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女性がセックスに思わせぶりな理由を遺伝子から考える

石田雅彦サイエンスライター、編集者
photo by Masahiko Ishida

※連載企画 遺伝子よもやま話Vol.5

オスとメスが巡り会うために

私の知人が、マンションで一匹のメスのチワワちゃんを飼ってるんですね。

完全室内飼いで一度も外へ出してないし、ましてオスイヌと出会ったはずは絶対ないのにも関わらず、不思議なことに妊娠してしまったそうです。

マリアさまの処女受胎じゃあるまいし、おかしいなと思って観察してみたら、どうも同じマンションで飼われてるオスのワンちゃんが訪ねてきて、ドアについてる郵便受けの隙間からセックスしてたらしい。

あんな細くて狭いところでやってるなんてと知人もビックリしたそうですが、生物の遺伝子を残そうとする情熱というか創意工夫は、もう想像を絶するものがありますね。

なるほど、男と女、オスとメスがいてドラマが生まれるわけか。

こんなふうに高等な生物は、ほとんどオスとメスに分かれてます。その理由を単純化していえば、結果として自分の遺伝子を効率的、かつ低コストで残すための方法と考えられている。

人間の婚活じゃないですが、セックスするまでの一連の基本行動では、まず最初にお互い生殖可能な相手を探し出さなければなりません。

この広い世界で、繁殖する相手に巡り会うのって、けっこう難しい。

あ、これは自分で動けない生物とか、動けても移動距離が狭かったり個体数が少なくて仲間が近くにいなかったりする生物の話です。あと、個体数が少なくて広い範囲にバラバラになってる生物でも同じ。

たとえば、自分から動けない海草や樹木、海底を這いずってるナマコのような生物は、生殖相手を探すのに難儀します。

だから、植物は花粉をバラまいたり、ハチなんかのほかの動物に運んでもらったりして授精する。

中には、ミミズやアメフラシみたいに雌雄同体とか、ニモのモデルになった魚のクマノミのように性転換する生物もいます。でも、これはオスとメスが出会えないときの手段にしてることが多い。

知人のチワワちゃんじゃないけど、自分から動ける生物の場合、相手を探して何千里、あらゆる障害を乗り越えてどこへでも行きます。

セックスの相手を探す行動では、個体がバラバラになっている生物の場合、オスのほうが積極的にメスを探すことが多いようです。また、メスがフェロモンなどでオスを呼び寄せることもありますが、これもオスのほうが馳せ参じるわけ。

こうして運良く相手に巡り会えたとしても、そのままセックスがすんなりできるわけじゃない。人間だって、何億人の中で好きになる相手に出会う確率は驚くほど少ないわけだ。わかりますね。

相手を選ぶ、選ばれるという、これまた難儀なプロセスが待っていて、オスがメスに求愛し、メスに受け入れてもらってからようやくセックスとなります。

求愛行動の評価はかけたコストで決まる

メスに選んでもらうオスの場合、オス同士で命に関わるほど激しい戦いがある。死ぬまで争うことは滅多にないんですが、その際に受けた傷が元で命を落としたりはするんですね。

オス同士がチカラワザで戦わなくても、歌ったりダンスしたりと、あの手この手でメスの気を惹こうとします。

オスにとって、このプロセスが最もやっかい。最近出現した草食系男子は、この過程が面倒くさいから恋愛やセックスに消極的なんという説もある。

まぁ、わからんでもない。フラれたときのショックは大きいんだ。

とにかく生物にとって、自分が生き残ることと自分の遺伝子を残すことが人生の二大テーマです。エサを獲るのと同様、セックスするためにも一生懸命になる。

草食系はともかく、これはオスとメスに分かれている生物に共通する行動でしょう。

男女の体つきが違うように、オスとメスとでは別々の生殖行動のパターンがあります。広い世界で巡り会った者同士が、セックスする前にいろんな行動をとる。

メスはもともとコストのかかる卵を作ったり出産したり子育てをするので、その代わり、オスにもある程度コストのかかる求愛行動をリクエストするというわけです。

こうしたオスの行動では、鳴いたりダンスしたり羽根飾りなど、自分自身をアピールすることが多いんですが、オセアニアにいるニワシドリというスズメの仲間の鳥では、オスがキレイに飾り付けをした巣を作ってメスを迎え入れようとします。

どれだけコストをかけてメスを迎え入れるための努力をしたか。それをメスは評価するわけ。

オスがメスにエサをプレゼントして気を惹くなんてことも、よく行われています。せっかく卵を産んでも、子育てパートナーのオスの能力が低くてヒナが育たなかったら無駄になってしまうからです。

まぁ、人間にも財力に惹かれる女性がいますね。妻子を養い、子どもを育てられなければ、男性の存在価値なんて半減するでしょう。

で、メスはどういう性行動をするのかといえば、ちょこちょことオスの気をひくような行動をとったり、お尻が赤くなったりすることもありますが、あまりコストをかけることはしませんね。誘惑したらオスを選び、受け入れるだけ。とても省エネだ。

もちろん、メスがオスを選ぶタツノオトシゴみたいなのもいますが、こうしたタイプはオスが子育てをする例外。メスは、基本的に誘惑して受け入れ、オスが嫌いなら避けたり逃げたりするくらいがせいぜいです。

じゃ、こうしたオスとメスの性行動には、それぞれ別々の遺伝子が働いているんでしょうか。メスが自分からあまりセックスしたがらないように見えるの、あれは本当なんでしょうか。

根気よく歌い続けるのがモテるヒケツ

それについて、ショウジョウバエを使って調べてみた研究があります。

ショウジョウバエの求愛行動では、オスが羽をふるわせてラブソングをメスに聴かせます。この羽音が重要で、20分くらい聴かされると、メスは次第にその気になってきてオスを受け入れ、セックスに応じるというわけ。

ショウジョウバエの場合、たぶんオスのこの根気強さがモテるヒケツなのかもしれません。カラオケ合コンでモテたい男子は、メゲずに頑張って歌い続けましょう。

さて、この研究では、ショウジョウバエの遺伝子に突然変異を引き起こしてみました。すると、メスに対して性行動を起こさない、メスに興味を示さないオスができた。

オスの突然変異になった遺伝子を調べてみた結果、オスの求愛行動に関係する遺伝子がわかったんですね(*1、東北大学大学院生命科学研究科の山元大輔教授と北海道教育大学の木村賢一教授らによる論文)。この遺伝子(satori遺伝子、またはfruitless遺伝子)が作り出すタンパク質によって、オスの性行動が起きるというわけ。

ショウジョウバエのオスにだけあるこの遺伝子が機能しなくなると、オスがメス化し、オスに対して性行動を取る同性愛のハエになってしまいます。

逆に、この遺伝子をメスに組み込み、この遺伝子の作り出すタンパク質が働くようにします。すると、メスがオスのように羽をふるわせてラブソングを聴かせるようになってしまう。

この遺伝子の仕組みは、ちょっと複雑です。

ショウジョウバエに求愛行動をさせる神経細胞は、いずれはアポトーシス(遺伝的にプログラムされた細胞死)で死んじゃうようにできている。

つまり、あらかじめ特定の細胞を殺すように決められた遺伝子というわけです。

だから、この遺伝子のないメスでは、予定された通りに細胞が死んでタンパク質が出なくなってしまう。

一方、オスではこの遺伝子が作用し、神経回路の細胞が死ぬのを止めているんですね。すると、求愛行動の神経細胞は死なず、オスに性行動をさせるタンパク質が出る。

ショウジョウバエのオスに特有な求愛行動は、もともとメスにも備えられていたというわけ。性行動については、オスとメスで別々に遺伝子がプログラムされているんじゃなかったんですね。

オス化するメスのマウス

マウスなどを使った研究でも、ショウジョウバエと同じようなことが起きる。

母親の胎内で、胎児の脳がオスかメスかの持つ前に、オスのホルモンであるアンドロゲンを作用させた本来、メスである胎児は、生まれてからオスとしての性行動を示すようになります。

逆に、精巣を取り去ってアンドロゲンを出なくしたオスは、当然ですが、メスのような行動をするようになる(*2、米国ミシガン州立大学の研究者らによる論文)。ちなみに、人間の脳で男女の性差ができるのは、妊娠90日前後です。

胎児の脳が性分化する前でも、体や生殖機能はすでにオスかメスに分かれています。性行動は、脳の神経の働きによるものなので、アンドロゲンの作用で体と性行動に矛盾が生じることが起きるんですね。

こうしたネズミたちの脳にも、ショウジョウバエと同じように、あらかじめアポトーシスするようにプログラムされた神経細胞(視床下部の内側視索前野の神経細胞)がある。

この神経細胞は、アンドロゲンのシャワーを浴びることで死ななくてすむようになっています(*3、日本の順天堂大学大学院の新井康允名誉教授らの論文。また米国イリノイ大学の研究者らによる論文)。

アンドロゲンはオスのホルモンです。なので、この神経細胞はオスだけに残る。

生まれついて持っている神経細胞がアポトーシスして死ななければ、体と生殖機能がオスであろうとメスであろうと、どちらもオスの性行動をするということになるんですね。

で、ほ乳類は、ショウジョウバエよりもうちょっと複雑。胎児期のアンドロゲンは、メスとしての性行動を抑える神経細胞を作り出し、同時にそれによってオスとしての性行動が引き出されてるんじゃないかということもわかってきました。

さらに、オスにもメスにも、あらかじめオス的な性行動をする遺伝子が入っていることを裏付ける、また別の研究もあります。

この研究では、マウスの鼻にある鋤鼻器(じょびき)という部分を取り去ってみたそうです(*4、米国フィラデルフィア州にあるMonell Chemical Senses Centerの研究者らによる論文)。鋤鼻器はフェロモンを感じる部分です。

鋤鼻器がなくなると、メスがオスのような行動をとるようになる。

オスに積極的に迫り、腰を押しつけてセックスをねだったり、子供を産んでもろくに子育てをせず、再びオスを求めてさまよい始めるという、まるでオスのような性行動をとることが観察されたんですね。

オスの場合、行動に変化はありません。もしかすると、オス的な性行動をするよう、あらかじめ鋤鼻器によって抑え込まれていたのかもしれず、ある特定の器官が性行動をコントロールしている可能性がある。

しかし、どうしてこんなに面倒なメカニズムになっているんでしょう。性行動は「オス的」なものが基本にあり、メス的なものは脳の性分化の過程で削られるか、抑え込まれているんでしょうか。

もちろん、鋤鼻器が退化しているか、あっても機能がまだはっきりわかっていない人間に、マウスで起きたことをそのまま当てはめることはできないでしょう。

でも、性行動の基本は男性的なものだとすると、女性のおくゆかしさとかセックスに対してもったいぶる態度ってのは、性行動を抑えつけたりスイッチをオンオフしたりすることによる「ブリッ子の仮面」のようなものじゃないか、ということになる。性行動については、アダムからイブが生まれたとも考えられるんです。

一方、最近では草食系男子と肉食系女子になんてのも出現しています。

この場合、本来は男性にだけ発現する遺伝子の働きが、逆転している可能性もある。だとすると、肉食系女子では本来の機能が抑え込まれず、表へ出てきてるというわけです。そもそも我々のセックスは、ほかの動物と比べると、思わせぶりでかなり複雑で面倒なものです。鋤鼻器が退化した理由も、ひょっとするとこのあたりにヒントがあるのかもしれません。

(*1:Ken-ichi Kimura, Tomoaki Hachiya, Masayuki Koganezawa, Tatsunori Tazawa and Daisuke Yamamoto, "Fruitless and Doublesex Coordinate to Generate Male-Specific Neurons that Can Initiate Courtship", Neuron, Volume 59, Issue 5, 759-769, 11 September 2008

Yamamoto, Daisuke, "Brain Sex Differences and Function of the fruitless Gene in Drosophila", Journal of Neurogenetics, Volume 22, Number 3, September 2008 , pp. 309-332(24)

(*2:John A Morris, Cynthia L Jordan & S Marc Breedlove, "Sexual differentiation of the vertebrate nervous system", Nature Neuroscience 7, 1034- 1039 (2004)

(*3:Shizuko Murakamia and Yasumasa Arai, "Neuronal death in the developing sexually dimorphic periventricular nucleus of the preoptic area in the female rat: Effect of neonatal androgen treatment", Neuroscience Letters, Volume 102, Issues 2-3, 31 July 1989, Pages 185-190

Nunez JL, Jurgens HA, Juraska JM., "Androgens reduce cell death in the developing rat visual cortex.", Brain research. Developmental brain research, 2000 Dec 29;125(1-2):83-8.

(*4:Wysocki CJ, Lepri JJ, ”Consequences of removing the vomeronasal organ”, J Steroid Biochem Mol Biol. 1991 Oct;39(4B):661-9.

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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