Yahoo!ニュース

「小顔がなぜモテるのか」を遺伝子から考えてみる

石田雅彦サイエンスライター、編集者
photo by Masahiko Ishida

頭が大きいと難産になる

この世の中、やけに小顔がもてはやされてますね。小顔メイクなんていうのもあるし、実際に美容整形で顎の骨を削ったりしてまで小顔にする人もいます。

私を含めて顔の大きな人は、あまり評判よろしくない。舞台映えのする大顔面は、歌舞伎役者なんかで好まれますけどね。でも、どうして顔の小さな人と顔の大きな人がいるんでしょう。小さな顔を好む小顔遺伝子なんてものがあるんでしょうか。

顔が大きいと言えば、霊長類の進化は脳の容量が大きくなる歴史でした。顔の大きさは頭部の大きさに関係しますし、脳と体重の比率でも人間は、ほかの霊長類と比べても脳の割合が大きい(*1、ドイツ、ハンザ先端研究所の研究者らによる論文)。

だから、頭が大きいのは当然としても、問題は、なぜ小顔が好まれるかです。

人間が直立二足歩行をするようになると、体型が劇的に変化しますが、骨盤も当然、大きく変形します。これが出産に大きな影響を与える。

人間の女性の骨盤は、下がぽっかりと空いているんですが、これは出産するための穴です。人間の新生児の頭は、チンパンジーなどに比べると大きい。骨盤の下部にわりと大きな穴が空いているとしても、ギリギリ通れるかどうかです。

この限られた大きさの骨盤から、物理的に頭の大きな赤ちゃんを外へ産み出すために、人間の産道は途中で角度がついてねじれています。

なので、赤ちゃんが外へ出てくる途中では、頭を回転させないとうまく出産できません。パズルのようなものです。こうした複雑な出産のため、ヘソの緒が赤ちゃんの首に巻き付いたり、といった事故が起きてくる。

一方、チンパンジーのメスの骨盤の穴は、新生児の頭が余裕で通過できるくらいスカスカになっています。わりと安産なんですね。

それが、約350万年前のアウストラロピテクスで直立二足歩行するようになると、狭い産道に比べて赤ちゃんの頭の大きさがかなり厳しくなり始め、難産になってきます。ただ、アウストラロピテクスの場合、まだ産道内で赤ちゃんを回転させなければならないほど狭くはありません(*2、米国、ニューメキシコ州立大学の研究者らによる論文)。

約60万年から30万年前の直立したホモ・エレクトゥスでは、今の人間くらいの産道になりますが、これは赤ちゃんの脳のサイズに応じて産道が大きくなっていったからのようです(*3、米国オハイオ州のケース・ウェスタン・リザーブ大学の研究者らによる論文)。

人間の場合、頭の大きな赤ちゃんは、本人はもちろん母体にも大きな生命の危険を与えるわけで、小さく産んで大きく育てる、というのが人間の出産の基本。実際、新生児の頭の大きさはチンパンジーとあまり変わりませんが、産道が狭く複雑な分、人間の赤ちゃんの場合、生後、猛スピードで頭が大きく育っていくんですね。

こうした理由から、人間には小顔、つまり小さな頭部で生まれるという遺伝子、小顔遺伝子が、いつしか備わったのだと思います。大きな頭の赤ちゃんが、母体を脅かしたり自分自身が出産時に死んだりして淘汰されたこともあったんじゃないでしょうか。

もともと小顔好きなのはなぜか

そのため、人間が急速に小顔になっていくのは、農耕が始まった頃よりも実はずっと前だった、と主張する研究者もいます。

女性からしてみれば、顔の大きな男性との子どもを生む場合、容易に難産が予想されます。そうなれば、やはり小顔の男性が好まれるということになるんでしょうか。

そうした好みに農耕による食生活の変化が加わり、人間はどんどん小顔になっていったのかもしれません。

ところで、小顔や小顔好きが進化の結果だとして、ここで問題になるのは歯の大きさです。

歯の大きさは、顎の大きさとかわりばんこのように、古い時代ほど大きく、次第に小さくなっていくのが一般的ですが、歯の大きさ自体は変化しにくく、顎の縮小速度になかなか追いついていけません。すると当然、小さくなった顎に歯が収まらなくなる。

人間の場合、親知らずのように、ほかの霊長類より歯の数を少なくし、しのいでいますが、それでも物理的に収まりがつかず、歯並びが悪いディスクレバンシー、いわゆる乱ぐい歯になっちゃうんですね。

一方、顎の大きさについては、日本人の場合、縄文人の顎と現代人とで顎の大きさはほとんど変わっていないという研究もあり、イメージとは逆に縄文人は弥生人に比べると顔が小さかったようです。

歯の大きさも、縄文人と弥生人とではずいぶん違っていました(*4、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科の研究者らによる論文)。縄文人の歯のほうが小さく、弥生人のほうが大きかったんです。

弥生人は、大陸から渡来してきたと考えられているので、こうした逆転現象が起きたのかもしれません。歯の大きさと同じように、縄文人は丸顔で比較的小顔でしたが、大陸系の弥生人は上下に長い顔の大顔面でした。

いずれにせよ、日本人は明治維新以来、ずっと歯が大きくなり続けているそうです。顎は小さくなっていくのですから、歯並びが悪くなるわけで、この解決にはやはり親知らずがはえなくなるように、歯の数を減らすほかありません。

親知らずが生えない割合は、日本人を含む北方アジア人が人類の中でもダントツに多いようです。歯の大きさがなかなか小顔化に追いつかないので、とりあえず歯の数を減らす方向へ向かうんでしょう。だとすれば、我々日本人は新人類なのかもしれません。

いずれにせよ、なぜ我々が小顔好きなのか、という理由を考えるとき、出産を楽にする圧力のほか、歯の噛み合わせや親知らずの存在などが影響している、とも考えられます。ひょっとすると、人類には頭部を小さくさせる「小顔遺伝子」があるのかもしれません。

では、大顔面で頭の大きな人はどうすればいいんでしょうか。難産で生んでくれた母親に感謝する気持ちがあれば、その優しさが異性にモテる要素につながるかもしれませんし、母親が安産だったのなら小さく産んで顔や頭部が大きく育った結果。それが素晴らしい進化、というやつです。

(*1:Jerison, H.J. "Evolution of the Brain and Intelligence", Academic Press (1973)

(*2:Wenda Trevathan, Karen Rosenberg, "The shoulders follow the head: postcranial constraints on human childbirth", Journal of Human Evolution (2000) 39, 583-586

(*3:Scott W. Simpson, "A Female Homo erectus Pelvis from Gona, Ethiopia", Science 14 November 2008: Vol. 322 no. 5904 pp. 1089-1092

(*4:Brace, C. L.; Nagai, Masafumi., "Japanese tooth size: Past and present." American Journal of Physical Anthropology 59(4): 399-411. (1982)

※2015年5月26日、Yahoo!からの指示でトップの写真を差し替えました。

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事