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我々が「外見で判断しがち」な理由を遺伝子から考える

石田雅彦サイエンスライター、編集者
photo by Masahiko Ishida

どうして太ってるだけで嫌われるのか

よく「人は見かけによらない」なんて言います。でも、この言葉には、意外なニュアンスが含まれています。つまり、我々は外見で人を判断しがち、ということです。

外見では、やはり体型の印象は大きい。背が低かったり高かったり、痩せてたり太っていたり。たとえば、子どもの頃を振り返ってみると、太ってる子、ぽっちゃりな子、いや、はっきり言えばデブは、からかわれたり嫌われたりしてました。

子ども時代に限らず、大人になっても太ってる人はいわれなき不利益をこうむっている。多くの心理学の調査でも、太った人に対しては明らかな反感や偏見が社会にある、という結果が出ています。これほどまでにダイエットがもてはやされるわけですから、太ってる人は見かけであまりいい印象を与えないのに違いない。

しかし、私たちはどうして太っている人に対して偏見をもつことが多いんでしょうか。渡る世間は、なぜ太ってる人に対してあんなに強い嫌悪感や反感を抱くのか。この感情に何か理由はあるのか。小学校時代、どうして太ってるというだけで、あの子はあんなにイジメられなければならなかったんだろう。

実は、こうした感覚や感情について遺伝子が、大きな作用をしているのかもしれないのです。

たとえば、人間以外の動物でも、外見が行動に影響を与えることがある。トサカのある鳥類のメスが繁殖行動でオスを選ぶときの基準にしているのは、どうやらオスのトサカの形や色、大きさというのは有名な仮説です(*1、ハミルトンとズクの仮説:The Hamilton-Zuk hypothesis、英国の進化生物学者William Donald "Bill" Hamiltonらの論文)。トサカのある鳥類では、大きくて色が鮮やか、形が整っているトサカをもつオスがメスから選ばれるらしい。

どうしてかと言うと、そうした鳥類のオスの場合、生まれてから成熟するまでの間にかかった病気によって、トサカの色や形が変わったりすることがよくあるからです。なので、トサカの形がおかしかったり色が悪かったりするオスは、病気にかかっていたり健康に何か不安があるのではないか、ということでメスから選んでもらえません。

逆に、色や形の見栄えのいいトサカを持つオスは、結果的に病気にも強いだろうし、病気を持っていないだろうから交尾をしても病気をうつされる心配がない、ということもあってメスにもモテるんじゃないか。こうした鳥類のメスは、オスを外見(トサカ)で判断する遺伝的プログラムを持っている、というわけです。

同じように、人間でも何か外見的要素、たとえば太っていることが、配偶者を選んだり情動が左右される基準になっているかもしれません。

太ることは不健康さの現れだった?

この仮説を確かめるため、オランダの心理学者の研究チームが、肥満の人が他人へ与える印象を調べてみたそうです(*2、オランダ・フローニンゲン大学の心理学者、パーカ博士らの研究チームの論文)。調査には、カナダの大学生286人(女子学生209人、男子大学生76人、不明1人)が参加し、彼らには太った人に関するいくつかの質問に答えてもらいました。

たとえば、「太った人が口をおおわずにクシャミをしたときにどう感じるか」とか「自分がもし雇い主だったときに太った人を積極的に雇うか」などについて回答してもらったわけです。

その結果、多くの人が肥満を嫌うことがわかりました。

さらに、

・肥満を嫌う人は、同時に病気に対しての強い嫌悪感も抱いている。

・肥満した人が近くでくしゃみをしたのを嫌う人は、雇用でも肥満した人を避ける傾向がある。

なんてことがわかった。これが事実とすれば、太ってる人は就職の採用などで不利になります。人事の担当者が、太ってる人に嫌悪感を抱いてることも充分あり得る。

注目したいのは「太ってる人に嫌悪感を抱く人は、病気にも神経質になっている」ということ。これは何を意味するのか。「太っている人は不健康な印象を与えたり病原菌をもっていると感じさせる」から、神経質になっているのではないか、と考えられます。

人間の長い歴史の中で今の現代先進国のような栄養のいい状態になったのは、せいぜいここ100年から200年くらいでしょう。それ以前は不安定で貧しい食糧事情の中で生きていた。だから人間は、基本的に飢餓に強い遺伝子を持ち、生活習慣病などの「飽食」には弱いんですね。

もちろん、殿様とか貴族階級とかは別ですよ。でも、そんな人は全人口の数パーセント以下。圧倒的に大多数の人は、栄養があまり良くない状態のまま一生を終えました。

そんな時代に「太る」というのはある意味「異常」です。何か病気にかかっているか、不健康さが体型に表れている可能性を示している。

今でこそ医学的研究が進み、知識も深まり、電子顕微鏡などの検査機器も発達し、病気の原因がいろいろとわかるようになりました。また、生活習慣病、飽食の時代の「現代病としての肥満」に対する理解も共有されつつある。

しかし、そうした知識が一般に広く知られるようになったのは、それこそ「つい最近」のことで、栄養状態が改善されたのと同じくらいの時間しかたってません。病原菌なんて、目にはとても見えません。外見に異常がある場合、それを目印にして「あ、なんかこいつヤバそう」なんて判断しなきゃならない。

その判断基準の一つが「太ってるか、太ってないか」だったのではないでしょうか。

もちろん、太っている人に嫌悪感や反感を抱く特定の遺伝子はみつかっていません。しかし、人間の判断に、こうした遺伝的なプログラムが影響していることは考えられます。

繰り返しますが、太っているからといって、不健康かもしれませんが、現代では必ずしも病原菌を持っているとは限らない。太ってる人に対して、このような嫌悪感を抱くのは、今の時代まったくの見当外れです。

(*1:Hamilton, W. D. & Zuk, M., "Heritable true fitness and bright birds: a role for parasites?", Science 218, 384^387. 1982

(*2:Justin H. Parka, Mark, "Schallerb and Christian S. Crandallc", Evolution and Human Behavior Volume 28, Issue 6, November 2007, Pages 410-414

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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