタバコ対策の眼目である「喫煙率を下げること」についてかなり大きな効果があるから無視できない(「『受動喫煙防止』に効果はあるか」)。

政府が公然と売っているものを一方で規制するダブルスタンダードには矛盾も感じている。「たばこ事業法」では、JT(日本たばこ産業)以外はタバコを製造販売できない(1年以下の懲役または100万円以下の罰金)。公営ギャンブルやパチンコはいいのに、賭博罪の疑いをかけられると社会的に抹殺されかねないことによく似ている。

そもそもタバコ対策が政府行政の政策として煮え切らない大きな理由には「タバコ利権」があり(「『タバコ利権』はあるのか」)タバコ対策がなかなか進まない理由にもなっている「(タバコの経済的デメリットはメリットを凌駕する」)。

今回は「喫煙者とは何か」について考えた。

禁煙サポートの有無によって禁煙成功率は変わる(※16)。喫煙者は治療の必要な「病人」であり、彼ら自身も矛盾を抱え、行動に対して疑問を抱いている。政府行政がダブルスタンダードである以上、喫煙者を理解しつつ、彼らがタバコから「自由」になるように支援することも重要だろう。

関連記事:

※1:厚生労働省:厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野、第3次対がん総合戦略研究 平成17年度 総括・分担研究報告書

※2:2016(平成28)年4月の改定により、35歳未満の者については1日の喫煙本数×喫煙年数≧200の要件が廃止された。35歳以上の者については、ブリンクマン指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上であることが保険適用の条件となる。また、高校生などの未成年者への投与についてもニコチン依存症管理料の算定が可能となった。未成年者の場合、依存状態等を医学的に判断し、本人の禁煙の意志を確認するとともに、家族等と相談の上算定することとなる。ニコチン依存症管理料算定に未成年は除外などの年齢制限は以前からなかったが、ブリンクマン指数(喫煙本数×年数)による制限があったため、実質的に未成年者や若年喫煙者などの多くが適用外になっていた。

※3:「タバコの誤飲に対する処置について」、日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会報告、日本小児科学会雑誌102巻5号、613、1998年

※4:たばこに含まれるニコチンの代謝:Hukkanen, J., Jacob, P. 3rd, Benowitz, N.L.: Metabolism and disposition kinetics of nicotine. Pharmacol. Rev., 57, 79-115, 2005

※5:Nakajima, M., Yamagishi, S., Yamamoto, H., et al.: Deficient cotinine formation from nicotine is attributed to the whole deletion of the CYP2A6 gene in humans. Clin. Pharmacol. Ther., 67, 57-69, 2000

※6:ニコチンの作用機序:Acetylcholine receptors containing the 2 subunit are involved in the reinforcing properties of nicotine, Marina R. Picciotto, et al., Nature 391, 173-177, 8 January 1998.

※7:Evidence suggesting the role of specific genetic factors in cigarette smoking. Caryn Lerman, et al. Health Psychology, Vol 18(1), Jan 1999, 14-20.

※7:A genetic association for cigarette smoking behavior. Sabol, S. Z., Nelson, M. L., Fisher, C. et al.: Health Psychol. 18(1) : 7-13, 1999.

※8:Metabolism and disposition kinetics of nicotine. Hukkanen, J., Jacob, P. 3rd, Benowitz, N.L.: Pharmacol. Rev., 57, 79-115( 2005)

※9:「ニコチン代謝に個人差が生じる要因」、中島美紀、昭和大学薬学雑誌、第4巻第2号、2013年。

※10:「禁煙外来における禁煙治療の長期的効果に関する疫学的研究─3ヶ月及び1年後のフォローアップ調査結果より─」、宮城眞理ら、心身健康科学、第8巻第2号、2012年

※11:「ヒトの行動におけるニコチン依存──依存と依存症の観点から見た検討──」宮田久嗣ら、日本神経精神薬理学雑誌、24:61-66、2004.

※12:"Addiction Medicine: Closing the Gap between Science and Practice." The National Center on Addiction and Substance Abuse at Columbia. (2012-06).

※12:嗜癖「(問題となる財を)かなり使用した後で、明らかに有害な結果があるのにもかかわらず、またしばしば無条件でやめたいという強い願望があるにもかかわらず、使用者が欲しない使用を衝動強迫的に(自分の意志に反して)繰り返し行うこと」

"Addiction and Cue-Triggered Decision Processes." Bernheim, Rangel, American Economic Review : Vol. Vol. 94 No. 5 (December 2004)

※13:A Theory of Rational Addiction, Becker, G.S. and K.M. Murphy, Journal of Political Economy, 96, 1988, 675-700.

※14:Is Addiction Rational: Theory and Evidence. Gruber, J. and B. Koszegi. Quarterly Journal of Economics 116, 1261-1303. 2001.

※15:Prospect theory: an analysis of decision under risk. Kahneman D, Tversky A. Econometrica 1979;47:263-91.

※15:Commitment contracts as a way to health. Halpern SD, Asch DA, Volpp KG. BMJ 2012;344:e522.

※15:Commitment devices: using initiatives to change behavior. Rogers T, Milkman KL, Volpp KG. JAMA 2014;311:2065-6. E2 JAMA Published online April 28, 2014

※16:Smoking cessation with and without assistance a population-based analysis. Zhu S-H, Melcer T, Sun J, Rosbrook B, Pierce MS. Am J Prev Med 2000;18(4):305-11.

※2017/04/24:9:51:何カ所か誤字脱字を修正、単文を加筆した。