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生物が持つ「裏切りの遺伝子」の意味とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
photo by Masahiko Ishida

嫌われる「ただ乗り」する連中

この一つ前の記事では、自分を犠牲にして遺伝子を残す生物の利他的な行動を紹介しました。

しかし、利他的な行動にはリスクやコストがかかります。だから、利他的な行動をする集団には、常に裏切り者、怠け者、だまし屋がいる。そうした、まさに利己的な連中は、利他的な行動のコストを支払わず、集団の利他的関係にフリーライダー、つまり「ただ乗り」しようとします。いわばこれは「ただ乗り遺伝子」です。

こうした連中は、人間社会でも嫌われます。しかし、仲間同士の助け合いを避け、批判を巧みにスリ抜け、まんまと美味しいところを持っていってしまうこともある。

人間以外の生物で、こうしたズルは許されるんでしょうか。吸血コウモリの場合は、コストの負担をせず、協力しない個体は次第に血を分け合ってもらえなくなり、村八分にされてしまうという「しっぺ返し」にあいます。

また、大きな魚の寄生虫を食べる、ソウジウオというベラの一種の魚がいます。寄生虫を掃除する代わり、鱗などを少し囓らせてもらう。大魚のほうは、掃除とバーターで鱗を囓られても黙っているそうです。

このソウジウオにも、仲間に寄生虫の掃除をさせておき、自分は依頼主の大魚の鱗や粘膜を食べてばかりいるズルい「ただ乗り魚」がいる。しかし、ズルい魚は、怒った依頼主からも追いかけ回され、近づけなくさせられます。依頼主である大きな魚は、ズルい魚を避け、正直者の魚のほうに身をまかせたりする。さらに、誠実な魚とズルい魚を正当に評価する依頼主に対して、ソウジウオたちは積極的にまめまめしくお世話するそうです(*1、米国、ケンタッキー州のルイビル大学の研究者による論文)。

さらに興味深いのは、正直者の魚がただ乗り魚を罰するような行動を取ることもあることです(*2、英国、ロンドンにある動物学研究所の研究者らによる論文)。依頼主が怒るのはわかりますが、正直者の魚は直接関係のない立場です。それでもズルい魚を叱りつける。この実験をした研究者らは、こうした行動にはかなり高度な意味がある、と考えているようです。

「ただ乗り」連中を見分ける方法とは

ただ、勧善懲悪というのはドラマの中だけの話のようで、まんまとただ乗りするズルい連中はなかなかいなくなりません。前の記事で紹介した助け合う粘菌でも、仲間の利他的な恩義に知らん顔をし、利益だけを享受するズル賢いヤツらがいます。彼らは悪者同士では協力し、正直者をごまかしながら増えていく(*3、米国、ライス大学の研究者らによる論文)。

しかし、利他的な行動をとる集団に、だまし屋の裏切り者や怠け者がいて、やりたい放題にされていたら、いずれ助け合い遺伝子がなくなり、集団が崩壊してしまいます。なので、こうした連中には、さまざまな対抗策が講じられている。

たとえば、利他的な協力者同士は、お互いを認識できるようなタグをつけたりします。このタグは「緑ヒゲ理論(Green beard effect、Green beard)」と呼ばれている。

もともとは、これも利己的な遺伝子の考え方で、相手を識別(緑色をしたヒゲ)して利他的な行動を効率的に行えるように進化した遺伝子のことですが、さらに敵対的な裏切り者を区別し、助け合い遺伝子とただ乗り遺伝子を見分けよう、というわけです(*4、英国、ロンドン大学の研究者らによる論文)。実際、粘菌やアリの一種には、この緑ヒゲ遺伝子が見つかっています(*5、スイス、ローザンヌ大学と米国、ジョージア大学の研究者らによる論文)が、この「裏切り者を識別できるタグ」、人間社会にも欲しいですね。

裏切りにもコストがかかるので、正直者が負け続けるわけではありません。むしろ、利他的な協力を続けることによって、助け合い遺伝子のほうが勝つこともある(*6、酵母の「葛藤」を調べた英国、インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者らによる論文)。

「ただ乗り」連中は集団が払うコストか

さらにいえば、裏切りにも一分の道理があるのかもしれません。たとえば、裏切りの遺伝子が変化することで、より協力的で利他的な進化を遂げるケースもある(*7、ドイツ、マックス・プランク研究所の研究者らによる論文)。土の中にいる真正細菌の一種(粘液細菌Myxococcus xanthus)は、普段はバラバラの細胞ですが、ほかの微生物の狩りをするときや栄養状態が悪く飢餓状態になったときには、10万ほどが集まって多細胞の集団を作ります。

このとき、社会的な利他行動をして栄養胞子や子実体(しじつたい、菌類の場合はキノコ)を作る。その中に「ただ乗り」の裏切り者がいます。こいつらは子実体を作ることのできない遺伝子型になっているので、子実体を作る仲間を裏切って栄養を横取りする。

しかし、裏切り者遺伝子を持つ粘菌に特有のある遺伝的な変異が起きると、今度は協力的で利他的な子実体ができます。この変異が起きた子孫は、自分の元になったような裏切り者からの栄養横取りを受けないようになる。裏切り者遺伝子がもとになり、裏切られないような進化をするというわけです。逆に言えば、裏切り者がいなければ、裏切りを防ぐことができないんですね。

こうした「裏切る裏切られる」という関係は、もしかすると表面的なものかもしれません。生物の進化を引き起こすメカニズムの一つという考えも成り立ちます。正直者ばかりとは限らないこんな世の中でも、利己的な遺伝子のおかげで助け合い遺伝子は、根源的に持つ弱点を克服してきたのでしょう。

ところで、アフリカの砂漠地帯にダマラランドデバネズミという齧歯類がいます。これは以前の記事「女王様はフェロモンで奴隷男を操縦する」に出てきたハダカデバネズミの仲間で、穴を掘って社会生活をする珍しい動物です。

ダマラランドデバネズミは、アリやハチと同じように一匹の女王デバネズミとワーカーと呼ばれる多くの働きデバネズミが利他的な行動をして生きている。デバネズミのワーカーにも正直な働き者とズルい怠け者がいて、怠け者のほうは普段は餌を食べてるだけで太ってるんです。

しかし、なぜかデバネズミの社会では、怠け者が制裁を受けず、それですんでいます(*8、南アフリカ、プレトリア大学の研究者らによる論文)。もしかすると、怠け者デバネズミには何か特殊な遺伝子があり、そうした因子が飢餓や病気といった危機的状況で集団を救うのかもしれません。それは「集団が払うリスクヘッジのためのコスト」になるでしょう。

裏切り者を罰するのにもコストがかかります。同時に、仲間を裏切るのにも、それなりのコストがかかる。助け合い裏切り合い、またそうした関係を利用しながら、生物はなんとか進化してきたんでしょう。

(*1:Lee Alan Dugatkin, "Animal behaviour: Trust in fish", Nature 441, 937-938 (22 June 2006)

(*2:N.J. Raihani at Zoological, "Punishers Benefit from Third-Party Punishment in Fish." Science 8 January 2010: Vol. 327 no. 5962 p. 171

(*3:Lorenzo A. Santorelli, Christopher R. L. Thompson, Elizabeth Villegas, Jessica Svetz, Christopher Dinh, Anup Parikh, Richard Sucgang, Adam Kuspa, Joan E. Strassmann, David C. Queller & Gad Shaulsky, "Facultative cheater mutants reveal the genetic complexity of cooperation in social amoebae", Nature 451, 1107-1110 (28 February 2008)

(*4:Vincent A. A. Jansen & Minus van Baalen, "Altruism through beard chromodynamics", Nature 440, 663-666 (30 March 2006)

(*5:Keller & Ross. "Selfish genes: a green beard in the red fire ant", Nature 394: 573-575, August 6, 1998.

Queller,D.C. et al. "Single-Gene Greenbeard Effects in the Social Amoeba Dictyostelium discoideum", Science 3 January 2003:Vol. 299. no. 5603, pp. 105- 106

(*6:R. Craig MacLean & Ivana Gudelj, "Resource competition and social conflict in experimental populations of yeast", Nature 441, 498-501 (25 May 2006)

(*7:Francesca Fiegna, Yuen-Tsu N. Yu, Supriya V. Kadam & Gregory J. Velicer, "Evolution of an obligate social cheater to a superior cooperator", Nature 441, 310-314 (18 May 2006)

(*8:M. Scantlebury, J. R. Speakman, M. K. Oosthuizen, T. J. Roper & N. C. Bennett, "Energetics reveals physiologically distinct castes in a eusocial mammal", Nature 440, 795-797 (6 April 2006)

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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